10
とある夏の朝、目を覚ますと鈴のような高音の美しい声が聞こえてきた。
知らない声だった。ルーチェのでも、ましてお母さんの声でもない。
「おはようございます。わたくしは女神アルムティーシャ様直属の天使、レーレシアと申します」
その声の主は銀髪の美少女で……ヒューマンではない?
背中には白い小さな翼を持ち、頭の上には光り輝くリングを持っている。見た目通り、天使らしい。
天使というのはおとぎ話にしか出てこない存在のはずなんだが……なんで俺の部屋に?
それにアルムティーシャ? レーレシア? 聞いたこともない。
とりあえず害意は感じられないし……
隣ですやすやと寝ているルーチェを起こさないように注意しながら、俺はゆっくりとベッドから降りて、その天使に向かい合う。
「レーレシアさん? 俺に用があるってことでいいのかな?」
「はい、レーレシアと申します。転生ボーナスについて、女神アルムティーシャ様からお話があるようです」
天使は黒い板をどこからともなく取り出して両手で持つ。
『あー、あー、マイクてす、マイクてす』
その板に絶世の美女の姿が映る。
彼女は! 俺を転生させてくれた神様か!
「あのときの神様じゃないですか! もしかしてあなたが女神アルムティーシャ様ですか!」
『おー。そういえば名乗ってなかったね。そう、私が女神アルムティーシャ。そして君はこの世界ではルクス・オガールというんだね。うん、元気そうで何よりだ』
「はい! こうしてルーチェと一緒に暮らせてとても幸せです! ありがとうございます!」
俺は最近めっきり使わなくなった丁寧語で、女神様に感謝を伝える。
日本に帰るまでの時間は暇で暇で暇つぶしに苦労するかと思ってたけど、ルーチェとの日々は毎日充実している。だから俺を転生させてくださった女神さまには感謝しかない。
『それで、ちょっと困ったことがあって……』
「困ったこと?」
『君、特性《妹》って取ってたでしょ? 転生ポイント10ポイントのやつ』
「そうですね、取りました」
『このままだと妹が生まれないっていう占い結果が出てて……転生特典って一度決めると原則変更は禁止なんだよね。だから、ちゃんと特性《妹》の特典を反映しないとダメなんだ』
えー、でもちゃんとお父さんのアソコの封印は解いておいたけど……
「えっと、その占いっていうのは?」
『私が自ら行った占いね!』
「アルムティーシャ様の占いはすごいんですよ。百発百中なんですから!」
『レーレシア、それは言いすぎ! 流石に百回に一回くらいは外すけど……まあでも、このままだとまず間違いなく当たると思っていいよ』
「なるほど。言いたいことは分かりましたが……妹ならいますよ? 双子の妹が」
『いやー、それは違うんだよねー』
違う? どういうこと?
『神基準だと、人が生まれたっていう判定は“生命が誕生してから一年後”となるんだよね』
いや、結局俺の方が先じゃないか? 俺の方が先に生まれたわけだし……
モニターに映る絶世の美女は、首を横に振る。
『生命が誕生するっていうのは、卵子に精子が入って受精卵となったときが基準だから……君の双子のもう一人の方が、若干早かったんだよね』
「は、はぁ……」
つまりルーチェは妹じゃなくて姉ってこと? 人間基準で考えれば普通に妹なわけだけど、神基準だと姉になるらしい。なんとややこしいことか。
しかし、そういうことか。
ルーチェが神基準だと妹になるってことは、俺に妹がいないってことになって、特性《妹》が満たされなくなる、と。
「あれ? でももともとは妹は生まれる予定だったんですよね? なんで変わっちゃったんですか?」
『それはねー、君の行動のせいだよ』
俺の?
『《妹》や《弟》って、君が突拍子のない行動を取ることなんて計算に入れてないし……君が普通に幼児やっていたら妹は生まれたはずだよ』
えー、愛人を暴露したから?
でももともとお母さんが気づいてたから、俺が乗り出したわけだし……
『あー、その妹は異母兄弟で、愛人の子供の予定だったんだよね』
リリスと?
でもサキュバスとヒューマンとでは子供はできないはずだ……つまり新しい愛人を作る未来があったってこと? あー、察した。どうせ美人秘書辺りに手を出すんでしょ。もうお父さん、最低でしょ? でも今は妹ができる未来がないみたいだし、お父さんは反省しているようだ。うん、ちゃんと懲らしめておいて良かったよ。
「なるほど。しかし《妹》って異母兄弟でもありなんですね」
『母親が同じで、父親が違うパターンでもオッケーだね』
「ふーん」
『そういうことで、妹作って欲しいかな! お願い!』
女神様は手を合わせてお願いする。
しかし……
「残念ながら、無理です」
愛人事件以降、お母さんとお父さんの中は悪く、お母さんは『あんな人、一生こき使ってやるんだから!』って言ってたし……二人の関係を戻すのは不可能に近いと思う。
もちろん、お父さんに愛人を作らせる気はないし、お母さんに知らない男の子供を産んでもらうつもりもない。
「もう、いいですよ。妹はなしで。ルーチェがいますし」
日本に帰ることを考えたら兄弟は多い方が良いけど、絶対に必要っていうわけじゃないし。メルカ姉、ガロン兄、ルーチェ、カシオと、俺以外に4人も子供はいるんだから。
そもそもたった10ポイントのことだし。転生ポイント3万倍で1千万以上のポイントだったことを考えれば、カスみたいなものだ。
寛大な心で許そうじゃないか。
『いや、ダメ! 実は私がヤバいんだって! 地球人のあなたを転生させたボーナスをたくさん貰ったんだけど……特性《妹》が正しくいかないと、ボーナス半減なのよ! だからもしそうなったら、ボーナスの半分を返さないといけないんだけど、もうほとんど使っちゃってて……借金生活になっちゃうかもしれないの! だから、私のために頑張って妹作って!』
は?
「私はちゃんと言いましたよ。こういうこともあるかもしれないから、ボーナスは受け取ってもすぐに使わない方がいいって……」
天使レーレシアはため息交じりに言った。
『だってぇ……一度、GOD48のツアーにへっついて行きたかったんだもん! 全員分の握手券をゲットしつつ、推しメンのためにCDもたくさん買ったし!』
なんだそのA〇B48みたいなものは……
「でも本当にすごいお金の使い方しましたよね。あんな大金どうやっても使いきれないと思っていましたが、数年で消えちゃいましたからね……」
『いやー、ははは。お金なんていくらあっても足りないんだよ。だから、お、ね、が、い♡』
モニターに映る女神は首を傾けて目を潤ませる。
その仕草は、ルーチェがやったら卒倒してもおかしくないものなのだが……
なんだろう。
すごくウザい。
絶世の美女なはずなのに、なんでこんなにウザいんだろう?
「俺にメリットがない。無理だ」
『ええー! ミスコン優勝経験もあるこの私がお願いしているのに! どうするのよ! 私、借金に殺されちゃうよ!』
モニターの女神が何やらわめいているが、そんなこと俺は知らないね。
そもそもGODだか、A〇Kだか知らないけど、そんなものに大金をつぎ込むのが間違っている。
『ええええええ! 冗談じゃないって! 本気なんだって! 私、自殺しちゃうかもしれないよ!? いいの!? 君は転生させて下さった女神様がこんな窮地に陥っているのに手助けしようと思わないの?? それに転生の時は、私、ちゃんと丁寧語を使って丁寧な対応をしたのに!』
「別に……意地悪したいわけじゃないけど、実際妹を作るのって非現実的だし。誰かが泣くっていうか……」
『いやいやいや! 妹ができなかったら、紛れもなく私が泣くよ! もう号泣するもん!』
号泣するもんって、餓鬼かよ。
女神とは思えないな。
「本当に女神?」
聞いてみる。
『女神だよ! 転生を司る女神の一柱だよ! レーレシアもなんか言ってよ!』
「えー、モニター越しにもアルムティーシャ様の神々しさが伝わるでしょう?」
「全然」
「……」
モニターを持ち続けている銀髪の天使は、口をぽかんと開けている。
「神々しさなんて、どこにあるんだよ……」
「……アルムティーシャ様! わたくしたちの言葉が伝わりません!」
『ええ、そうね、レーレシア。どれだけ転生ポイントを持っても、所詮は下界の者。私の神々しさに気付くこともないのね』
「ええ、ええ。アルムティーシャ様の素晴らしさに気付かないとは……」
なんだこいつら。
「誰?」
突然、可愛い声が聞こえた。
振り返ると、目をこすりながら眠たそうにこちらを見ているルーチェの姿が。
「にぃに?」
やば……
今の状況、見られてる……
どうしよう?