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「やっと帰ってきたよ!」


 王都から帰ってくると、サキュバスの少女リリスが家の前に立っていた。


「ただいま、リリス。こんなところで立ってどうしたの?」


 エルフ先生が聞く。


「別に……そろそろ帰ってくるかもと思って待っていただけだよ」


 あの事件以来、なぜかリリスは頻繁に家に来るようになった。もともとエルフ先生と親交があったみたいだけど、お母さんとも仲良さそうにしているのは不思議だ。彼女たちの間であの事件はどういう立ち位置になっているんだろう?

 むしろお母さん目線の方が奇々怪々である。元愛人と仲良くするなんてどういう神経なんだ?


 リリスは暇人のようで、頻繁にうちに来る。

 リリスの生活はもう千里眼を使わなくても分かってしまうくらいだ。領の職員としての仕事か、娼館で娼婦として働くか、うちに来るか、ということしかしていない。夕食に来なかったら『ああ、今日は娼館に行ったんだな』っていう風だし、朝からいると『今日は仕事が休みなんだな』って分かる。


「へー」


 だから俺たちが王都へ行っていた間、リリスが暇そうにしていたのは、案の定というか……


「何かお土産話でもしてよ! 面白い話を期待して待っていたんだから!」


「やはり、一番大きなのはガロン君が槍部門で優勝したことでしょうか」


 エルフ先生がリリスに答える。


「え!? ガロンくんおっきいけど、大人たちに勝っちゃったの!?」


「いや、こども武術大会の槍部門よ」


「な~んだ、こどもの大会か。それならむしろ優勝して当然だよ」


「いやいやいや、十分すごいでしょ! その子供大会は参加資格が10歳以下なのに、ガロン君はまだ8歳なんだから!」


 エルフ先生の言うことは正しいが、リリスの言うこともよく分かる。

 結局、ガロ兄は危なげなく優勝しちゃったし、何の驚きもない順当勝ちだ。


「他には? メルカとか、双子たちは?」


「メルカさんは水魔法の大会で3位でしたね。あと、私の教え子たちの方は、まだ大会は早いかなって思ってて……それにピアノってこども大会がないし、参加すればいいところまで行く実力は持ってるとは思うけど。まだまだ成長する段階だし、ピアノって競ってもあんまり意味はないと思ってるの」


「ふーん、双子は不参加ね……それでメルカは3位と。大したことないじゃん」


「おねえちゃんを悪く言うな!」


 リリスの言葉にルーチェが不機嫌になる。

 繋いだ手に力がこもるのが分かる。


「リリス姉なんかよりおねえちゃんのほうが断然すごいのに! リリス姉なんて、全然水魔法もへたっぴだし、ピアノもガタガタだし料理だって失敗ばかりだし、何も良いところないのに!」


「ルーちゃん、ひどい!」


 ルーチェはリリスのことをリリス(ねえ)と呼ぶ。

 メルカ姉はエルフ先生のことを“アイミンお姉ちゃん”と呼ぶが、リリスのことは普通にリリスと呼ぶ。リリスが『私もお姉ちゃんと呼んでいいんだよ?』と言うと『リリスはリリスだし、お姉ちゃんはアイミンお姉ちゃんがいるから大丈夫!』ということらしい。そこで心優しいルーチェはリリスを“リリス姉”と呼ぶことにしたのである。


 しかしルーチェの中でリリスの評価は低いらしい。まだ5歳児なので他人の気持ちを慮ることをせず、思ったことを素直に言うので、リリスにかなりひどいことを言ったりする。でもリリスも『ルーちゃんひどい!』とか言いつつ、結構楽しそうにしているのもいけないと思う。

 リリスはドMなのか?


「だって、この前だってリリス姉のせいで、クッキーが焦げ焦げになっちゃったし!」


「くっ……でも私は実はすごいんだから! ルーちゃんがいない間に習得した絶技、見せてあげるんだから! ちょっと待ってて!」


 リリスはそう言うとどこかにすごい勢いで去って行った。




 十数分後、息が絶え絶えになった少女がやって来た。

 どうやらリリスは家から何かを取って来たらしい。手に小さな袋を持っている。


 ちなみにリリスの家は、寮の一室である。

 街の端に練兵場があるんだけど、その隣に兵士や職員のための寮があって、そこにリリスは住んでいるのだ。


 お母さんとエルフ先生は早々とキッチンで料理を作り始めているが、俺たち子供3人はソファに座ってお菓子を食べながらくつろいでいる。弟のカシオはおねんねの最中だ。


「アイミンはいない……ちょうどいいね! これ、お手玉っていうんだけど」


 リリスが取り出したのは、まさしくお手玉だった。

 この世界にもお手玉ってあるんだな……


 リリスは慣れた手つきで五つのお手玉を器用に回す。


「すごい! すごい!」


「……おお」


 ガロン兄も少し驚いている様子だ。


 しかしかなり慣れた手つきだな……俺たちがいない間に習得したって言ってたけど、もしかして暇な時間すべてお手玉に費やした? それが本当なら、ぼっちすぎて辛いよ!


「ふふ、ルーちゃんもやってみる?」


「うん!」


「……やりたい」


「お? ガロンくんもやろう!」


 二人はリリスからお手玉を5個づつ貰う。


「じゃりじゃり? じゃりじゃり!」


 ルーチェはお手玉の感触を楽しんでいる。


「中には豆が入っているんだよ!」


「へー」


 二人は5個のお手玉を持って、回そうとする。

 当然、失敗しぽろぽろと落ちる。


「どう? 私のすごさが分かった?」


「うぅぅ……」


「……むずい」


「もう一回見せてあげるよ!」


 リリスは危なげなく、5個のお手玉を回す。


「へへー! どうだ! 見たか!」 


 リリスはどや顔を決める。

 しかし、子供相手にそれはどうなんだ?


 ルーチェとガロン兄は5個のお手玉を必死に回そうとするが、全然できそうもない。


「分かった? 私はすごいんだよ! だからルーちゃんの言うことは間違いなんだよ! 私はすごいんだよ!」


「うぅぅ……うぐ、ぐすん」


 って、おいいいいいい!


 ルーチェの深青の瞳から涙がぽろぽろと零れた。純白のロングヘアーに涙が付いて、髪が頬にへばりつく。手で涙を拭い、その度に髪の毛が乱れ、その美しくも可憐な顔は赤く腫れてしまった。

 

 許すまじ! ぶっ殺、ぶっ殺、ぶっ殺、ぶっ殺、ぶっ殺、ぶっ殺。


「ルーチェ、大丈夫だよ」


 俺はルーチェを抱きしめて、頭を撫でる。


「にぃに……」


「大丈夫だから」



「あの……私、泣かせる気なんてなくて」


 そりゃそうだ。もし故意だったら殺してるよ、マジで。


「リリス、お手玉5個頂戴。あと、もう一回さっきのお手玉見せて」


「……うん」


 リリスは俺の言った通りにする。


 よし! トレース完了!

 スキル《トレース》【特】によって、リリスの動きを完全にコピーする。


 そして再現!

 俺は5個のお手玉を左右に2個と3個分けて持ち、回す!


「あれ? できない……」


「うん、最初っからなんてできるわけないから、2個からやった方がいいと思うよ」


 リリスは角が取れたようにそう言った。


 しかし、そうか。

 《トレース》は体の動きを完全にコピーしてくれるけど、リリスと俺とじゃ体の大きさが違いすぎて、全然だめだ。


 俺は落としたお手玉を拾う。


 どうしよう? 即座に俺もできるようになって『リリスなんてすごくないよー』って言ってやろうと思ったが、無理なようだ。《お手玉》なんてスキル持ってないし、そもそもあったっけ? 見た覚えがないんだけど……

 特性《器用》【特】があるし、すぐに上達すると思うから、それでリリスに一泡吹かせてやるか? でも、そんなすぐにお手玉を回せるようになれるかなあ……


 俺は5個のお手玉を回している。


「あれ?」


「えっ!?」


「にぃに、すごい!」


 なんでだ!?

 気づいたら、5個のお手玉を回してたんだけど!

 もしかして特性《器用》【特】のおかげか! 確かに、世界に一人いるかどうかというレベルの器用さなら初見でお手玉を5個回せても不思議じゃないか?


 ま、できてるしいっか!


「リリスなんて全然すごくないよ!」


「ええええええー、なんでええええええ」


 リリスは頭を抱えてうずくまる。

 はっはっは、ルーチェを泣かせた罪は重いんだ。


「にぃに、すごいよぉ……」


「大丈夫、ルーチェは何も間違ってないから」


 俺はお手玉を回しながら言う。


「……うん。ルーもお手玉できるかな?」


「ルーチェならすぐにできるようになるよ!」


「じゃあやる!」


 ルーチェは立ち直ったようで、ふんすと両こぶしを握る。


 一方、リリスはおずおずと言った風に切り出す。


「えっと……ルクス君? なんでお手玉できたの?」


「なんでやろなぁ……」


 真面目にやって来たからかな?


「もしかしてルクス君って天才?」


 あ。

 それはいけない。

 俺は天才じゃない。ただのモブだ。


「いやいや、実はやったことがあったんだよ! 隠し特技みたいな?」


「そうだよね。いきなりできるようになったら、おかしいよね」


「そうそう」


 ふー。

 なんとか、凌いだか。

 ルーチェのことになると、抜けちゃうことがあるから気を付けないと……


「よし! ルーチェ! お手玉をマスターするぞ!」


「おー!」


 俺はルーチェの隣に座って、まず2個でお手本を見せる。


 ルーチェは見様見真似で、ぎこちないながらもなんとか回す。


「おお! すごいぞ! 流石ルーチェだ!」


「えへへ」


「じゃあ次は3個だ!」


 しかしルーチェはうまくできない。

 そりゃそうだ。

 んー、どうしよう。


 ルーチェの後ろから抱き着く形で、ルーチェの両腕を持つ。


「この状態でやってみて」


「う、うん」


 ルーチェが怪我をしないように注意しつつ、腕が正しいタイミングで正しい位置に来るように力を加える。


 もちろんお手玉を落としてしまうが、雰囲気は分かったかな?


 またルーチェの隣に戻って、お手本を見せつつ一人でやらせるが、ルーチェは一向に成功しない。


 うーん、教えるの難しいな……

 なんかうまい方法ないかな?


「そうだ! あれを使おう!」


「あれ?」


「ルーチェ見てて!」


「うん」


 俺はルーチェに今までと同じように、お手本を見せる。


「分かった気がする!」


 成功か?


 使ったのはスキル《感覚共有》【特】だ。

 これでルーチェに直接、お手玉を3個回す感覚を伝えたのだ。


「やった! できたよ!」


「すごい! やっぱルーチェはすごいよ!」


「えへへへ~」


「ええええええ!? なんでルーチェちゃん、もうできちゃってるの!? 私、3個だってできるようになるのにすっごい苦労したのに!」


 結局、スキル《感覚共有》【特】のおかげで、ルーチェはその日のうちに5個のお手玉を回せるようになった。

 後から知ったけど、エルフ先生もお母さんもお手玉はできるらしい。

 リリスが流石にちょっとかわいそうになったね。


 え? ガロン兄はどうだって?

 黙々と練習してたけど3個はできるようになったし、やっぱりガロン兄も才能の塊だ。

 え? ガロン兄に感覚共有は使わなかったのだって?

 使うわけないじゃん。俺はモブだし、そんなスキル使えない設定なんです。ルーチェには少し甘いところがあるだけなんです。


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