黄泉横丁
靄のかかったような古い電灯が照らしだす光は飴色のような色彩を含んでいたが、遠目には両側に所狭しと活気のある商店が並ぶ通りに見える。しかし近づいてよく見てみれば店の前に並べられている商品が偽装はされているとはいえ違法な薬物や銃の類であったり、看板に書かれた文字は特殊な性癖の持ち主を満足させるための店である事が知れた。中には薬物を使った性行為で至高の快楽をなどと堂々と書かれているものもある。地下都市の第五層に当たる事あたりまで下りて来るのはまっとうな神経の持ち主ではない、もっとも此処より下の階層は真面な神経を持ち合わせてない連中でも下りはしないが、少なくとも若い娘を連れて訪れるところではないという事だ。
露店の前を足早に通り過ぎるといかがわしい店の間から一つ奥の狭い路地へと入る。そこに情報屋・蛇紋の店があった。
「あーら、いらっしゃい砂文字。可愛いお連れさんだことね」
裏の仕事を扱う情報屋とは言えこんな酔狂な場所に事務所を構えているだけあって、名前からして国籍も定かではなく、話し方からして性別さえ定かではないが、取り扱う商品の速さと正確さはこの街の情報屋の中でも一二を争うだろう。
「ちょっと訳ありでな、少し休ませてくれ」
「休憩なら表の店が開いてるわよ」
「そう言うたぐいの話じゃねぇ、大事な探し物だ」
「ふっふ、冗談よ。若い娘と言えば何やら上が騒がしいわね、かなり大きな組織がこの街で探し物をしているみたいよ」
「へぇー、そうかい」
蛇紋の話を聞き流しながら客用のソファーにエルノーを座らせると勝手に混ざりものの匂いのするコーヒーを入れた。
「もう少しましなのは無いのか?」
「うちの客にはそれで十分よ、味なんてわかる程余裕をもってやってくる客なんていやしないわ」
こんな場所にある情報屋を使わねばならない事態だとそんな物だろうなと妙に納得してしまった。
「それで、大きな組織って?」
「かなり大物が動いてるみたいだけど、定かじゃないわね。若い娘が何人か姿を消したって言う話もあるし、ちんけな商売をしている売人の上杉……」
「奴に聞きたいことがあるんだが、どうした?」
「死んだわ。一時間くらい前に十二区の三層で死体が上がったの」
一時間前だという事は上杉を取り逃がした直後、いや奴を探して走り回っている間に既に殺されていた可能性もある。こっそり時計を確認しようとして上着のポケットへ手を突っ込んだ拍子に太原奈緒美の写真が床に落ちる。
「ふーん、見ない顔ね」
足元に落ちた写真を拾った蛇紋は写真とエルノーを見比べたがそれ以上の事は何も言わずにこちらへ差し出してきた。笑顔の太原奈緒美の写真と無表情のエルノーではだいぶ印象は違うが。
「何処から仕入れたのかいい物を持っていたけど、たぶん始末されたのは売った客に問題があったんじゃないかしら」
「客に?」
「ええ、その中に探し物が混ざってたんじゃないかしら」
「なるほどね」
写真で笑顔を振りまく太原奈緒美か姿をくらませた相良律子か、それともソファーに人形の様に大人しく座っているエルノーの事なのか。
「でも、上からこれだけの人数を送り込んできたところを見ると、探し物はどこかのお姫様かしら?」
「お姫様か……」
「少なくともどこぞの家出娘じゃないわね」
蛇紋はポケットに写真をしまう前に向けた視線を目ざとく見つけて付け加えた。
そうではあるがどうしても何かが欠けている様でうまく繋がらない。若い娘を捕まえるだけなら動いている組織が大きすぎ、麻薬を横流しした売人の粛清にしても人目に付きすぎている。どちらもこの街のやり方なら、ふっと闇の中へ消えるだけだ。しかし上杉が消されたのなら太原奈緒美に繋がる手掛かりも闇の中から探し出さねばならない、やはり一度事務所に戻ってこの娘だけでも置いてくるか。
「あら? もう帰っちゃうの?」
窓から表通りの様子を窺っていると投げかけられた蛇紋の声に曖昧な返事をしながら振り向いたが、返事など期待していなかった様にソファーの側でエルノーに囁いている所だった。
「気を付けなさい、男なんて若い子はみんな同じに見えているんだから、貴方も悪い男についてっちゃダメよ」
聞き取れた会話の断片だけでは二人がどんな話をしていたか分からなかったが、特に気にする必要もない。
「行くぞ」
とエルノーに声を掛けて黄泉横丁を後にした。
三層にある事務所まで注意を払いながら進んだが拍子抜けするほどに後をつけられたり要所で見たりが立っている様子もなく無事に戻る事が出来たが、事務所の入り口がもう目の前という時に車に囲まれ、逃げ出すどころか身構える余裕もなく後頭部に激しい痛みが走った。
迂闊だった。
上杉が見張られていたのだとしたら接触した俺の素性も既にばれていたのだと、薄れゆく意識の中で気が付いた。