依頼
膝に鞄を抱えたまま落ち着かなさそうにあたりを何度も見まわしている。いかにも地方から出て来たばかりという態度で簡単に騙されそうな男に吹っ掛けてやろうかとも思ったが、久々の依頼をそんな軽慮浅謀で逃がすわけにもいかない。ここは出来るだけ誠意を見せるべきだろう。
「まぁ、コーヒーでもどうぞ。それで、今回の依頼ですが」
差し出したコーヒーカップを受け取りはしたが両手で握ったまま飲もうともしない。発がん性物質の規制で流通の厳しくなった貴重なコーヒーをサービスしているのに、一服盛られるとでも警戒しているのかと思うとまったく腹の立つ奴だ。
「その、……ここへ来ればどんな相手でも探してくれると聞いたので」
「もちろん、報酬の値段によりますがね」
「実は、私の娘を探してほしいのです。もう、一週間も連絡が取れなくて、今どこで何をしているのか……あぁ、ここに写真が……」
コーヒーカップを雑にテーブルに戻すと、慌ててカバンを開けて中を掻き回して手帳に挟んである写真を取り出す。
なるほど美人ではあるがどこにでもよくいる学生の家出という訳か。――軽い仕事だ。
この街の地下街は何層にも深く広がり初めて訪れた者にとっては迷宮のように目的の場所まで辿り着く事さえ困難であるが、住んでいればどうという事は無い普通の街だ。日が昇らぬため昼と夜の時間の区切りがあいまいになり二十四時間いつでもどこかの店は開いているため、家出した子供がうろつくには格好の場所だと言える。そういう子供が行きそうな場所も限られているし、軽くコーヒーを啜りながら写真を眺めて今回の依頼にかかる経費を計算する。
「いいでしょう。こちらが基本料金……、そして別途かかった追加料金をいただきます」
「はぁ……」
料金表を差し出してたたみかけるように会話を続ける。
「何、直ぐに見つかりますよ。探し人としては私以上の者はいませんからね」
「あっ、はい、お願いします」
依頼同様、軽いもの。家出娘探しは探し人の依頼としてはよくある仕事の一つだ。
探し人と言っても、家出や行方不明になった人間だけでなくペットや子供の忘れ物まで探す、電車に置き忘れた靴なんて依頼もあったが、もちろん料金次第だが、他人に言えない秘密や表に出せない裏稼業などを探し出すような相手の荒さがしも請け負っている。
「こちらが領収書と、まぁこちらから連絡しますので必要ないでしょうが私の連絡先です」
前払いの料金を数えてから領収書と一緒に名刺を差し出した。
「はぁ、よろしくお願いします……すなもじ……?」
「砂文字一摑、です」
「あぁ、すいません、砂文字さん、どうかよろしくお願いします」
依頼する相手の名前も知らんのか。何度もお辞儀しながら出ていく姿を見ると、この街であの調子では数日もすれば下層に埋められて行方不明になってしまいそうだな。親子そろって行方不明邪笑い話にもならんが、まぁ依頼料を払ってもらえればその後はどうでもいいがな。
「こんちは~、砂文字所長、今のお客さんですか? ってことは、久々の依頼ですか!」
「久々とか言うなよ……」
入れ替わりで入って来たのはバイトで雇っている助手・水上零士、普段は学生をやっているがこういう案件には使い勝手も良い。
「依頼内容は家出人探しだ。太原奈緒美、十六歳。一週間前からこの街で連絡が取れなくなった」
「へぇ~、かわいい子じゃないっすか。こりゃ、ひょっとするともう……」
水上はテーブルの上の写真を手に取ると軽く口笛を吹いたが、特徴をしっかり記憶しようと食い入るように見つめている。
「お前は学生が集まりそうなあたりを当たってくれ」
「はい、いいっすよ~。砂文字所長はどこへ?」
普通の学生が急に連絡もよこさず家に帰らなく理由などそれほど複雑なものではない。この日の当たらぬ地下都市ではなおさらのこと。
「売人の所だ」