人間ぎらい
例え話のつじつまが合っていようとも人格が入れ替わっている訳は無いだろう。
二人を合わせて沢渡が目を覚ますなんてことはある筈が無いとは分かっていたが、少なくともこの少女は目を覚まさない理由について知っているのではないだろうか。もしそうであるなら何か情報を引き出せるかもしれないと、奏多紗栄子の居ない時間を見計らって病室へと向かった。
「これが……僕?……」
神子上ミミコは眠ったままの沢渡に戸惑いながらもベッドの脇に座るとそっと手を重ねていた。その姿は眠ったままの恋人を心配する少女にしか見えず、奏多紗栄子に会わない時間を選んで正解だったと胸をなでおろしていた。
「僕はどうやったら元に戻れるんですか?」
そんな方法があるならこっちが聞きたかったが、彼女の表情は何か誤魔化しているようでも無くひと芝居うって騙そうとしている様子も見当たらず、ただ真直ぐな想いだけが籠められていた。
「そうだな……」
考えられるのは、催眠術のような強い暗示。大地教の教祖の安土が学生たちを操ったような方法で、神子上ミミコは沢渡洋平だと思い込まされている。他にあるとしたら、VRゲームで蛇紋の用意した装置のような物を使って記憶を改ざんされたとかか。どちらにしても性別の違いも無視して信じてしまったりするものなのだろうか。内密にこの少女を検査してもらうべきだな。
「俺にいいアイデアがあります!」
大人しくしていた水上がつかつかとベッドの脇に近づくとミミコの手を握りしめた。
「ミミコちゃん!」
「えっ、……何ですか、僕は洋平です」
「そう、それなら、その姿では何かと大変だろう。ここは男同士、俺と体を交換しよう。俺の体を自由に使っていいぞ!」
「えっ、ちょっ、何を」
こいつも検査してもらった方がいいかもしれんな。しかしどうやって大人しく検査を受けさせられるかと考えていると、タイミング悪く病室のドアが開いてこの時間にはいないはずの奏多紗栄子が入って来た。
「砂文字さんも、お見舞いに来てくれたのですか……そちらは、どなたですか?」
水上に手を握られて、もう片方の手で沢渡の手を握っている何とも説明しようがない格好の神子上ミミコ
に警戒した目を向けたが、当の本人は奏多紗栄子の姿を見るなり、感動の再会と言わんばかりに泣きながら抱きついていた。
「紗栄子~」
「えっ? なんなの? あなたは誰?」
「僕だよ~、紗栄子~」
「砂文字さん、この娘は……?」
説明するのは面倒だな。もっとも説明しようにもこの娘が何者なのかもよく分かってはいない。ここはひとまず退散するべきだと、紗栄子の胸に顔をうずめているミミコの首根っこを掴んで引き離した。
「邪魔したな。この娘は……、後で紹介する……」
そんな言い訳では納得しないような顔をしていたが、それ以上、質問される前に子猫の様に大人しくぶら下げられているミミコを連れて病室を後にした。
だらりと垂れ下がった手足に大きなリボンが揺れる。それが一番の疑問だった。自分を沢渡洋平だと名乗る彼女がこんな服を着ている理由をいくら考えても思い浮かばなかった。
神子上ミミコを病院に放り込んで数日が過ぎたが原因は分からないままであった。しかし特に気にする必要もない俺たちはすっかり忘れて蛇紋の依頼に取り掛かり、リストに載っている半分以上の人物を昏倒させて記憶を調べたが犯人らしき人物は、まだ見つかっていなかった。
「こいつも違うようだな」
使えば使う程、信憑性の欠ける機械であったが、何度も相手の内面を見る事になった水上は昏倒した相手の扱いが雑になっていた。
「もうこいつが犯人でいいんじゃないですか? 表面は取り繕っても頭の中ではろくなこと考えて無い奴だし、今回はたまたま実行犯じゃなかっただけで、次の機会があればきっとこいつが犯人ですよ」
「いつからアルセストになったんだ? 他人から覗かれない本音と言うものはこんなものだろう」
「アルセストって、そこまで頑固じゃないっすよ。でも、昨日見ちゃったんですよ。紗栄子ちゃんとミミコちゃんが手を繋いで歩いている所を……」
「ほう、仲良くなったのか?」
「仲良くなったじゃないっすよ! おかしいですよ、意識不明の恋人を放って置いて、本物の恋人だと名乗る相手と友達になったりしますか?」
確かにおかしな組み合わせではあったが、あの二人なら手を繋いで歩いていても微笑ましいものだ。
「それが偽りであったとしても、自分が前に進めるペースを刻んでいるならそれでいいのさ」
水上が人間ぎらいになってしまう前に依頼を片付けてしまわないといけないな。