沢渡
しかし名前のリストからどうやって相手を見つけ出すか、それも相手にこちらが探していると感ずかれずに犯人までたどり着かなくてはならないとなると、地味に近くの相手の名前と比べて回るしかない。
「所長……。砂文字所長……」
「何だ、見つかったか?」
「いえ……、これって見つけられるんですか? ここって広さだけで言ったら、ちょっとした街数個分はありますよ……」
「……そうは言っても、蛇紋の知り合いなら近くに居るだろう」
「だといいんですが……、あっ、あれは……」
「居たのか?」
「そうじゃなくて、あれっすよ」
水上の指差した方向を見ると男が女に必死で取りすがっては邪険にあしらわれている所だった。良くある痴話喧嘩だが、その二人はつい先ごろ顔を合わせた奏多紗栄子とその恋人の沢渡洋平だった。
「もう話しかけないで!」
「そんなぁ……」
周囲の人間が振り返る程大きな声で強く言い放って立ち去る紗栄子に、がっくりと膝を付いてうなだれる沢渡が取り残される。わざわざ捜索を依頼しに来た恋人たちのやり取りとは思えない態度は変わりやすい若い恋心とでも言うのだろうか。しかしその姿を見つめていた水上は何かひらめいたようであった。
「砂文字所長、沢渡にも手伝わせましょう。こういうのは人数多い方が楽に決まってますし、あいつも嫌とは言わないはずですから」
そう言うと水上はうなだれている沢渡に馴れ馴れしく肩を組んだ。
「よっ、沢渡。いつの間に退院したんだ連絡も寄こさないとは水臭いぞ?」
「だっ誰ですか?……」
仮面をつけた怪人に戸惑う沢渡を強引に引っ張って来る。
「命の恩人の顔を忘れたのかよ」
「お前はその顔で覚えてもらいたいのか?」
流石に沢渡が気の毒になったが水上の普段より横柄な態度も気にはなった。ゲームの中で奇妙な格好をしているせいなのか、それとも同年代にはこんな感じなのだろうか。やけに馴れ馴れしいスキンシップの取り方も気になる。
「……砂文字さんですか?」
「そうだが」
おかしいな、沢渡とは直接面識は無いはずだ。大地教の本拠地から助け出した時も既に意識を失っていたはず。
「その、羽天さんの所でお見掛けして……あの、お願いしたい事があって……」
安土羽天とは、また意外な名前が出て来たものだが、大地教の繋がりで知っていてもおかしくはない。しかし失踪していた時期に入院していた時期を考えると偶然、逢うタイミングがあったとは思えないが、疑問を挟むより先に沢渡が甲高い悲鳴を上げて飛び上がった。
「キャー! な、に、す、るん、ですか……」
怯えたように水上を見る沢渡の様子からして、どうやら尻をもまれたらしい。
「お前そういう趣味があったのか……」
「違いますよ! こいつ女ですよ!」
「はぁ?」
何を言っているんだ? 目の前にいるのは確かに紗栄子の恋人の沢渡で、うずくまっていても背丈もそこそこありとても女性に見間違うはずもない相手だ。
「さっきから反応がおかしいと思ってたんですけど、女ですよ。沢渡のアバターを使ってるけど中身が女なんですよ」
「なるほど、そう言う事か」
別の誰かが沢渡の代わりにゲームにログインしているという事なのかと納得しても、何故そんな事をしているのかという疑問は残る。それに沢渡本人が急に強く否定し始めた。
「違います! 僕は沢渡洋平なんです」
「嘘つけ、その反応はどう見ても……」
水上は両手を広げて沢渡ににじり寄る。
「やめてください、ほんとなんです信じてください……紗栄子も信じてくれなくて……それで、砂文字さんに、お願いしようと……」
「そうだ! 砂文字所長、今こそショートケーキを使う時ですよ!」
「これか? そうは言ってもな」
蛇紋に渡された妙な機械を試してみたい気持ちはあったが、本当に安全なのかどうかも気になっていて試していいものなのか。
「人に成り済ましてログインするような奴は、何か秘密を抱えているんですよ! 本当のことを言ってるとは限りません!」
そう言われるともっともである。それに水上に羽交い絞めにされ何をされるのかと激しく抵抗しようとしていたが見た目が沢渡のため、怪しい機械を試してみるのに躊躇う時間もわずかでしかなく、軽い気持ちでコードの先についているコンセントのようなものを沢渡の額に押し付けた。
「ヒャピャッ」
沢渡が奇妙な声を上げると、ショートケーキの側面に行動ログが書きだされる。
――今日も青く澄んだ空。
――天気の良い日は気持ちがいいな。
――奇麗な歌声をありがとう小鳥さん、焼き立てのパンをどうぞ。
――『僕は沢渡洋平だ』
――風が気持ちいいから今日は白い服にしようかな。
――そうだ、新しい靴も下ろしちゃおう。
――『僕は沢渡洋平だ』
これがゲームに入ってからの沢渡の活動内容らしい、行動なのか思考なのかよく分からない文字列が秩序だっているとは言えない表示のされ方をしていて、かなり読み取り難くはあるが。
「少なくとも、沢渡じゃないな」
「ですよね、それに男でもないっすよ! ……これが、アクセス場所じゃないですか?」
下の方に表示されている数列が階層と住所を示しているようであった。
「002006021225。二層の六区か、行ってみるか」
使用した相手がしびれて動けなくなると言っていたのも、どれくらいの効果なのか確認しておければ後々都合がいい。ゲームを中断すると早速座標の場所へ向かう事にした。