蛇紋の依頼 2
お菓子というよりは口に入れると腹でも下しそうな派手な色彩の塊がそこにあった。
奇抜なデザインは前衛的と呼べるのかもしれないが、おしゃれと呼ぶにはあまりの毒々しさに道に迷った藁にもすがりたい子供でも背を向けて引き返すだろう。多少の勇気を振り絞っても触れて良いのか迷うドアノブらしき取っ手を引っ張ると、中から蛇紋の待ちわびた声が聞こえて来た。
「やっと来たのね砂文字、どこで油を売ってたのよ」
店の中を見回したが他に人影はない。水上にエルノーと続けて見せられた予想外の姿に驚かせられたが、今度は目の前にエルノーよりも幼い見た目の少女がいる。どうやらそれが蛇紋らしい。
「お前、何でそんな格好しているんだ」
「私にピッタリでしょ? 近所でも可愛いって評判なのよ」
スカートを広げて恭しいお辞儀をする少女はお菓子の家はピッタリかもしれん。だが蛇紋に相応しいのは迷い込んだ子供を鍋に入れる魔女の方で、その姿は中身を偽った過剰包装であろう。
ゲームの中とは言え、こいつら一体何をやっているんだか……。
「それより見たでしょ、表のラクガキ!」
いきり立った言葉にはっとして記憶をたどってお菓子の家の姿を思い出してみるが、毒々しい色合いのどこら辺がラクガキなのか見当もつかず、もしかするとそれ自体がラクガキであるのかと思えて来る。
「思い出すたびに腹立つけど、だいたい犯人の予想はついているのよ……送ったわよ? そのリストよ」
いつの間にか手に数枚の用紙が持たされていた。ゲーム内の動作で物の受け渡しなどは省略されているのだろう。ざっと目を通すと、半ば暗号のような名前の並ぶリストであるらしかった。
「この中の誰かが犯人なのか? ……これはどういうリストだ?」
「最近になって、私に告白してきた相手の名前よ」
「え? 何だって」
「私に告白して、こっぴどく振られた相手なのよ。きっと、その逆恨みでラクガキをしたに違いないのよ」
蛇紋のゲーム内の見た目に告白したのか、現実の姿を知ってて告白したのか。少なくとも後者である筈は無いような気がしたが、どちらにしても同情に値しない相手だろう。
「それで、このリストに載っている相手から犯人を捜して捕まえて来ればいいのか?」
「ゲームのキャラクターを捕まえても仕方ないでしょう」
「そりゃそうだが……?」
落書きされた家もゲームなんじゃないかと思ったが、口にすると余計ややこしく成りそうだった。
「情報屋の蛇紋をなめるんじゃないわよ。これを使うのよ、コンセントの付いたショートケーキよ! これを相手に押し付ける事で行動ログが読めるし、アクセスしている場所も分かるのよ」
「なるほど、それは分かったが何でケーキなんだ?」
「偽装していないとやばいじゃない。それを使った相手はしばらく痺れて動けなくなるから、犯人が見つかったら家まで連れて来てちょうだい。もちろん黄泉横丁の方ね」
えらく物騒なものを渡された物だが、匿名で繋がるゲームの中で犯人を捜すなら仕方あるまい。しかしフラれた挙げ句に怪しい事務所に連れ込まれようとは気の毒ではあるがちょっかいを出した相手が悪かったと諦めてもらうべきかな。
「ジリッジッリリリリリリ」
突然非常ベルのような音が鳴り響き慌てて辺りを見回すと、エルノーが小刻みに震えながらその音を立てていた。
「どうしたんだ、何が起こっている?」
「水をやる時間だ。行って来るのです」
どこまでもマイペースな彼女は呆気にとられた周りの反応も気にせず、お菓子の家のドアを突き破って外へと出て行った。
「まぁ、俺たちも行くか……」
いまいち乗り気になれない犯人探しが始まった。