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メトロノーム  作者: 海土竜
第二章 四層大騒乱
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騒乱の終わりに

 思った以上に簡単に侵入できてしまった。いや侵入という言葉は当てはまらないだろう、だれかれ構わず撃ちまくる武装集団をやり過ごし大地教の大聖堂に通じる回廊に入ってからは誰にも会っていない。大聖堂の中を一回りしてみたが、教祖が逃げ出した時に信者も一緒に逃げ出したのかもぬけの殻だったと思わせる巧妙な作りになっていて、甘い果実のようなマスタードと呼ばれる所以の匂いが漂ってこなければ大広間に通じる階段を見落としていただろう。


「こいつは不味いな……」


 見つからないように、だがよく探せば見つけられるように作られている。そして外側には見張りも居ないとなると、踏み込まれても問題がないだけの用意は備えている、時間稼ぎは表に逃げ出したという情報操作だけで十分だったという事だ。そこに一人で入り込めば無事に帰れるはずもないが、唯一の可能性は公安より早くここへ辿り着いた、そのわずかな時間の差が吉と出るか凶と出るか。

 しかし緊張に拳を握って階段を下りたにしては拍子抜けもいい所だ。

 迷路のように曲がりくねった廊下には信者と思しき若い学生があちこちで倒れている。ドアの空いた部屋の中でもソファーや壁にもたれたままの姿勢で意識を失っているようだった。調べてみても外傷はなく穏やかに寝息を立てている。侵入者用の罠が誤作動して眠ってしまったのか、自ら睡眠薬でも飲んだのかもしれなかったが無用の騒ぎが起きないのは好都合だ。

 眠っている信者たちの間を抜けて奥に進むと、廊下の真ん中で大の字になって眠っている見覚えのある姿を見つけた。


「おい、水上、おい起きろ!」


 声を潜めつつも鋭く呼びかけて、水上の頭を素早く揺り動かす。普通の睡眠であったら慌てて跳び起きるほどであったが小鳥のさえずりでも聞いてるかのように小さく唸って眉をしかめる程度だった。


「うーん、砂文字所長? ……おはようございます」


「おはようじゃない、何を廊下で寝ているんだ」


「……えーっと、そうだ、沢渡を見つけたんです」


 水上は頭を振りながら、足元の男を指差した。確かに写真で見た沢渡洋平に間違いなさそうだ。


「奥の大広間で見つけて、ここまで引っ張って来たんですが……急に眠気が……」


「そうか、エルノーは何処にいる?」


「エルノー? そうだ、彼女も大広間に!」


「分かった。お前は沢渡を三層まで引きずって行け。ぐずぐずするなよ、直ぐに公安が踏み込んで来るぞ」


 言い終わらぬうちに廊下を走り出した。

 幸いその先に居る者たちも思い思いの格好で寝ているだけで、大広間のドアは開いており中に大勢の人の気配がするが、物音一つ聞こえてこない。

 中の連中も寝ているのかと走り込もうとしたが大広間の扉を潜った瞬間足が止まってしまった。

 大広間の中では信者が奇麗に整列していた。真直ぐに背筋を伸ばして膝を付き、首だけを曲げて頭を垂れている。


(こんな体勢で寝ているのか?)


 奇妙な姿勢であったが誰も物音一つ立てずに動きもしない彼らは寝ているも同じだった。多少不気味ではあっても、彼らが頭を向けている先の大きな椅子に座っているエルノーの姿を見つけた時には、そんな疑問もすっかり頭から消えて、何人か強引に押し倒して彼女の居る場所まで駆け寄った。


「エルノー! 無事か?」


 椅子に座ったままの姿勢でエルノーも眠っているらしい。脱出するだけならと無理に彼女を起こそうとせず、眠ったままの体を肩へ抱え上げた。その時、静まり返っていた大聖堂に男の声が響いた。


「何者だ貴様! あの御方への貢ぎ物となる娘に触れようなどと、何と言う罰当たりな! 鉄槌を受けよ!」


 顔を見るのは初めてだが、それが大地教の教祖・安土大地に間違いなさそうだ。


「あの御方って言うのは誰だ? 生憎この子はうちの子なんでね、返してもらうぜ」


「愚か者が、跪け!」


 まるで芝居のセリフのように聞き入れられるのが当然と言った様子で安土は声を上げた。そう言われて、はいはいそうですかと膝を付く訳が無いだろう。権力を手にした生活というのは、人をここまで堕とすものなのか。


「……話なら公安に聞いてもらえ。じゃあな」


「なぜ従わん! おのれ……なぜ、私の声に従わんのだ! その男を取り押さえよ!」


 その瞬間一つの動作で大広間に居たすべての信者が一斉に立ち上がった。だが彼らの揃った動作よりも向けられた瞳の生気の無さ、自我の無い精巧に作られた人形のような瞳に思わず身震いしそうになる。しかし彼らが動き出すより先に入り口に向かって走り出した。

 大広間を埋め尽くすほどの数が居ても、ほとんどがただの学生しかも単純につかみかかろうと迫って来るだけだ。先頭の数人を蹴り倒せば、後の者も足をとられて身動きが出来なくなる。エルノーを抱えていても逃げ切るのは簡単な事だ。

 折り重なって倒れる信者の間を跳び越えて扉へと向かうが、前の者に足をとられて倒れ込んだ姿勢のまま執拗にしがみつこうとする。走り抜ける勢いのまま蹴り上げれば済むはずであったが、その顔を見た途端、まだ年若い女学生の顔を見た途端、蹴り上げる動作が止まった。

 今は痛みも恐怖も感じないかのように襲い掛かって来る彼女たちも、操られているだけのただの学生だ。それを、こんな体勢で蹴ったらどうなるか……。


「しまった……」


 一瞬の躊躇だったが、足にしがみついた女学生を振り払う間も無く、次々に学生が体に取り付いてエルノーの体を抱えたまま壁に押し付けられる。


「はーっはっはは、誰も私の言葉には逆らえんのだ!」


 操られた信者たちの後ろから安土の高笑いが聞こえて来る。少し前まで小さな教会で細々と活動していた宗教団体の教祖がなぜこんな力を持っている。なぜ公安に正面切って楯突こうとしている?


「……教団本部に、タロスの突入準備が整いました……」


 考えを纏めるより先に公安の通信を傍受していた端末から音声が聞こえて来る。その声に今までばらばらになっていたピースのいくつかがかみ合った。

 教祖・安土の相手を従わせる能力を知っているからこそ、公安は無人戦闘兵器を投入して教団の壊滅に乗り出したのか。その力がどんなものか分からなくてもタロスならプログラムに従って制圧するだけだ。しかし自身に襲い掛かる者も自動で排除する無人戦闘兵器は、ここにいる素手の学生たちにも最大限の反撃を試みるだろう。つまり金属の扉のように焼き切られる。

 今度こそ躊躇っている時間は無かった。

 壁に押さえつけられたまま空中に手を伸ばして、掴んだ引き鉄を引いた。

 安土が後ろに仰け反り額から血を拭きだすと同時に、操られていた学生は糸が切れた人形のように床に崩れ落ちる。気を失っていれば無人戦闘兵器に襲われる心配もないだろう。後は公安に任せて早いとこ撤収するだけだった。




 無人戦闘兵器と戦闘になりいくつかの武装組織が壊滅したのと、大地教の本部だった場所を制圧した公安は四層に少なからずの橋頭堡を作る事に成功した。その代わり無人戦闘兵器の中には破壊された残骸も残さず何処かへ消え失せたものもあった様で、武装組織がより強力な武器を手に入れたのではないかとのうわさも後を絶たなかった。


「あれだけの騒動を引き起こしておきながら結果は変わらずか」


 四層は相変わらず銃声が響く危険地帯で、武装組織の一つに公安が加わっただけである。そして三層の事務所は相変わらず平穏な時間が流れていた。


「砂文字所長、大地教事件の被害者たちどうなるんでしょうね……」


「さぁな、目覚めるのを待つだけだが」


 大地教の本部から眠ったまま保護された学生たちの大半が今も眠ったままだった。強制的に安土の支配を切ったためだろうかとも思ったが、先に連れ出した沢渡洋平も目覚めていない。教団に出入りしていた期間や使用した薬物の差であるのか、後は探し人の仕事ではなく病院の仕事だった。


「紗栄子ちゃん、毎日病院に通っているらしいですよ……、早く目覚めてくれないと……、友達の話も切り出しにくいんですよね」


 本当に残念そうに言う水上は、自分のためなのか、紗栄子を気の毒に思ってなのか、相変わらずよく分からない奴であった。


「自分で生きるペースを刻めなくなったら生きてはいけない。ここはそういう所だ」


 そう呟いた砂文字自身も、しかたなかったとは言え引き鉄を引いた安土の娘・羽天に合わす顔が無かった。

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