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メトロノーム  作者: 海土竜
第二章 四層大騒乱
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大地教

 勧誘をしていたシスターに連れられて向かった建物は看板に大地教と書かれてはいたが、「教会?」っと疑問符をつけねばいけないような古く小さな建物だった。

 外からの目を誤魔化すためのカモフラージュか、俺の正体を怪しんだためこんな場所へ連れてこられたのかとも思ったが、彼女はいたって悪気はないらしく久しぶりに自分の説法を聞いてくれる相手が見つかったと、とても機嫌がよさそうだった。


「こちらです。どうぞお入りください」


 案内された場所は椅子の多いリビングと言っていい程度の礼拝堂、一様壁に飾られた御神体っぽい彫像などそれなりの体を要していたが他に誰もおらず、鍵を開けて入った事からも彼女はここに一人で住んでいるらしい。大階段からそれほど離れておらず三層と言っても比較的治安のいい場所ではあったが、得体のしれぬ男を招き入れるのは無用心に過ぎると言うものだ。


「あんた、ここに一人で住んでるのかい?」


「いえ、……はい、今は。しかしいつの日か皆と大地の教えを分かち合えると信じています」


 要するに外れだ。こういう事もあるものだろうが名前が同じだけの別物に係わってる暇はないと早々に立ち去るつもりであったが、彼女の入れてくれた香りのよいお茶の分くらいはこの無用心な娘に忠告をしてやっても罰は当たらんだろう。


「大地の教えね……。あそこで勧誘していたのなら、あんたももう一つの大地教の話は聞いて事あるだろう?」


「はい、知っています」


「幸せになる壺やら人形やらを高額な値段で売りつけたりしているが、それでさえMPの取引の隠れ蓑に過ぎないって噂の連中だ。そんな奴らと同じ名前を名乗っていたら、いつどんな事件に巻き込まれるか分かったもんじゃないぞ」


「ですが、私は生まれた時から大地の教えを守って生活してきました。今は教えに背を向けたとしてもいつの日か父もここに戻ってきてくれると、私は信じております」


 父親?……どうして父親の話が出て来る?

 いや待てよ、古い教会に一人残された娘、二つある大地教……。それらを繋ぎ合わせていけば導き出される答えは一つだ。


「あんた、名前は何て言うんだ?」


「私の名は、安土羽天あづちはねあ。霜振らば吾が子羽ぐくめ天の鶴群、寒さに震える人々を暖かく包み安らぎを与えられるようにと父が名付けてくれました」


 思わずテーブルに手をついて立ち上がった。目の前にいるのが大地教の教祖・安土大地の一人娘・安土羽天、大当たりと言いたいところだが、周りを改めて見ても彼女が麻薬を取引する教団に係わっているとは思えない。羽振りの好くなった父親に捨てられた不憫な娘と言った所だが唯一の肉親だ、思わぬ手掛かりが見つかるかもしれない。


「だが、その父親はあんたを置いて、新しい教団を作ったわけか」


「きっと何か事情があるのです」


 娘を巻き込まないための親心という線も捨てきれはしないが、これだけ裏の世界で手を広げた相手に期待するのは野暮と言うものだろうな。


「いつだ。あんたの親父が出て行ったのはいつ頃だ?」


「二年ほど前です。上等なスーツを着た方々が何度か父のもとに訪れるようになって、ある日一緒に出掛けたきり、ここに戻ってこなくなったのです。今は四層に大聖堂を建ててそこで暮らしているとの話ですが、会いに行っても追い返されてしまいまして……」


 四層に一人で行ったとは、随分無茶をする娘だ。


「そのスーツの連中に心当たりは?」


「私も気になって何度か問いただしたのですが、『教えを広めるために協力してくれる方だ』としか」


 ここまでか、しかし十分だ。その連中がMPの取引を持ち掛けた組織だろうが係わらないに越した事は無い。目的はあくまで奏多紗栄子の恋人を見つける事、四層の大聖堂に潜り込めれば後は何とかなるだろう。


「まぁ無理せず、気長に待ってりゃ親父さんも戻って来るさ」


「はい、私もそう信じています」


 人を疑う事を知らないような曇りのない笑顔を浮かべる安土羽天に背を向け教会を後にしたのは、助手の水上から連絡が入る時間だったからだ。時間に余裕があればもう少し話を続けていたい、そう思わせる魅力を彼女は持ち合わせていた。会話がうまくかみ合っていないのを差し引いてもだ。


「砂文字所長、聞こえますか?」


「なんだ?」


 水上の受話器に押し付けたような芝居じみた声の潜め方に不機嫌な返事をしたが、どうやら彼は至って本気で冗談をやっているほど余裕のある状況ではないらしい。


「今、四層の大聖堂に来ています」


「どうやって潜入したんだ?」


「学校に、何度か出入りしている連中がいて、一緒について来たんですよ」


「あまり深入りするなよ、かなりまずい連中と繋がっていそうだ」


「はい、ここの連中、MPの取引についても隠すそぶりも見せずに普通に話しているんですが、どうやら普通に出回っているものとは違うらしいのです」


「と、言うと?」


 効き目が違うや特殊な効果を売り文句にするのはよくある事だが、余分なものを混ぜて即効性を上げたがために簡単に命を落とすなんてものも良く出回っている。無論死人が出れば捜査の方もきつくなるが、集められた信者という限られた範囲で試験的に調合されたものを売りさばいていたのだとしたら沢渡洋平が僅かな期間で恋人の忠告も顧みなくなったというのも頷ける。


「それがですね、何度か使ってると他の人と体を入れ替えられるとか」


「どういう事だ?」


 感覚を共有した気分になったり目の前の誰かがした行動を自分がやっていると錯覚したりするという事なのかもしれなかったが酩酊した者たちにとっては何でも同じだろう。


「……いや、それより沢渡は見つかりそうか?」


「そうそう、それなんですが……あれ? 今のエルノーちゃんじゃないかな? うん、間違いない。なんでこんな所に?……」


「おい、どうした、何があった?」


 問いかけても答えないのは通信が途切れていたからだった。直ぐ折り返して連絡を取ろうとするが「お探しの端末は見つかりません」とのアナウンスが流れるばかり。四層とはいえ余程の事が無ければ地下街の中で急に連絡がとれなくなったりはしない、事務所で留守番をしているはずのエルノーを見かけたという水上の言葉も気になり確かめに戻るべきかとも思ったが、事実が分かった所で後手に回るだけならば四層の大聖堂へ真直ぐ向かうべきだと歩き出した所へ、後ろから声を掛けられた。

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