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「これ、うちの家内です!」 

作者: 石橋千晶

穂積は結婚して9年になる妻がどんどん醜くなっていくのが許せない。

可愛い一人娘は大好きで、ある日、妻と離婚を決意するが、娘に言われた話に驚き・・・

「これ、うちの家内です!」 石橋千晶


アイツとは出会ってから10年、結婚してから9年目になる。

俺は今年8才になる娘の美湖は可愛い。美湖だけが俺のことを分かってくれる存在だから。

俺の名は内山穂積。35才。サラリーマン。アイツは内山のり子。同い年。無職。

俺の女房だ!と言いたいが、恥ずかしいほど醜い。『これが俺の女房です!』なんて堂々と世間に言え

ないほど。


のり子とはネットの出会い系で知り合った。「おっ、家は大阪で近所?同い年やん、近いんやったら会え

るやん!」と誘ったのが大間違いだった。

その頃の、のり子はまだそれなりに化粧もして、『こんな私でいいんですか…?』としとやかな雰囲気

だった。『顔は美人ではないけど、中身はいいなぁ』と思って、何回かのデートと勢いで結婚した。

それが…それが…、美湖が産まれてから見る見るうちに化けの皮がはがれていき、化粧はしないわ、仕事の

俺を送りだすどころかグースカ寝てやがる。

たまに起きれば、起きたてのみっともない顔と、もちろん寝巻きのスエット姿で

「あ、行くんや、いってらっしゃぁい…」と、大あくびしながら言うアイツ。

見たくないので「ああ。さぁ、美湖行くぞ」と、2年生になる美湖と家を出る。

この家を出た瞬間はホッとする時間だ。

美湖は俺に言う。

「なぁ、父ちゃん、母ちゃんのこと嫌いなんか?まっ、お世辞にも美人と言われへんけどな。」

「…」

アイツとは違い、べっぴんで賢くて感受性豊かで学校でも人気者の娘に言われると心が痛む。

「美湖ちゃぁん、おはよ!一緒に学校行こ。」

友達の凛ちゃんが来た。

「じゃ、父ちゃん、仕事頑張ってな!」

そういう美湖は、まるで天使のようだ。

それに比べてアイツは出会った頃よりぶくぶく太りやがって…。どこをどうとっても、美湖とは似つか

ない。


ある日、仕事が終わり、いつものように美湖がいるので仕方なく家にトボトボ帰った時のこと。

「父ちゃん、おかえり。」

俺は夕食がテーブル上にないことに気づいた。

「美湖、夕食は?」

「母ちゃん、具合悪くて寝てるから、まだ食べてない。」

俺は寝室へ急いだ。

いびきをかいて寝ているのり子に、カッとなった俺は、「おい、こら、起きんかい!どこの女房がお腹

空かせとう娘に夕食の用意せんねん!」

「あっ…帰っとったん?ちょっと食べ過ぎて一服しとたったら寝てもてん…」

俺は怒りが込み上げ、「もうええわ!お前と結婚して良かったんは、美湖が生まれたことだけや!

あとは後悔しとる!美湖と外食してくる!お前とは離婚じゃ!」

そのままバタンとドアを閉め、「美湖、外に食べに行くで!」

「やったー。でも母ちゃんは?」

「食べ過ぎていらんのやと。はよ行くで。」と、美湖の手を引っ張り外に出た。

「美湖の好きなん食べに行こ。何がええ?」

「お好み焼き!」

「よっしゃ!いつも父ちゃんが行ってるとこでええな?旨いぞ!」

「お、いらっしゃい。あれ、内山ちゃんの嬢ちゃん?ほぅ、べっぴんやなぁ。」

のれんをくぐると店の井上さんが言ってくれ、俺は美湖の肩を持ってVサインをした。

席に座り、「おっちゃん、ビール頼むわ。美湖はオレンジジュースでええか?」

美湖はうなずいた。あとはいつものスペシャル焼きを注文した。

「美湖、スペシャル焼きはな、肉やらイカタコがいっぱい乗っかって大きくて旨いねんぞぉ~

食べてみ。」

「うわ、そんなんやったら母ちゃんも来れば良かったのにな…。」

美湖のその一言で、今度は冷静に話した。

「美湖は母さん、好きか?」

「うん。」

「そっか…どこがええんや?」

「どこって…全部や。」

「父さんな、母さんと別れるつもりや。美湖と2人で暮らしたいんや。」

美湖の顔がこわばり、今にも泣きそうになった。

「父ちゃん、それマジで言うとん?母ちゃんのこと何も知らんの?」

俺は何のことかさっぱり分からなかったので美湖に聞いた。

「母ちゃんはな!母ちゃんは…病気なんや!心の!私、深い帽子にサングラスとマスクして誰にも見つか

らんように裏口からこっそり出かけるとこ見てん。父ちゃんが外に出たら恥ずかしいって言うてたから

やろ。後ろからウチ付いていったんや。そこはメンタルクリニックで、母ちゃんが帰った後、先生に聞い

たんや。個人情報やからダメやって言われたけど、何度もお願いしてん…。先生も娘さんならってことで

根負けして話してくれたんや!母ちゃんは…重い鬱病と過食症やて…。父ちゃんのアホ、なんでそんなんも

知らんかったんや!」

俺は愕然とした。のり子が心の病気であんな風になっていたとは!

そして、井上さんに断り、代金を置いて急いで帰り家のドアを開けた。

「のり子ぉ!」と叫び、薄暗いのでキッチンの電気をつけると、冷蔵庫を開けっぱなしにして食べ物は

散らかり放題のその場所で、のり子が倒れていた。俺はのり子を抱いて、

「こんなになるまで食べて…お前の病気も何も知らんと散々なこと言うて…ごめんな…ごめんな…」

と、後ろにいる美湖を手に取りワンワン泣いた。


それからの俺は、のり子と一緒にクリニックへ行った。

先生は、「この病気を治すには、まずご主人の理解が必要不可欠です。ここまで悪化すれば、完治まで

なかなか時間はかかりますが、焦らせないでゆっくり治していきましょう。薬の治療と、同じように

心の病の人達やご家族とのカウンセリングに行く事もおすすめしますので紹介状を書いておきますね。」

と、薬を処方してもらって帰る途中、のり子は急いで帽子とサングラスとマスクを付けようとした。

俺はそれを静かに取り、「もう、こんなもの必要ないんやで。のり子。のり子はのり子のままでいいん

や。」と、 俺が微笑むと、のり子も微笑んだ。

「のり子、今まで悪かった。俺は最低や。」

「ううん…。でもこうしてると恋愛してる時みたいやね。」

「そうやなぁ~。」

 手をつないでいると、近所の人が疑わしそうに見たので、

「あっ、こんにちは!これ、うちの家内です~!ちょっと病気だったんで外にあまり出られなかったん

ですけど、これからよろしくお願いしますわ!」

と大声で言ったら、向こうは驚いて頷いた。


家に着くと、美湖が笑顔で「おかえりなさい!なぁ父ちゃん、母ちゃんと3人で近いうち、お好み焼き、

食べに行こうよぉ!」

と笑顔で言ったので返した。

「よし、3人で食べに行くで!」

のり子も静かな笑顔になっていた。


おわり


鬱で何も手につかなくなった妻。鬱と知らず冷たすぎる夫。母が鬱と知っていて、当然父も気づいている

はずと思っている娘。

現代病とされるうつ病と過食症は、家族や周囲によって治していくものだと気づかされる。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 家族がひとつになれたハッピーエンドな結末でよかったです。美湖ちゃんが親想いの娘さんで物語の救いとなる存在ですね。 [一言] うつの原因が外見的なコンプレックスだとしたら、やはり旦那さんの言…
[良い点] 身近な人の普段のちょっとしたサインってなかなか気付かないこともありますよね。良い題材だったと思います。 テンポよく抵抗なく楽しめました。 あと、うつ病に理解のある旦那さんでよかったです(笑…
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