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メリーさん

「お土産」


 そう言って、紫は金髪の人形を俺に手渡した。


 この少女、紫とは転生トラックの一件以で知り合った。こうして話をする様になったのは、一度暑さで死にそうな顔をしていた時にソフトクリームを奢ったことが原因だろう。あの時は、終始真剣な表情で一言も発する事なく食べきった。

 それ以来何度か声をかけられたり、かけられたりしている。どうやら何もなければ無害な存在らしい。


「いや、いらないんだけど」


 いつ切れてもいい関係というのはこういう時遠慮しなくていいのが唯一の利点かもしれない。俺は反射的に受け取ってしまった人形を即座に返した。


「……分かった。あそうそうこれ」

「ん? 五円玉がどう、か……」


 ふっと、意識が遠のく。

 ぐらりと体がよろめいた。反射的に壁に手を当て、転倒を防いだ俺は2度3度首を降った。


「今、何か……」

「どうかした?」


 何が起こったのか、理解が追いつかない俺の耳に紫の声が届く。


「紫? 何しに……? あれ?」

「近くに来たので挨拶。体調が悪いのなら、もう休んだ方がいい。私も帰る」

「あ、ああ」


 小走りにさっていく紫の背をながめつ、俺は首を捻った。

 何しに来たんだあいつ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 次の日、インターフォンの音につられて、嫌な予感を覚えつつもドアを開けるとやはりというかそこに妖怪の少女が立っていた。


「……なに?」

「今日はここにいた方がいいと思った」

「いていい理由がないんだけど」

「気にする事はない」


 お前が気にしろよ。

 どうやって追い返したもんか、と頭を働かせていたところ、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯の着信音がなった。


「ちょっと待って」


 一応紫に断って、画面に現れた通話のボタンをタップして耳に当てる。


「私メリーさん、今3丁目のコンビニの前にいるの」

「……」


 効果音を残して電話が切れた。俺は呆然と、携帯を耳に添えた態勢で立ち尽くした。


「誰から?」

「……いや、メリーさん?」


 少し前の俺だったら、いたずら電話だと即断していたのだが、実例を目の前にしてはさすがにそう言うわけにはいかない。


「メリーさんってあのだんだん近づいてくるやつ?」

「そう、最終的に後ろにいるというのが鉄板になっている」


 ただ、と紫は説明を続けた。


「最近は道に迷わされたり、壁に埋め込まれたり、電車のホームに置いていかれたり、ひどい時はバキュームカーの中に突っ込まされたりしているらしい」

「ひでぇ」


 その言葉しか出てこない。なんでみんなメリーさんをいじめるのだろうか。


「そう言った逆風を受けて、ついにメリーさんは超メリーさんに進化した。ちなみに超と書いてスーパーと読む」

「そうかぁ、進化したかぁ」


 そりゃあ怒るよなぁ。怒りによって目覚めてしまったか。


「その結果、スマートフォンの地図アプリを使えるようになり、道に迷うことがなくなった。さらに、ワープ先が背後ではなく、前にも跳べるようにもなった」

「特に後者はすごいんだけど、対応が後手後手に回ってる感の方がすごいな」


 もっと抜本的に何かできなかったのだろうか。


「しかし、基本的に妖怪というものは力の総量に変化はない」

「そうなんだ」

「そう。なので、今のメリーさんはある制限を受けている」

「それは一体?」

「携帯電話にしか電話をかけられなくなった」

「おお……」


 それは、どうなのだろうか。最近は携帯電話しか持ってない人も多いし。かく言う俺もその一人だ。


「フリーダイヤルにかけられなくなったと嘆いているとか」

「え? 電話料金払ってるの?」

「当然。電話回線を使っているのだから」

「マジか」

「嘘」


 驚きの真実を知って戦慄していた俺はさりげなく付け加えられた紫の一言にはてと首をひねった。


「嘘っていうのはどこが?」

「電話料金についてのあたり」

「それより前は本当ってことか」

「そう」


 そうなのか。


「あ、いや。そうじゃなくて。俺どうすればいいんだ? 紫なら何とかしてメリーさんがここに来れないようにできるか?」

「それは不可能。そのことに特化した妖怪というのは汎用性はない代わりに、目的に向かう力はとても強い。ましてはメジャーな都市伝説妖怪、私では力不足」


 さらに、と紫は付け加える。


「今の超メリーさんには甘さはない。後ろを取られたら、確実に殺しにかかってくる」

「……え?」

「殺しにかかってくる」

「俺死ぬの?」

「死ぬ」


 ゴクリ、と唾を飲み込む。その時、再び携帯が鳴った。ディスプレイを見ると先ほどは気がつかなかったが「超メリーさん」と表示されていた。どう言う事だろうか?


「私メリーさん。今あなたの家から100メートルほどのところにある公園にいるの」


 電話が切れた。


「な、何か近づいて来てるんだけど」

「そう言う妖怪だから当然。しかも今の彼女はGo○gleMapを使いこなしている」

「なんてこった」


 それじゃあバグを祈るしかない。


「何とかならないのか、どっか別のところに行ってもらうとか」

「こちらの背後をとる超メリーさんのパワーは凄まじいの一言。そんな小細工は通用しない」


 なんでよりによって超の方が来るんだ。そもそも超化しても初めは舐めプするのがお約束じゃないのか。

 理不尽な世の中に文句を言うが、当然事態は好転しない。

 電話が鳴った。俺が恐怖に固まっているとどう言う原理か、勝手に通話が始まった。


「私メリーさん、今あなたの家の前にいるの」

「いや、実はそこ偽物何だ。本当は––」

「嘘だ! みちびきを使って精度をあげた位置情報に間違いはない!」


 メリーさんの魂の叫びだった。


「だ、だめだ」

「次は後ろに来ますね。壁を背にしても良いのですが、その場合前に来るだけですし」

「超メリーさん……なんて強いんだ」


 俺は戦慄した。こんなの勝てっこないよ。俺は……死ぬのか。


「大丈夫です、この時のために私は来ました」

 

 そう言う紫の手にはいつの間にか紫色の手鏡が握られていた。そういえば紫は鏡の妖怪だと以前言っていた。すると、この手鏡がそうなのだろうか。


 電話がなる。


 俺は震える手で、通話ボタンをタップした。


「私メリーさん、今……えーと、あ、後ろ空いてる。やった! あなたの後ろにいるの!」

「くっ」


 背筋に冷たい何かが走った。恐怖に駆られて、俺は背後を振り返った。


「メリー、さん」


 そこに金髪の人形の姿を見て俺は戦慄する。ただ、気のせいか俺はその人形を知っている気がした。

 心なしか嬉しそうにその人形はゆっくりと俺に向かって歩き始めた。


「えい」


 近づいてくるメリーさんに、一歩俺の前に出た紫が手鏡で人形の頭を強打した。


「あ、それってそう使うんだ」


 その後も、歩みを止めないメリーさんに向かって紫は何度も何度も手鏡を振り下ろす。ドスバキコキャ、とその度に嫌な音が部屋の中に響いた。人形じゃなかったら完全にスプラッタな光景が広がっていただろう。

 紫の容赦ない物理攻撃にさらされながらもゆっくりとだが確実に俺へと近づいて来たメリーさんだったが、ついに力つきたのか力なくその場にへたり込んだ。

 座ったままの姿勢でメリーさんは手近な異空間からiph○neを引っ張り出すと、残像すら残る指使いで何事か操作し始めた。操作を終えてiph○neを耳に当てた。

 ややあって、俺の携帯から着信音が鳴り響いた。


「私メリー、とりあえずノルマは果たしたからこれから帰るの」


 その言葉を残して、メリーさんは跡形もなく、俺の部屋から消え失せた。

 呆然とメリーさんのいた、今は誰もいない場所を眺めていた俺はある疑問に行き着いて紫を見た。


「あれ? メリーさんって強いんじゃ」

「それは勉強不足からくる誤解。メリーさんの都市伝説の最後は”後ろにいるの”で終わることが多い。その後、電話を受けた人間をメリーさんが殺すパターンも確かにあるが、所詮は亜種。つまり後ろに来たあとならば私でも対処が可能。メリーさんとしても後ろに来た時点である程度満足はしているので、無理をしないのは当然のこと」

「そうなのか」

「そう」


 しかし逆に言えば無理せず殺せるなら殺すという事、やはり今回は紫に助けられた事に違いはない。今まで俺の人生にとってデメリットしかない存在で早々に縁を切りたいと思っていが、今後は認識を改めなくてはいけないだろう。

 そう、思いながらも俺ははてと首を傾げた。

 しかし、何でメリーさんに電話されることになったのだろうか。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「マッチポンプという言葉を知っているか?」


 アルベールから投げられた質問に紫は頷く。


「理論は」

「いや、理論ではなく実践も––」

「理論は理解している」

「……分かった」


 しかし、何故こんな事をしたのか。その回答について、アルベールは頭の中で幾つか候補を挙げたが確かめる事はなかった。返答が返ってこないだろうと考えたためだ。


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