復讐が始まりませんでした
俺が必死に説明して、なんとか誤解が解けてた。
ナルはボヤきながら円卓に肘をついて座っている。
てか、この円卓凄いな。全部大理石か?
「――全く、私が何をしたというのだ」
「ごめんて! 仕方ないでしょ。ミーナが寝取られたと思ったんだもん」
おい、流石にそんな数分で寝取られるほど脆い精神してないぞ。
いや、確かにナルの豊満な胸は俺の無くなった息子に語りかけてくるけど、それはあれだ、男……今は女だけど、男だった俺としては仕方ない事なんだ。
「お食事を持ってまいりました」
「ほら、ご飯食べて機嫌直して。今日はミーナが来たお祝いに豪華な物にしたんだから」
直径5メートルほどある円卓を埋め尽くすほどの量の食事が運ばれてくる。
そして、その全てから胃を刺激し、腹を空かせる香り漂ってきている。
ここ数日ろくなものを食べていない俺には宝の山にしか見えない。
「ほら、それじゃあ手を合わせて」
「手を合わせる……?」
あ、そうか。いただきますか。
この世界に生まれてからしてないからすっかり忘れてた。
そういえば、奈々葉はこういうの大事にしてたっけ。
懐かしい気持ちになりながら手を合わせる。
「いただきます」
奈々葉につづいて俺もいただきますと言う。
まず、目の前に置かれたステーキをナイフとフォークで食べる。
今更だけど、奴隷の俺がこんないいもの食っていいのか?
「いかがでしょうか? お味のほどは」
カナムラが聞いてくる。
俺は口に入っているステーキを味わう。
噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。それも気持ちの悪い油じゃない。
旨味だけど感じる。雑味や生臭さは一切ない。
これは下味をしっかり付けているから出る味。
肉本来の旨味。
「美味しすぎます……」
何こいつ、シェフにでもなった方が良いんじゃないの。
この世界に来てから、初めて前の世界より美味いものを食べた。
いや、母さんのも美味かったけど、それは愛情が上乗せされたからだ。
「お褒めに預かりありがとうございます」
無表情だが、左腕で小さくガッツポーズをしたのが見えた。
食事中は静かで、ほとんど会話はなく。少しだけ物足りなさを感じた。
いや、俺から話を出せばいいんだろうけど、この世界に来てから父さん母さん以外と食事するのも初めてなんだ。
緊張してんだよ。
「そう言えばナナ。なぜ奴隷を買ってきたんだ? カナムラが入れば従僕はいらないだろう」
黙々と食事をしているとナルが話しだした。
「一目惚れ」
「そうか」
……んんんん!!??
おいおいおい! 今、とんでもない事が聞こえたぞ!?
いや、目が昔の俺に似てるからって理由は聞いてたけど、一目惚れ!?
てかナル! もっと掘り下げろよ! なんで淡々と食事に戻れるんだよ!
俺だったら、口の中の物全部吐き出して奈々葉にぶっかけた後に「なんだと!?」って言うぞ!?
「本人の前でこんなことを聞くのは気が引けますが、ミーナさんはおいくらしたのですか?」
「金貨200枚」
「ほう、また大金を使ったな」
「このお屋敷とまではいきませんが、王都に豪邸を建てれるほどですね」
「ブッ―――!!?」
俺は口の中に入れてたサラダを吐き出し、奈々葉にぶっかけた。
奈々葉の顔を見て、ナルが大爆笑し、奈々葉は優しく微笑みナルに関節技を決める。
メキメキと音を立てるナルの関節。
「いだだだだだ! ギブっ! 悪かった!! カナムラっ! 助けてくれ!!」
「わお、どういたしました? もしかしてお口にあいませんでしたか?」
カナムラはナルをスルーして聞いてきた。
いや、サラダは美味しかった。
じゃなくて!
「げほけほ、き、金貨200枚ってそんな価値があるんですか!?」
「普通に暮らしていれば一生働かなくても、なんの不自由なく生きていける程度の価値はありますよ」
頭のなかで計算を始める俺。
一日に使う金を1500円くらいに考えて、人間の平均寿命は前の世界だと80くらいか?
一日1500円、つまり一月約45000円くらいで、一年で約54万くらいか。
それで、それに80をかけて……4320万……金貨一枚を円で表すと20万くらいだよな……。
う、なんだろう……。凄い罪悪感。
「み、ミーナ! お金は気にしなくて良いんだからね! 正直私、ミーナにはもっと価値があると思うし! それこそこの家が100個建っちゃうくらいの価値は絶対にあるわ!」
「金貨で表すと10億枚くらいですね」
10億枚……つまりこの家って……いや、考えるのやめておこう。
これ以上は怖くてこの家歩けなくなっちまうよ。
「まぁ、ミーナ。気にすることもない。我々にとって金貨200枚などはした金だ」
「そうそう! その気になればこの魔王を王国に差し出して大金を貰えるし!」
「それはおかしいぞ!?」
ナルが驚いた顔をする。
まさか魔王に励まされるとは……。
それにしても、今考えたら俺って穀潰しまっしぐらなんじゃないか?
食事や掃除はカナムラで十分だろうし、出稼ぎとかをする必要もなさそうだし、俺って特に特技とかもないし。
「なぁ、奈々葉」
「なにミーナ?」
「俺って、何をしたらいいんだ……? このままじゃただの役立たずじゃないか?」
俺がそう言うと奈々葉は関節技をといて、驚いた顔をした。
ナルは白目をむいてそのまま倒れ込む。
「えっと……んんと」
え、まさか考えてなかったのか?
「その、この家に暮らしてくれるだけで私的には満足なんだけど……仕事って必要?」
「……はぁ、はぁ、どんな生物も目標や目的を持たなくては生きれないんだぞナナ……はぁ……。家にいるだけなら銅像と同じ……はぁ、ミーナを大切にしたいなら仕事を与えるのも重要なナナの仕事だぞ……はぁはぁ……」
死にかけた顔で生きることについて語ってくれたナル。
「えっと……じゃあ、ミーナ」
「おう……」
奈々葉が俺に近づいてくる。
そして、頭に手を置いた。
「私から肌身離れず居てね。それがミーナの仕事よ」
肌身離れず……え、それってかなりハードじゃないか?
肌身離れずって事はあそことかあんなところとかも一緒って事だろ?
「ナナ様。いきなりハードな仕事を申し付けましたね。これは楽しくなりそうです」
おい、カナムラ! 絶対に楽しんでるだろ!
無表情だから分かりにくいけど、「ワクワクオーラ」がにじみ出てるぞ!
「なぁ、それってトイレとかもか?」
「大丈夫、うちのトイレ大きいから」
いや、問題視してるのはそこじゃないぞ。
「私は、ミーナが死なないように守るから、ミーナは私が死なないように見守っててね」
「……はい」
声が裏返ってしまう。
奈々葉の目から光が消えていた。
「ミーナさん」
「ん?」
カナムラが耳打ちをする。
「奈々葉は過去に想い人を亡くしているようで、死に対して臆病になっているんですよ。折角またできた想い人を死なせたくないと過剰保護をするつもりなのだと思います」
ん~、これは俺のせいですね。
「頑張ってください……ぷふっ」
おい、こいつ今笑ったぞ!?
「――絶対に守ってあげるから、楽しく暮らしましょね」
やべぇよ。目がマジだよ!
このままじゃ、一人の時間がなくなって、復讐どころじゃないぞ!
――これ、俺の復讐劇はじまらないんじゃないか……?