愛してくれました
生まれ変わって9年ほどが経っただろうか。
今俺は、山奥で山菜を採ってます。
「ふんふふ〜♪」
この世界には、前の世界にあった電化製品や娯楽グッズは殆どない。
料理は火を焚いて、その火を調節しながら調理するし。
夜は暗くなるとすぐ寝る。
娯楽グッズは俺でも作れるリバーシや人生ゲームくらいしかない。
俺が今住んでいる家は山奥にあり、食事は山菜や野鳥、近くの川で取れる魚と森に住んでいる動物だ。
お母さんの手料理は最高に美味しいから、俺も張り切って食料調達をしているわけだ。
お父さんは獣や生き物を狩り、俺は野草やキノコなんかを採取する。
いつかは、ここを離れてみたいという気持ちはあるが、今はこれで満足している。
正直な話。前の世界のように毎日ほとんど同じ工程を同じようにこなすより、少々スリリングなこの世界の方が楽しかったりする。
「お、笑いキノコ……お父さんにいたずらで食わせよ」
俺は笑いながらそんなことを言う。
笑いキノコは食べると一瞬で毒が体に回り、3分ほど笑いが止まらなくなるキノコだ。
ちなみに、パスタにすると凄いうまい。
俺がその後30分ほど野草などを採っていると、たまに嗅ぐ嫌な匂いに気がつく。
それは、母さんが火加減を間違え焚き木が燃えすぎた時なんかに嗅ぐ匂いだ。
この近くに家は俺の家しかないから、この匂いは十中八九俺の家から出た匂いだ。
「母さん。また、火加減間違えたのか……どじっ子属性凄いな」
俺は、籠の中を見て、今日はこのくらいでいいか、と思い自宅に戻る。
家に着くと、俺は目の前の光景に唖然とする。
「――頭! この家にはもう一人子供がいるみたいですぜ!」
「子供だぁ? 俺たちの依頼はこの男と女の始末だろ。そんなの知らねーよ」
ぼうぼうと俺の家から火が上がり、煙が立ち込める。
家の前には複数の男と、何度か見たことのある馬車。
そして――血まみれで横たわるお父さんとお母さん。
(か、隠れないと……!)
俺は、ばくばくと激しく動く心臓に、落ち着けと言い聞かせながら近くの茂みに隠れる。
自分で言うのもなんだが、俺は冷静な方だ。
こんな状況を見ても、取り乱すことはない。
前の世界でも、一度両親を失っているが、その時は泣かなかったし、悲しい気持ちになることもなかった。
俺は冷静だ。状況をよく見ろ。
「金目の物はちゃんと運び出したんだろうな!?」
「うっす! それはもうしっかりと!」
あの男たちは、見るからに盗賊だ。
だがなんで俺のうちを?
「まったく、楽な仕事だぜ」
盗賊の男の一人が呟いた。
なるほど、こいつらは依頼されたのか。
俺はこの世界に来て、お母さんとお父さん以外の人間とは会っていない。
だから、俺が生まれるよりも前にお母さんかお父さんが恨みを買っていた人。
これは、僕が考えても仕方ないな。
「それにしてもガキか。今は出かけているみてぇだが、帰ってきたら両親死んで家もねぇんだ。びっくりするな! ガッハッハ!!」
「全く、運がいいのか悪いのか分からないガキですぜ!」
その場にいる盗賊たちが爆笑する。
そのガキ、ここに居るんだよ。
それにしても、これからどうするか。
一応、狩りの仕方とかはお父さんに習ったし、料理も花嫁修行って言ってお母さんに教えてもらってる。
お父さんは「ミーナは嫁にやらん!」とか言って反対してたけど。
俺はその時の父の必死な顔を思い出して笑いそうになる。
その度にお母さんが「そしたら孫の顔、見れないでしょ!」なんて言ってケンカしちゃうんだ。
そして、ケンカでは毎回お父さんが負けて「ごめんよぉ!」なんて泣き顔で謝るんだもんなぁ。
(本当に、騒がしい夫婦なんだからな……)
俺の視界が歪む。
目にゴミでも入ったかと目を擦るが全然治らない。
「ひっぐ……」
何回擦っても、俺の視界は戻らない。
そして、俺は目を擦ってる服の袖の辺りが湿っていることに気づく。
(俺、泣いてる……?)
前の世界では両親が死んでも、なんとも思わなかったに。
俺は今、泣いてる?
「――おい、そこらへんの茂みから物音がしなかったかったか?」
「え、物音ですかい?」
や、やばい! 早く泣き止まなければ。
俺は涙を必死に拭い、涙を止めようとする。
「ふっぐ……えっぐ……」
なぜだか。涙が止まらない。
それどころか、量が増していっている気がする。
(ふざけるな! 止まれよ!)
しかし、止まらない。
涙の量が増えると、呼吸も荒くなり、肩が震え始まる。
「あぁ……そうか……」
俺は涙を流しながら、なんでこんなに涙が出るのか理解する。
(悲しいんだ……)
前の世界の両親は、俺の事を荷物程度にしか考えていなかった。
しかし、この世界の両親は俺に、溢れるほどの愛情を注いでくれた。
そんな両親が目の前で血まみれで死んでいるんだ。
そりゃ泣くな。
「やっぱり、物音がするぞ! 見てこい!」
「うっす」
盗賊の足音が近づいてくる。
もう、捕まるだろう。
なんというか、短いけどいい人生だった気がする。
正直、前の世界よりは何百倍もいい人生だった。
お父さんとお母さんに花嫁衣裳くらい見せてやりたかったかも。
まぁ、男と結婚するなんて死んでも嫌だけど。
「――なるほどぉ、この家のガキかぁ」
盗賊が俺を見つける。なんか、どうでもいい。
「お頭ぁ! ガキが隠れてましたぜ!」
ここで、やっと俺の涙が止まる。
息はまだ荒いし、体に力も入らない。
でも、頭の中で整理したおかげか涙は止まった。
「お嬢ちゃん、ちょっと失礼するぜぇ」
「……ッ!」
俺を抱きかかえる盗賊の男。その抱え方はまるで荷物を運ぶ時のように乱暴。
痛いなぁ、お父さんみたいに優しく運べねぇのかよ。
「頭! 連れて来やしたぜ!」
「おう……」
俺を乱暴に下ろす盗賊の男。
俺の後ろにはお母さんとお父さんの死体。
「お嬢ちゃん。ずっと、隠れていたのか?」
「……」
俺は黙り込む。
それは、この男が両親の仇で黙ることしか抵抗することができなかったからだ。
だが俺は、すぐにこれが愚策だという事に気づく。
「そうだよ。家が燃えてるのに気づいて帰ってきたらお父さんとお母さんが殺されてたから隠れてた」
ここは、生存率を少しでも上げよう。
黙ったところで怒りを買い殺されるかもしれないだけだ。
それなら、少しでも生きてこいつらを殺す手段を考えよう。
お父さんとお母さんの仇を討つ方法を考えよう。
「ぶっ、ガッハッハ! なるほどな! こりゃ将来いい女になるぜ!!」
「ありがとう」
仇が笑う。正直、腸が煮えくり返りそうだ。
笑ってじゃねぇよと喉元まで出てくる言葉を抑え込む。
「お嬢ちゃん。そこまでして、まだ生きたいか?」
「……生きたいよ」
そして、お前ら全員ぶっ殺してやるよ。
「いいな! お嬢ちゃんいい性格してるな!」
「あんな笑うお頭珍しいな」
後ろで盗賊の一人がそう言った。
これは、生きれる確率高そうだな。
「いいぜ。お嬢ちゃんを生かしてやる」
「本当?」
「その代わりだ」
俺は首を傾げる。
まさかこいつ、抱かせろとか言ってこないよな。
生きるためなら、そのくらいヤるがかなり引く。
「――お嬢ちゃんの両親を玄関から家の中に放り込め」
……クズが。
「分かった」
クソがクソがクソが。
クズがクズがクズが。
殺す、絶対に殺してやる。
俺は心の中でそう言い続けながら両親を一人ずつ玄関まで運ぶ。
心の中で整理をつけたおかげで涙が止まっていたが、両親を運んでいる途中で溢れ出てきてしまった。
俺は両親を一人づつ玄関の奥の方に連れて行く。
「おいおい、あの嬢ちゃん。火の中に入ってったぜ」
「正気かよ……」
幸いなことに玄関の辺りはそこまで火が来ていなかった。
だが、肌が焼けるように熱い。
「――お父さん、お母さん……ありがとう、ございました……っ……!」
俺の溢れ出てくる涙が両親の顔に当たる。
「どうか、あの世でも、仲良く……ごめんなさい……」
俺は二人の手を繋がせる。
火も先ほどより強くなり、俺はその場を離れ家を出る。
俺は家を出ると家の方を向く。
火の所為で崩れていく家を見ながら、溢れ出そうになる涙をグッと抑える。
「愛してくれて……ありがとうございました……」
それは両親のだけでなく、この家に向かって言った言葉だった。