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十一月も終わりに近づくと、あたりはクリスマスムードが漂い始める。落葉を終えた街路樹には電飾が施され、きらきらと輝く夢の世界をあちこちに創りあげていた。
馬鹿みたい。
電飾を見上げて無邪気に笑い、行き過ぎる人たち。そして、そんな様子を羨ましげに眺めているのが、私だ。
馬鹿みたい。クリスマスなんか、無くなってしまえば良いのに。
駅前広場のツリーは、まだ姿を見せていない。毎年、どんな飾り付けが施されるのか楽しみにしていたりするのだけれど。
同時に、思い出してしまうのだ。母親が亡くなって、三年。私は、この冬で四十五歳になる。
そんな歳には見えないと、人には言われる。自分でも歳を取っている感覚がなくて、忘れてしまう程。でも、冬が来ると思い出して、思い知らされるのだ。
独りぼっちで歳を取って行く、自分を。
「愛子さん?」
呼ばれて、無意識に振り返る。そうして、思わず二度見してしまった。
見知った顔が、そこに立っていた。
「やっぱり。愛子さん、俺だよ」
柳瀬涼太さん。
一年振りに再会した男性は、変わらない優しい笑みを私に投げかけてくれた。
出会いは、婚活イベント。
私はバツ二の友人の付き添いで、彼も同じようなものだったと、後になって聞いた。マッチングしたのだって、同じ匂いを嗅ぎつけただけだったのだろう。
三十五歳の時に奥様を亡くされ、再婚もせず二人の娘さんの面倒を見て、先日やっと片づけたのだと誇らしげに語ってくれた涼太さんはとても魅力的で。私はすぐに惹かれた。
何度かお会いして、お家にもお邪魔した。
そこで、思い知らされたのだ。私とは住む世界が違う人だった事を。
「名前で呼ばないでくれます?」
勝手に連絡を絶ち、着信拒否までした相手に、よくそんな笑顔を向けられるものだと心のどこかで侮っている。
一年前、私は彼に最後のメールを送ってからアドレスを変えた。
「俺はずっと、君を探していたんだ。だって、あんな訳の解らないメールだけで」
「そのまんまでしょ。1+1=2ではない」
彼は、首を傾げている。
どうして解らないのだろう。どうして、この言葉を私に言わせるのだろう。
「あなたと居たら、私は寂しいの」
五十二歳の柳瀬涼太は、妻に先立たれ、二人の娘も嫁に出し、第二の人生を歩んでも良いかと思ったのだろう。
一方ひとり娘の私は、大学卒業を控えた年に父親が早逝。以来、母親と二人三脚の人生が始まる。
仕事も家庭も、それなりに充実していた。お正月休みには必ず旅行に行ったし、母親の大切な記念日は欠かさずお祝いをした。
そして、その母が古稀を前に倒れたのが、私が四十二歳の時。彼女が残した言葉が、私を打ちのめしたのだ。
「ごめんね」
そんな風に、思われていたのだと。
良いなと思った男性だって、何人も居た。プロポーズに近い言葉を言われた事もある。でも、自分の人生を変える決断が、どうしても出来なかった。
それに至らなかったのは、母親のせいではない。そんな事は、自分が一番解っていた筈なのに。
母親は「ごめん」と言い残して、死んだのだ。
心に空いた穴を、埋めたかった。だから、涼太さんとのお付き合いを始めたのに。彼が家族と過ごして来た家にはたくさんの思い出が染みついていて、私を拒絶した。
独りと独りが一緒になったら、二人になれるなんて、嘘だ。
「俺の事、嫌いになった?」
「私は、あなたとは違うもの」
もしたら、母親にだって、私以外の人と生きる権利があったのかも知れない。
「4-3=1だけど、4-3+1=2じゃないのよ」
あなたは二人で居るつもりでしょう。でも、私は寂しい。ひとりで居るより、もっと。
「じゃあ」と背を向けると、声が追いかけて来る。
「せめて、着信拒否を解除してくれないか?」
「考えておくわ」
今度こそ、終った筈だった。
『答えが解った。20時に、この間の場所で待っている』
留守電に気づいたのは、12月24日の午後。
勝手な言い分に苛立ちつつ、あの後ちゃっかり着信拒否を解除していた、自分。未練がましくて、笑ってしまう。
駅前広場には、銀色の巨大なツリーが燦然ときらめいていた。周りには、たくさんの人たち。恋人たち。
その中に、彼は居た。
「解ったんだ。1+1の答え」
嬉しそうに、駆け寄って来る。
「+1。だろ?」
「+1?」
「愛子さんに、僕の側に居て欲しい。一人でも二人でも寂しいのなら、一緒に居たい」
勝手な理屈だ。
「そういうの、独りよがりって言うのよ」
「でも、口にしないと伝わらないだろ?」
目の前に、赤い香りが突き付けられた
「僕と、結婚して下さい」
くらりと来たのは、薔薇の香りのせいだろうか。
まさか、有り得ない。こんなの、夢にきまっている。
「お願いします」
圧倒される。銀色に輝く巨大なツリー。目の前の、赤い薔薇の花束。
「はい」
かすれた声で告げると、拍手がわき起こった。周りに居た知らない子たちが、笑顔で私たちを見ている。
彼らの冷やかしに赤面しつつ、花束を受け取る。
そんな、イブの夜。
お読みいただき、ありがとうございました。
あらすじにも書きましたが、この作品は敬愛するなろう作家様である、日下部良介さまの企画、『クリプロ2016』参加作品です。
ジャスト2000文字という制限に、ちょっと泣きそうになったのは秘密です。
一番大事なシーンが駆け足になってしまった自覚はありますが、そこに行くまでの主人公の心が書きたかったので、こうなりました。
ツリーと花束だけではなくて、せめて音楽も入れたかった。(かなりがんばったけど、入らなかった)
まだまだ、書き手としては未熟である事を再認識させられました。
でも、このような機会を与えて頂いた日下部様と、読んで頂けた方がたに、改めて感謝いたします。