最強の吸血鬼は夢を見るそうですよ?
わーにんぐ!わーにんぐ!
この話は人が死にます。心臓の弱いかた。グロい話は無理ぃという人はあまりオススメ致しません。
大丈夫というかたは、どうぞ。
今回はあとがきにちょっとした小話はありません。飛ばした人に悪いですから。
それではどうぞ。
アルスは気づけば檻の中にいた。直ぐに彼は夢であることに気付く。意識をなくす前、アルスは「白銀の鳥」という宿屋に居たはずなのだ。流石に不自然だろう。
(これは···誰の記憶であろうか···?)
アルスは首をひねる。なぜそう思ったのか?それを語るには吸血鬼と人間の違いについて話さなければならない。
人間が夢を見る原因となるのは「重たい物が体に乗っている」や「冷たい物が引っ付いている」といった外的要因、また「不安な気持ち」や「ストレスでイライラしている」といった心理状態である。いわば夢とは『空想』の様なものだ。白昼夢や正夢という例外も存在するが、基本はこう考えて良いだろう。
しかし、吸血鬼が夢を見る時は決まって一つ。『他者の記憶の追体験をする時』である。
いきなりそんなことを言っても理解されないだろう。何故他者の記憶を持っているのか?その夢は人間と同じ『空想』の様なものでは無いのか?そんな疑問が出てくるのも最もだ。
(吸血衝動に駆られて、あの獣の血を飲みすぎてしまったか···となると、この夢はあの獣の夢、か)
アルスは自分の意志とは関係なく動く身体に翻弄されつつ、いつもより低い目線と四足歩行の自分の姿に納得する。
吸血鬼の『吸血』は魔力を回復させたり喉を潤す為だけに存在するわけではない。致死量を超える血を飲んだ時にその生物の全てを、そう、文字通り全てを得ることができるのだ。能力、知識、そして···記憶でさえも。
血を飲む程に強くなる、それが『吸血鬼』という種族なのだ。
だが、その吸血行為にも当然デメリットがある。その生物の記憶を得ると言う事はつまり、『最後は必ず死んで終わる記憶を夢の中で追体験する』と言うことなのだ。意識が無い睡眠状態の時にその生物が一生で得た膨大な情報を脳が一晩で処理する為に、夢として記憶を見せているのだ。
他にももう一つ、多大なデメリットがあるが···今は置いておこう。
したがって、今アルスが見ている夢は、森の中で倒したキラータイガーの記憶であると言うことだ。
「ぐぅ···何だこれは?人間に対する憎悪と苛立ちの感情が暴れまわっておる!これが、あの獣が持っておった感情···」
これは夢、夢なのだ···と自分に言い聞かせるアルス。夢と現実の区別がつかなくなった時、自分がただの厄災となることを自覚している彼は、決して夢に囚われてはいけないと気を強く持つ。
閑話休題
「ふぅ、良し···大丈夫だな。しっかし、夢を見始めてから何も変わらぬな。石レンガに囲われた部屋の中心に檻が置かれていて、我がその中にいる。飼われているのだろうな。だが、こやつにはそれを幸せであるとは思わなかったらしい」
アルスが気を持ち直した後、夢の内容について考える。物心が付いたときから既に檻の中に居たキラータイガー。ほとんどの記憶が檻の中のものだった。
産まれてすぐに母親と引き離され、首輪を付けられた状態で何処かの国の地下に幽閉されたキラータイガー。危険度S+の魔獣とはいえ、産まれてすぐの魔獣はそこまで強くない。魔素のみで形成される魔物とは違い、魔素を取り込んだ獣である魔獣は普通の動物のように赤ん坊の姿で産まれるのだ。
よって大した抵抗も出来ずに母親が獲物を探している間に攫われたのだ。
人間に対する憎悪と苛立ち。キラータイガーとしてのプライドが幽閉されているこの状況を許せないと怒り狂うが、首輪のせいで上手く力を出せないイライラが彼の中に溜まっていった。
それを解消するのは、『食事』の時間である。
「おいクソ虎!飯だ!」
ゆっくりと目を開ける。石造りの部屋に一人の兵士と数十人の小汚い格好をした人間が現れる。
「よぉしよし、今日の『飯』だぞぉ。ゆっくり味わいな」
兵士がそう言って数十人の人間を石造りの部屋に入れて扉を外から鍵をかける。その瞬間、首輪の効力が薄れて力が湧いてくる。
「いやああああああああ!!」
「やめろ···やめてくれぇ!」
「おかあさん、おかあさぁん!!」
うるさい···黙れ囀るな!餌は黙って食われろ!彼は本能そのままに近くにいた人間に噛み付く。力が出ている今、檻など何の障害にもならない。
「あああああああああ!!かひゅ···」
首を掻っ切られて落ちる頭。胴体から吹き出る血が身体にかかるが気にしない。まだだ···まだ我は満足していないぞ···!
(っ!思考を乗っ取られるな!我は誰だ?吸血鬼の皇帝、アルス•バーンシュタインだ!吸血鬼の王にして雑草を常日頃食べる草食系男子!いや、別に食べたいから食べてるわけではないが!)
思考がまた乗っ取られそうになりアルスは自分という存在を見直す。人間を恨んだ日もあったが既に割り切った、そう思い頭を振る。なぜか縦に。
「やめてやめてやめっ···」
「開けろ!開けてくれお願いします!う、うわあああああ!」
「来るな!来るなああああ!」
そうしている間にもキラータイガーの『食事』は続く。ある人は腹を掻っ捌かれ臓物を撒き散らしながら息絶え、ある人は爪で胴体に大きい穴を穿たれて即死。
小さな男の子の両手両足を切断し、見せつけるように目の前で切断した手足を貪る。男の子の絶望した顔がキラータイガーを満足させる。
時間にして30分も経たない内に数十人いた人間は全て彼の腹の中に収まっていた。完食したのと同時にまた首輪の効力が強くなり、力が抜ける。そしてまた折の中へと戻るのが彼の一日だった。
そしてその光景が730回繰り返された時···キラータイガーは森にいた。突然のことである。いきなり檻の下が光ったと思うと次の瞬間には森に居る。力が抜けるあの首輪も今は無く、全開で力を振るえる状態にいた。
(転移系の魔法陣か···我らが連れてこられた時に見た魔法陣と似ている箇所が多数ある。ただ、対象が1つしか転移できないのと世界を越えることは出来ないのが違う点だな)
アルスが冷静に魔法陣の分析をしているとキラータイガーは動き出す。臭いだ。2年の間毎日のように嗅ぎ続けた人間の臭い···憎き人間がこの森を越えた先にいる。それも多数。数十人というチンケな数ではない。ずっと自分を虚仮にしていた人間が数百人以上いる···!今に見ていろ、全員食ってやると意気込んだ瞬間、数人の人間が視界に入る。まずその第一歩としてあいつらを喰らってやろうと先頭を歩いていた男に飛び掛かった。
「なっ!キラータイガー!?こんなとこに出てくんのか!これは不味い、直ぐギルドに報告、を···かひゅ?」
「うわああああああ!!」
「リ、リーダー!」
全員食らってやる···!と思ったが、2年ぶりの戦闘で1人逃してしまった。だが人間の臭いが多数漂っている所に行ったらしい。丁度いい、そいつの臭いは覚えた。それを辿っていけば人間がたくさん居る所にたどり着く!
彼はそう考えて逃げた人の臭いを辿り着実にロザーナの街に近づいていった。
そして街までもうすぐ、と言ったところでいきなり近くで人間の臭いが発生した。
転移してから1日。いつもなら餌の時間だが今日は餌は自分で取らなければならない。空腹を抑え、その人間の臭いの場所に行く。そこには黒髪の平々凡々とした顔の人間がいた。
油断はしない。昨日の戦闘で1人逃してしまった反省をふまえ、最初から全力でいく!
木々を利用し、獲物に認識させることなく一気に仕留める!人間は首を刈り取ればすぐに死ぬ。そう思い、背中から首に向かって爪を振るう···が、あろうことかその人間は爪を避けたではないか!
彼は驚愕しながらも次の攻撃を繰り出すが、腹を狙った噛み付きは跳んで躱され機動力を奪う為に足を狙えばいなされる。
今まで経験したことのない「強者との闘い」。キラータイガーは目の前にいる人間が自分より強者であることを頑なに認めなかった。今まで餌としてしか認識しなかった人間が自分より強いはずがない!その考えと焦りが彼の命運を分けた。
人間の背中から襲いかかる。キラータイガーの必殺の一撃、相手は認識出来ずに死ぬ。そのはずだった···
『攻撃がワンパターン過ぎであるぞ、猫風情が(キリッ)』
彼が最期に見たのは平々凡々とした男のキメ顔であった···