最強の吸血鬼が町に行くそうですよ?
アルスは森に転移してわずか数分後、ある生き物に襲われていた。
「グギャアアアアアアアアアアア!」
「ぬおああああ!」
その生き物の名は『魔獣』。体に魔素と言う物質を取り込み、凶暴化した獣である。
「グルアアアア!」
「危なあああああ!」
今アルスを襲っている魔獣の名は『キラータイガー』。体長2.7mの巨体で有りながら、虎だったときの身体能力が魔素により強化されて三次元立体機動を可能にした危険度S+の化け物である。アルスの周りを木々を利用して飛び回り、死角から必殺の一撃をお見舞いしてくる。
(このままでは不味いな・・・くそ、速すぎて直前で回避するのが精一杯だ!何かないのか?何か・・・)
アルスはズボンのポケットの中をまさぐる。そして手に当たった物を勢い良く取り出した!
「ハンカチ~(ダミ声)!駄目だ使えない!財布~(ダミ声)!くそ、全財産32円の我の財布に何を期待しろと!?」
・・・意外と余裕そうである。
「セイラにお小遣い止められてたのだっ、たあああああ!?」
そんなどうでもいい事を思い出しつつ、アルスはキラータイガーの攻撃を避けながら十円玉を取り出す。
「くらうがいい!セイラに隠れつつ『ラノベ』なるものを読んでヒロインの技を格好いいと思って真似したら家の壁に穴をあけて雑草生活一ヶ月を言い渡された我の全財産の約三分の一の必殺技!」
「超電磁砲!」
・・・まんまである。
兎も角、とある科学のようにアルスは十円玉を人差し指にセットして親指で弾く用意をする。同時にキラータイガーがアルスの後ろから飛び掛かったが・・・
「攻撃がワンパターン過ぎであるぞ、猫風情が(キリッ)」
アルスはキメ顔を(誰も見てないにも関わらず)しながら親指で十円玉を弾く。次の瞬間、キラータイガーの頭は跡形もなく吹き飛んだ!
力なく崩れ落ちた首のないキラータイガーを見ながらアルスは呟く。
「さよならだ・・・我の十円・・・」
キラータイガーの頭を消し飛ばすのと同時に蒸発した十円玉を名残惜しそうにしていた。
「ううう・・・我の十えええええええん!」
・・・割と本気で。
閑話休題
異世界だから地球の硬貨って使えないじゃんという基本的な事に気がついたアルスはようやく立ち直った。
(しかし、結構久しぶりに魔力を使ったな・・・)
先程の「超電磁砲」、あれはアルスが体に雷属性の魔力を纏わせて十円玉を弾く技である。威力はキラータイガーの末路を見れば分かる通り強力。しかし、デメリットもある。それは・・・
「ぬう・・・これでは金属に暫く触れられぬな。あのバチッ!と来る感覚はそうそう慣れん」
アルスは静電気が溜まった服を見て溜め息をこぼす。凄くどうでもいいデメリットだった。
「しっかし、やはり魔力を使うと喉が渇くな・・・そこの獣の血でも飲むか」
アルスは頭の無いキラータイガーの胴体に牙を突き立て血を吸う。
吸血鬼は魔力を使う時に自分の体内から少なからず水分を失い、その水分を補う為に血を飲む必要がある。血には魔力が含まれており、喉を潤すだけではなく使った魔力の回復もしてくれる優れものなのだ。
キラータイガーの血を全て飲み干し、力と喉の潤いと保存食を手にいれたアルスはキラータイガーの死体を自分の影に取り込む。流石は吸血鬼、自分の影に物を取り込む事など造作もない。
「さて、あの神である少年によると西に行けば人間の町にたどり着くのであったな」
アルスは周りを見渡す。前、木々に覆われている。右、木々に覆われている。後ろ、木々に覆われている。左、勿論木々に覆われている。上、木から生い茂る葉っぱで太陽が見えない。
ゆえに・・・
「西ってどっちだ?」
アルスが迷うのも無理は無かった。
そうだ、空を翔ぼうとまるで京阪のCMばりに軽く方針を決めてアルスは翼を出そうとする。
「むう・・・なかなか出ないな。ふん、ふん、ふうううううん!」
アルスが力むと遂に翼が背中から出てきた。
・・・身に纏った制服の背中部分を破いて。
「ああああああああ!忘れておった!」
ブレザー、Yシャツ合わせて24000円がパーになった瞬間である。
はあ・・・またセイラに怒られると溜め息をつきながらアルスは空へと飛び立つ。
「痛、痛っ!あ、ちょ、枝が顔に当たって痛いわ!」
・・・なかなかの阿呆である。
心身(主に心)共にボロボロになったアルスは空から森を見渡す。すると、すぐ近くに森が切れている所を見つけた。その方角に進路を合わせ翔んでいると、遂に町を見つけた。
「いかんな。翼を隠しておかねば・・・よし」
アルスは降りて翼をしまい町まで歩いていく。町の入り口に鎧を来た男が立っているが気にせず入ろうとするとその男に呼び止められた。
「止まれ!何者だ!」
「ああ、すまない。我はアルス・バーンシュタイン、色々な所を旅する旅人だ。ここに冒険者ギルドがあると聞いてここへやってきたのだ。」
さらっと嘘をつくアルス。外道である。
「何か身分を示すものはあるか?」
「・・・ない、な。身分の証明としてこの町で冒険者になりに来たのだ。」
「・・・身なりを見る限りでは山賊ではないようだな。武器も持ってないな。害は無さそうだ、通って良いぞ。ようこそロザーナへ」
「何でお前、背中だけ破れてるんだ?」
「な、ななな何でであろうな~?」