引っかかったら本人に聞こう
ブラウニーは眉間に石が命中したのにヘラヘラ笑っている。
「だーかーらーっ!何がそんなに楽しーんだよーっ、お前は!」
アイス系の呪文を唱えるペスカトーレの指先からは迸る氷はまさに握り拳そのもの。
ペスカトーレの怒りを体現したままブラウニーのにやついた頬を完璧にとらえた。
「ああ…。ペスカトーレ…」
別館の窓から植え込みに真っ逆さま。
「あぶねえ」
パエリアが叫ぶと同時にティラミスが飛び出すが、植え込みに阻まれた。
枝が激しく折れる音。植え込みの悲鳴のようだ。
しかし、それが幸いして、ブラウニーは助かった。
植え込みから顔と手足だけが覗き、間抜けな亀のような状態。宙ぶらりんのまま呆けた様子で気を失っている。
「けっ!」
ペスカトーレは吐いて捨てるように言葉を発したが、助けるために植え込みに手をかけている。
これ以上だらしないところを見せると本当に愛想つかされるぞ、ブラウニー。
「何を騒いでいる!」
近くにいた兵士たちが集まってくる。
「いけねえ」
ペスカトーレは植え込みから離れ、逃げようと踵を返す。
俺はペスカトーレの腕を掴んだ。
「何すんだ、おっさん。私を差し出す気か?」
ペスカトーレは身をよじって俺を振りほどこうとする。
「まあ、待て。引き渡しはせんから…。大人しくしておれ」
兵士たちがみる間に集まってくる様子にペスカトーレは青ざめていく。
今度牢屋に放り込まれたら見も蓋もないからな。
「あっ、ブラウニー様があぁー」
兵士の一人が植え込みに挟まっているブラウニーを見つけた。
「貴様らがやったのか?」
俺の近くにいた兵士が槍を喉元に突きつける。
「いや、犯人なら向こうの道を走り抜け、別館の裏手の壁を越えていったぞ」
「何?あの壁をか」
遠くに見える高い壁を兵士はチラリと振り返る。
ペスカトーレは気が気でないと言わんばかりに俯き、震えている。
ーー壁の向こう側で何かが蠢き、走っていく音がした。
「むっ?」
兵士が気をとられる。が、まだ、疑っているのでその場を動かない。
「ーーこれは魔王様とその御家来衆。部下がとんだご無礼を…。おい、向こうだ、あっちを探索だ」
さっき王妃に案内された時にいた別の兵士が俺を疑っている兵士を促した。
「これは失礼を!急ぎゆえ御免」
兵士は一礼して先に走っていった仲間を追う。
全員去ったのを確認するとパシェリが反対側から飛来して、俺たちの側に降り立つ。
囮成功。パシェリは朝飯前とばかりに一声鳴いた。
「はい、お利口さん」
ティラミスがパシェリの喉元を撫でてやると、パシェリは嬉しそうに目を細める。
「上手くやりやしたね」
パエリアが兵士が去った隙に素早くブラウニーを引きずり降ろす。
未だ呆けたままブラウニーは気を失っている。
「ふんぬ」
俺は気付けにブラウニーの背中を小指でなぞる。
「はうっ!」
ブラウニーは痺れたように体をくねらせた後、背筋を伸ばして立ち上がる。
「気がついたか?」
「あんた誰?」
ブラウニーが声をかけた俺の顔を見て、訊ねる。
「魔王様だよ」
ペスカトーレがすかさず横から口をだす。
「ペスカトーレ…」
とたんにふやけた顔になるブラウニー。重症だ。
ティラミスとパエリアはもちろんキメラのパシェリまでも呆れている。
「ペスカトーレ…じゃねえよ!本気で私のこと考えてくれているのか?このままじゃーー」
「そうですよ。ブラウニーさん。このままではペスカトーレさんが可哀想」
ティラミスもいたたまれず口を挟む。
「ーーわかっているさ。でもどうしたらいいんだ。あの頑固親父を。力ずくって言ったって、見かけによらず僕より強い。」
「強いって…。お前男だろ!」
ペスカトーレの悲痛な叫び。結ばれても先が思いやられる。
「ーーそれに…。例え力ずくで解決したからといって何が残るっていうんだ。僕は嫌だね。僕は非力で弱い男だ。君の言う通りだらしがない。でも君を幸せにすることができるつもりだ。なぜなら、君を誰より愛しているから…。でも、それには僕と君の周りの人が笑顔で心から祝福してくれることが必要なんだ」
「言うことだけは一丁前に立派だな。でもどうすんだよ?」
「そ、それを今、考えているんじゃないか…」
ブラウニーは急に声がしぼむ。
「もういいよ!」
ペスカトーレが肩を震わし、背を向ける。
本気でヤバイ感じだ。
「はーはっはっ」
高らかな笑い。振り返るとモンブラン国王。
「見事に振られたなあ、息子よ。よかったではないか、人には人の…。モンスターにはモンスターの身の丈というものがある。結婚してからわかっても後の祭りというものだ。ペスカトーレとやら、そなたもわかったであろう?うちの息子はダメ息子。結婚したとしてもそなたが不幸」
「そんな言い方ってーー」
ティラミスが詰め寄るのを俺が押さえる。
「本当のことであろう?魔王様あなたも娘を御持ちならわかろう?娘の苦労する姿…。見たくはあるまい?」
「まあ…」
「ほれ見ろ。お嬢さん、親とはそういうものだ。ーーペスカトーレよ、これはほんの心ばかり…。少ないが…」
モンブランは顔を覆っているペスカトーレの手に何かを押し込んだ。布袋のようだ。
泣いているペスカトーレに代わってティラミスが中身を改める。
「お金と宝石」
ティラミスが絶句する。どうやら俺たちが寄付したものの一部のようだ。慰謝料代わりといったところか…。
ついにペスカトーレはその場に突っ伏して泣きわめく。
ティラミスは怒り心頭。モンブランに飛びかからんばかりだ。
ブラウニーはさすがにペスカトーレの元に駆け寄っていくが拒絶される。
「失礼」
モンブランは一礼して、踵を返した。
「パエリア…。ティラミスとペスカトーレを連れて部屋へ戻ってくれ。パシェリも…頼んだぞ」
俺はパシェリの顎を撫でた。
「へぇ。承知しやした。でも魔王様は?」
「モンブラン国王の所へ」
「ならば私も」
「ティラミス、お前の気持ちもわかるが、今は…」
俺はペスカトーレを指差した。
背中を丸め、地面に突っ伏して泣いているペスカトーレが忍びない。その側でオロオロ慌てふためくブラウニー。情けない。
「わかりました」
ティラミスは自分に言い聞かせるようにぐっと唇を噛み締める。
「ティラミスよ、お前の気持ちはよくわかる。それにペスカトーレ…。ただな、あのモンブランという男、何かひっかかるのだ」
「あっしもそう思いやした。もっとも、あっしは不器用なたちで女心のおの字もわかりやせんがね。あの王様はそれほどひでえお方には見えやせんです」
パエリアも俺に賛同する。
「でも…」
「ティラミス。もしモンブランが本当に蛇の類いが苦手なら、布袋を手渡しするか?死んでも嫌だと言っている相手だぞ」
「あっ…」
ティラミスは、はっとした。
「ーーそれに、ペスカトーレのためにならないと言っていた」
「そんなの方便に決まっている!」
ペスカトーレが間髪入れず返してくる。そうも言いたい気分だろう、わかるよ。
「だから方便かどうか確かめにいくのだ、ペスカトーレ。結論はそれからだ。それと…」
俺はブラウニーをちらと見た。散々騒いだ挙げ句に再び倒れている。
別にペスカトーレに殴られたわけではない。腹の虫がぐうっとなんとも情けない声をあげる。
パエリアがやれやれとブラウニーを肩にかけた。
「じゃあ、行ってくる。ティラミス、頼んだぞ。パエリア、帰ったら何かーー」
「はい」
「へい。有り合わせになりやすが、こしらえておきます」
「うむ」
俺はモンブランの元へ向かった。




