パエリアの過去
「大変でございます!」
俺たちが城へ戻るなり、ズッキーニが血相を変えて飛んで来た。
「どうした?ーーん、ズッキーニ。怪我をしておるではないか」
息を弾ませるズッキーニの額には乱暴に巻かれた包帯があった。おまけに杖をついている。
普通ならトリュフ率いる医療班が見事に治療するはずなのだが、ズッキーニの処置を見る限り、面影すらない。
「トリュフはどうした?なぜ、ズッキーニよ、お前は怪我をしておる」
「魔王様が学園に赴いた丁度その頃、薄汚れた気味の悪い男が現れまして…。パエリアはいるか、と訊ねられました。門番たちが不審に思い、行く手を阻みましたところ、男は魔法で門番たちを伸してしまいました。私とトリュフが駆けつけましたがーー」
「返り討ちか…。ズッキーニ、大丈夫なのか?他の者は?トリュフは?門番たちは?ーーそれにパエリアは?肝心のあいつはどうした?」
俺は矢継ぎ早にズッキーニに質問を浴びせた。
「まずは私ですが、何とか無事でした。ただトリュフの方は私をかばってかなりの痛手を…。医療班つきっきりで治療にあたっております」
「まあ…」
ショコラが心配そうに俺を見上げる。
「トリュフの元へ案内せえ」
俺は居ても立ってもいられなくなった。ショコラもティラミスもトリュフの元へ駆け出そうとする。
「お待ちください!今大勢で押し寄せたら医療班の邪魔に…。門番を始め、まだ大勢の怪我モンがおりますので」
ズッキーニが止める。
「私も治療にいきたいの。お願い、ズッキーニ」
ティラミスがズッキーニの手を握り、目を見つめる。
「ティラミスはトリュフが育てた医療班の一員でもある…。ショコラも多少の回復の心得を持っている。二人だけでもトリュフの元へ」
俺はズッキーニを諭した。
幼いティラミスが一生懸命薬やら毒薬やらを作っていた姿が思い出される。
当時は怖いガキだなと思っていたが…。今となっては微笑ましい思い出だ。
「わかりました…。二階の医療センターの3号室です」
「ありがとう。ーーパパ上様行って参ります。ショコラさん」
「うん」
二人は互いに見合うとそのまま廊下の向こうへと消えていった。
「ズッキーニよ」
「はっ!」
「して侵入者は?」
「かなりの手練れで…。女子供たちを安全な場所へ避難させ、私とトリュフ、それに主なモンたちで対処したのですが、歯がたたず。トリュフは倒れた私を庇ったゆえに…。そこへ夕食の買い出しから戻ったパエリアが…」
面目ないとばかりに泣き出すズッキーニの背中をさすり、宥める。
ズッキーニは俺にすがる。だから、俺は男の抱擁はいいって…。離れろよズッキーニ。
俺は「わかった」 と言いながら剥がしにかかる。
「パエリアはその男の顔を見るなり、観念でもしたかのようにコック帽を床にそっと置き、『ケリをつけてきやす。魔王様とお嬢によろしくとお伝え下せえ』そう言い残すと男と共に城を後にしました」
「そうか…。--どこに行くとか何か残して行かなかったか?」
ここで俺はうまくズッキーニを引き剥がした。
「トリュフなら何か知っているかもしれません。あいつは仲が良かったので…。しかし今は…」
「うーむ」
ひどい怪我なら起こすわけにもいかない。かといって回復を待っていたのではパエリアの方がやばいかもしれない。
とそこへーー。
「魔王さまあん。トリュフちゃんが気がついたわよう」
ショコラが左右にふらつきながら廊下を飛んできた。だいぶへばっている。俺の前まで来ると安心したように俺の懐になだれ込んできた。
こういうのだよ。こういうの待ってたの魔王は!俺は心の中で叫んでいた。
「大丈夫か、ショコラ?だいぶMPを消耗したのだろう。回復薬でも飲むか?」
「20本くらい飲んだから、今はいいわ。それより魔王様の懐がショコラう・れ・し・い」
俺もです。
「とりあえず、トリュフのところへ。ショコラ、お前も運んでやるからしばし、ベッドで休むがよい」
俺はショコラを抱え、トリュフのもとへ急いだ。
怪我をした兵士たちの間を医療班のモンスターたちが行ったり来たりとせわしなく動いていた。
「ハイヒール!」
ティラミスの声だ。俺がチートなばっかりに範囲回復魔法までは仕込めなかった。学院で学んだヒールの上位魔法までしかどうやら使えないらしい。
そういえば桜ドラゴンを救った時も一気に回復は無理だったな。俺はいいけど、ティラミスは仲間と出歩くことが多かろう。回復薬も即効全快とまではいかない。効き目がでるまでには一定時間必要だ。どこぞの立派なヒーラーにでも仕込んでもらった方がいいかな。
俺はティラミスの姿を見てそう思った。
「だいぶ良くなりました。あとは自然回復でも十分全快いたします。ありがとうございました。ティラミス様」
ベッドの上で半身を起こしたトリュフがティラミスに礼を述べる。
「どういたしまして…。まだ、怪我モンが大勢。助けなくては…。--あ、あれ?」
「ティラミス様危ない!」
トリュフがベッドから跳ね起き、ティラミスを支えるがまだ足取りおぼつかないそのまま倒れてしまう。ティラミスをかばって下敷きになってしまった。
「トリュフ!」
ティラミスがトリュフを助け起こそうとする。俺は近くの空きベッドにショコラを寝かせ、二人を救出する。
「あ、パパ上様」
「少し休め。MPの消費しすぎだ。いくら回復薬ガバ飲みといえど大人とて限界がある。トリュフよ、お前もまだベッドだ」
俺はティラミスをそのまま地面に座らせ、トリュフを抱えて、ベッドに寝かせた。
「面目ございません」
「話はできるか?少し、パエリアのことを訊ねたい」
トリュフは仰向けのまま首をこちらに向け、こくんとうなづいた。
「パエリアを連れ去ったものの心当たりなのだが…」
「「魔王様。パエリアは昔、この城に来る前に盗賊の一味をしておりました。その頭が先代の魔王に倒されたのを機にその腕を買われ専属のコックになったと聞いております」
「ふむ」
「その盗賊の頭への恩義はあるものの先代の魔王様は強く、恐怖による支配をしていたので逆らえず、いつも口数少なく一人厨房にいる日々を過ごしておりました。それを見かねた私が声を掛けたのが始まりでした。私も父母をモン質にとられ、似たような境遇で薬師長としてこの城に招かれたので次第に仲が良くなり、打ち解けました。--しかし、魔王の恐怖により、魔王への悪口は一切言えず身の内についても多くは語れませんでした。そんな折、今の魔王様が現れ、心配もなくなった時。ーー10年位前になりますか…。ぽつりぽつりとパエリアが身の上話を始めたのでございます」
いつの間にかショコラもズッキーニもティラミスのそばに腰かけ、トリュフの話に耳を傾けていた。
「盗賊の頭には5歳なる子供がおりました。盗賊団が解体され、その子の行く末をずっと案じていたようでした。それともう一人。パエリアと肩を並べた頭の右腕というべき男のこと…。名をボルシチといいます。左目に刀傷のあるウイザードの男であります」
「ボルシチ…。続けよ、トリュフ」
「はい、ボルシチは冷酷な男で切れ者だったらしく、パエリアも用心していたようです」
「ではその男が?目的は一体…?」
「新しいお頭が見つかったとかで…。ボルシチは前のお頭の息子を引き込もうとしていたようで、断れば切り殺す。そう言われて…」
俺は起き上がろうとするトリュフを制した。
「俺が行ってこよう。お前はまだ休んでおれ。ズッキーニも怪我したまま…。城を守る者がいなければまた襲われようものなら大変だからな」
「パパ上様私も参ります」
「私だって行っちゃうんだから」
ティラミスに続いてショコラも申し出る。
ショコラ、お前は回復のし過ぎで精神力が不安定であろう。ズッキーニたちとここに居よ。ーーティラミス…。お前もだ。それにお前は母の件で旅たつのだからパエリアの件は俺に任せて…」
「そうは参りません」
ティラミスは立ち上がる。




