魔王に晴れてなる!仕方ないけど・・・
「待て!!」
地獄の底から響くような声が城の最上部からする。
俺が見上げるとそこには赤く光る目と黒い人の形をした闇が佇んでいた。
周りの反応からどうやら魔王らしい。
「お前が勇者か?--あまり、強そうには見えぬが」
「そうだ。お前が魔王だな?見かけで判断してると痛い目見るぜ。降りてきて俺と勝負しろ!」
「くくく。我は魔王。お前ごときのためになぜそこまで砕かねばならぬ。貴様のほうこそここまで来てみろ、弱虫が」
「嫌なこった。おまえこそビビってんだろ。さっさと降りてこい瞬殺してやる」
「くくく。威勢だけは一人前だな。--いいか、投降した手下ども貴様らに帰り道などない。代わりなどいくらでもいるのだ。その勇者と共に仲良く消え去るがよい!」
その言葉と共に雷鳴が鳴り響き、大きな稲妻が俺たちめがけて飛んできた。俺はすかさず飛んでいき、剣で弾き飛ばす。
「何!?」
「10数える。それまでに降りてこなければ爆破だ」
「ちょっま!!」
「1,10」
別に10『まで』律儀に数えるとは一言も言っていない。俺はためらうことなく城を爆破した。
大きな爆発音と共に魔王の根城は崩れていく。石の壁が砂埃を舞い上げて俺たちに降り注ぐ。
間一髪で逃げ出した魔王が俺のはるか頭上で怒りを露わにする。
「貴様……わが根城をよくも……。--これでもくらえ!!」
火の玉、氷の刃、大きな岩。それらが一斉に俺に襲い掛かってくる。
「何度やっても無駄なんだよ!」
俺はその攻撃をかわすとがれきの山を利用し、魔王の元まで飛び上がる。渾身の一振りが魔王を一刀両断にする。
あまりのスピードと切れ味に断末魔の叫びすらない。魔王は揺らめきながら地上に落ち、やがて炎が消え入るように静かに消えた。
そう、俺は魔王を倒したのだ。
「さて、帰るか。お前たちももう自由だ。人間に悪さするんじゃあないぞ。じゃあ、達者でな」
俺は剣を鞘に納め踵を返した。
「お待ちくださいまし」
俺の服の裾を誰かが引っ張る。
「なんだよ。まだ何か用かよ」
一刻も早く帰ってサラとラブラブしたいって言うのに……。俺は面倒くさそうに振り返った。
「あなた様のお力を見込んで頼みがあります」
貴族のような恰好をした二本足で歩くトカゲが俺に土下座をした。リザードマンというモンスターの一種だ。前足が進化し、手のように扱えるし、言葉も話す。
「頼み?」
「はい。我々の新しい魔王様になっていただけないかと……」
「はあ?なんで俺が?お前らの中で決めればいいだろ。俺は勇者だぜ」
「ですから、お願いしているのです」
「どういうこと?」
俺は首をひねった。確かに両者強いという点では相通じるものはあるが悪と正義。いわば対立項だ。どう考えても勇者を魔王に仕立てるということには納得いかない。
「あなた様。ええとお名前は?」
「俺?俺はニートだけど何か?」
「ニート様。あなた様だからこそ魔王にふさわしいのです。勇者として魔王の根城に乗り込んでくる輩は金品の強奪をはじめ、狩りという名の殺戮、無抵抗なモンスターにまで手を懸けます。そこに慈悲などございません。時には笑いながら平気で殺していくのです。正義という大義名分さえあればこのような子供たちさえも平然と…」
リザードマンは自分の後ろに隠れていた子供たちの頭を撫でる。
子供たちはきょとんとしながら上目つかいでこちらを黙って見つめている。
モンスターにだって家族はいる。家族を守ろうとする気持ちは人間と同じだ。
「血を血で洗う因果応報。目には目を。歯には歯を。尽きることのない憎しみの連鎖に我々は虚しさを感じていたのです」
モンスターでもわかることを人間が気付けない。俺も耳が痛いし、心も痛い。
「ーーで、あなた様…。そう、ニート様が我々の前に現れたのです」
「は?」
「だってそうでしょう?誰がモンスターの言うことを聴きましょう。我々、モンスターはいつも悪なのです。人間社会にとっては害悪そのもの。誰が真摯に耳を傾けてくれましょうか」
「ふむ…」
「それに魔王がいなくなった今、勇者と名乗る輩がいかなる行動にでて、我々モンスターをどのように扱うか、また歯向かえばどうするか、賢明なあなた様ならもうお分かりのはず…」
「そりゃ、この時とばかりに根絶やしにしようと襲いかかってくるわな」
「そうでございます」
リザードマンは頭を縦に振ると腕組みをして、深いため息を一つ吐いた。
俺だってモンスターに同情はしている。しかし、俺にも俺の事情がある。サポートぐらいはしてやるつもりだが魔王にならなくてもいいだろう、俺は断ろうとした。
「急に言われてもあなた様にも事情がおありでしょう。二、三日お考えになってからまたお返事を…。申し遅れましたが、私めはリザードマンで、名前をズッキーニと申します。魔王のもとで大臣をしておりました。以後、お見知りおきを…。ーーこれこれ、何をしておるニート様をおくつろぎできる宿へ案内せぬか」
ズッキーニが振り返り、供の者に手を二回うちならすと、供の者たちが左右に整列し、道ができた。
その道に赤い絨毯が敷かれると桃色ボイスを引っ提げて悩殺ボディーの鬼の娘たちが俺に歩み寄ってくる。
虎虎のやけに男心をくすぐる衣装の鬼娘にたちまち囲まれた俺は熱い抱擁とキスの歓迎を受ける。
夢にまで見たハーレム状態に俺の伸びきった鼻の下は地面まで到達していた。
「な、なります…」
「え?」
思わず放った俺の言葉にズッキーニが反応する。
「俺が魔王になる!いや、俺しか適役いないっしょ。そこまで頼まれりゃ仕方ねえ、俺がなってやる!」
モンスターから歓声があがった。ハーレムに目が眩んだとはいえ乗り掛かった船だ。サラには申し訳ないが俺は魔王になることにした。
まあ、平和になったら誰かに魔王の座を譲りゃいいことだし…。俺は甘い気持ちでいた。