熊にかまれたと思って諦めろ
街の中を歩くと、空き店舗が多かった。
武器屋に道具屋、宿屋。看板だけがその名残を示す。中でも宿屋の看板はとりわけ多い。
まだ営業している店もあったがどこも閑散としている。
「あの倉庫の奥が例のクッキーちゃんのお家よ」
ショコラが指差す先には倉庫屋。その奥に一際目立つ三階建ての立派な宿屋が見えた。
「煉瓦作りとは洒落ているな」
「数年間に一念発起して改修したらしいんだけど…。裏目に出ちゃって」
「なるほどな」
俺は建物を眺めながら呟いた。
ちょうどその時だった。
「きゃー!」
倉庫から女性の悲鳴が聞こえた。
「何かしら?」
「覗いて見るか…。どのみちその先に目的地があるのだから、火の粉がふりかかってくるやも知れぬ。急ぎの旅でもないし、火消しをしてからでも遅くはあるまい」
俺は倉庫へ向かって歩き出した。ショコラも小走りで俺についてくる。
倉庫の入り口は開きっぱなしで通りからも中の様子は伺うことができた。
一報を聞きつけて街の野次馬たちが入り口の周りを取り囲む。
「悪いな、少しどいてくれ」
俺は人波を押し退け、中を見渡した。
一人の男が少女の首元に刃先の鋭いナイフを突きつけ、大声で叫んでいる。
「か、金をだせ!さもないとこの娘の命はないぞ。妙なまねしたらしょ、承知しないからな!」
男は酒に酔っているのか、顔が赤い。よく見ると小刻みに震えている。そして小さな物音一つにいちいちびくびくと反応して落ち着きがない。
酒に酔わないと犯行に及べない、小心者のようだ。
「あっ、クッキーちゃん!」
ショコラが小さな声をあげる。
「あの人質が例の子か?」
俺が指差すとショコラがコクリと頷く。
つばのある先端がとんがった紫色の帽子。その横にピンクのリボン。赤いホッペにポニーテール。そしてメイド服。
ホウキを両手にしかっと握りしめ、震えている。
「魔法使いの類いか?」
「あら、魔王様よくおわかりで」
「ふむ…」
俺はさっさと救出してしまおうと一歩踏み出した矢先であった。
「せっかく私の順番が来たというのになぜお金を引き出せないのですか?」
「お、お客様今…。それどころでは…」
「あら、何か不都合が?不都合がありましたら私が代わりに…」
聞き覚えがありすぎる声に俺もショコラも顔を見合わせる。
「ティラミス…」
「おい…。貴様」
男は血走った目で受け付け窓口の前にいるティラミスを睨み付ける。
「はい?」
ティラミスは怪訝な顔で振り返る。
「はい、じゃねえよ…。俺の許可なく何自由気ままに歩き回ってんだ?」
「なぜあなたの許可が必要なのでしょう?ここはみんなの大事な品々やお金を預ける倉庫。あなた一人の場所ではないはずです。それともあなたはこの倉庫の頭取なのですか?」
「いいや…。ちょっと融通してもらいたくて立ち寄ったのよ」
「じゃあ…順番にお並びになってください。今は私の番なのですから」
「お嬢ちゃん…。世間知らずも大概にしておいたほうが身のためだぜ。状況が呑み込めていないみたいだから周りを見渡してみな」
男は持っているナイフでぐるりと辺りを指し示す。倉庫屋も客も一様に両手を挙げて、目を固く瞑る。
「皆さん両手をあげてますね」
「それが利口な奴のすることだ。ーーさあ、口で言ってもわからないお嬢ちゃんには身をもってわかってもらわないとな…」
男はクッキーから離れて、ゆっくりとティラミスに近づく。時折大きなナイフをちらつかせ、ティラミスを威嚇する。
ティラミスは平然と男が近づいてくるのを待っている。
「もう一度だけ忠告してやる。一回だけだぞ。手をあ・げ・ろ!」
男は苛立って強い口調で怒鳴った。
それでもティラミスは怯まない。
「手を…あげればいいんですか?」
相変わらずとぼけた返事だ。
「そうだはやくしーー。げっ!ばっ!」
ティラミスの左フックが男の頬に命中する。
「早く…ですか…。なら遠慮なく」
更に高速パンチが男の顔面を容赦なくとらえていく。
「あ、いや…。ちょっま!その手をあげろじゃなくて」
「え?左じゃない?右?右でいいんですか」
今度はティラミスの右拳が炸裂。完全に男の両足が止まる。
前のめりに倒れてきそうなところをトドメの回し蹴りを腹に撃ち込んでゲームセット。
憐れ男は壁まで吹っ飛び、背中と頭を強くうって伸びてしまった。
倉庫番の兵士たちが男を取り囲み、連れていく。
ティラミスは腰に手をあて、やるせなさそうにため息をつく。野次馬からは口笛と歓声と拍手が送られる。
「ティラミス!」
「ティラミスちゃん!」
俺とショコラはティラミスに声をかけた。
「あ、パパ上様。ショコラちゃん」
ティラミスはにっこり微笑むと両手を胸の前で小さく振った。
見てくれはどうみても愛らしい年頃の娘だ。
相手が悪かったな…。強盗よ。熊に噛まれたと思って諦めてくれ。




