キメラと勇者の集った町 ピオーネ
「うーん…」
ショコラが困ったように頬杖をしながら庭に腰掛けている。
俺はいつものようにモンスターフラワーに水を与えていた。
一定の距離があったはずなのだが今や俺の真横数十センチほどまで近づいていた。
「ど、どうした、ショコラ。何か悩みごとでもあるのか?」
「あら、魔王様…。こんなところで奇遇ね。ーーそう…。私は今とっても悩める小悪魔ちゃんなの」
自分で言っちゃったか…。まあいい。しかし、どうみてもわざとらしいタイミングだ。
相談があればストレートにこい。いくらでも受けてたつ。
「で、何の悩みだ。恋煩いか?」
「やんやーん。魔王様以外にショコラが誰に恋するって言うの?そんなわけないじゃない。ーーお友達のな・や・み。もう勘違いして妬いたりしちゃいやいや」
ショコラがちょっぴり顔を赤らめながらいやいやのポーズをとる。尻尾もそれに合わせて左右に揺れる。
「友達とな?」
「ええ…。ここから西南にいった街、ピオーネに住む宿屋の娘さんのことなんだけど…」
「あの街は確か勇者専門に商業が盛んで宿屋も多い街だったな。そこの娘さんがどうした?」
「名前をクッキーちゃんって言うんだけど…。敵対するモンスターがいなくなっちゃったでしょ?勇者の数がめっきり減っちゃって…。それに最近の親御さんは遠くに旅に出さなくなったものだから旅行者や商人の泊まり客も見込めなくて…」
「ふむ。客足がさっぱりで成り立たないというわけか」
平和な世の中にしたと思ったら思わぬとばっちりが各方面にいってしまったようだ。
そういえば立ち居かなくなった商売は武器屋、防具屋など多岐に渡る。
伝説の武器やなんちゃってレプリカを揃えてマニア向けに展開する店。闘技場や城の兵隊御用達などそれなりの隙間ニーズを拾った店は存続しているようだが大部分は転職を余儀なくされたようだ。
まあ、代わりに電話や魔道学院など多数の新たな産業を産み出したのだが、中には乗り切れない輩も大勢いるときく。
そんな輩の中には盗賊になったり、悪の道に手を染めるものも少なくない。
平和とは一体何なのか…。俺も時々わからなくなる。
とはいえ、今はとりあえず目の前の問題を片付けねば。
「クッキーの仕事を探してやればよいのだな…。よし、まずはクッキー本人から話をきこう」
俺とショコラはクッキーの住むピオーネという街へ向かった。
一時間ほど南に歩き、西の草原を抜け、橋を渡ると大きな湖のほとりに街が見える。
魔王の根城を狙う勇者たちなら一度は立ち寄る街、ピオーネがそれだ。
魔王の城からほど近いとはいえ10年前までは切り立った岩山が道を塞ぎ、モンスターたちから襲われる心配もなかった。
そのため、大きな街が形成され、宿屋や武器屋も大にぎわいであった。
が、俺の魔王就任以降、友好条約の締結と共に岩山は切り崩され、徐々に勇者たちも減り、街は寂れていった。
湖のほとりにはかつての観光名所、キメラの水のみ場がその名を残すばかりである。
見ると、キメラたちが数羽飛来し、羽を休めるため湖の上に降り立っていた。
俺がポケットから木の実を取り出して、湖に撒くと、キメラたちはすいっと水の上を滑るように近づいてきた。
どうやら人馴れしているようだ。
「魔王様、遊んでいないで。クッキーちゃんがお待ちよ」
「ああ…」
街の中を歩くと、空き店舗が多かった。
武器屋に道具屋、宿屋。看板だけがその名残を示す。中でも宿屋の看板はとりわけ多い。
まだ営業している店もあったがどこも閑散としている。
「あの倉庫の奥が例のクッキーちゃんのお家よ」
ショコラが指差す先には倉庫屋。その奥に一際目立つ三階建ての立派な宿屋が見えた。
「煉瓦作りとは洒落ているな」
「数年間に一念発起して改修したらしいんだけど…。裏目に出ちゃって」
「なるほどな」
俺は建物を眺めながら呟いた。
ちょうどその時だった。
「きゃー!」
倉庫から女性の悲鳴が聞こえた。
「何かしら?」
「覗いて見るか…。どのみちその先に目的地があるのだから、火の粉がふりかかってくるやも知れぬ。急ぎの旅でもないし、火消しをしてからでも遅くはあるまい」
俺は倉庫へ向かって歩き出した。ショコラも小走りで俺についてくる。
倉庫の入り口は開きっぱなしで通りからも中の様子は伺うことができた。
一報を聞きつけて街の野次馬たちが入り口の周りを取り囲む。
「悪いな、少しどいてくれ」
俺は人波を押し退け、中を見渡した。
一人の男が少女の首元に刃先の鋭いナイフを突きつけ、大声で叫んでいる。
俺は刷りよってきたキメラたちの顎を撫でてやり、「ごめんな」 と言うとショコラの後に続いた。




