7年ってすごいもんだね
「ファイヤーボール!」
俺の指先から迸る炎の玉はティラミス目掛けて飛んでいく。
室内なのであまりデカイものは飛ばせない。ソフトボールぐらいのほんの挨拶程度のものだ。
ただ威力だけは凝縮している。まともに食らえば城もティラミスもただでは済まない。
「あら。御自分の約束事なのに…。お忘れかしら?執務室がメチャメチャになりますことよ。火遊び厳禁!ーーブリザードウォール!」
ティラミスは右の手のひらを前につきだすと、下から上と振り上げた。
轟音と共に下から上へ吹雪が巻き起こり、ファイヤーボールは跡形もなくかき消された。
ブリザードウォールは文字通り、吹雪の壁。その威力はすさまじい。防御壁の役割を担い、物理、魔法攻撃などあらゆる攻撃をブロックする。
しかし、単純に防御の手段と思ってはならない。敵が射程圏内にいる時に用いれば鋭いカミソリのような刃で相手に襲い掛かる。攻撃呪文にもなりうるのだ。
だからティラミスは天井まで届かぬように力をキチンとセーブしている。もし天井まで届いていたら大変な事になる。
たちまちこの城は縦にスパッと斬れてしまうことだろう。
更にティラミスのすごいところはこの壁を死角に使うところだ。
この吹雪が止む時には、どこからか、攻撃を仕掛けてくるはずだ。俺はファイヤーボールを撃ってから2秒でそんなことを考えていた。
「どこからくる気だ…」
俺は全神経を集中し、一歩引いて身構える。
徐々に視界が開けると、案の定、ティラミスの姿は真正面にはもういない。
「上か?」
俺は黒い影が飛ぶのを確認し、天井に目をやった。
ーー違う。ティラミスが側にあった俺の服を投げただけだ。
ひらひら舞う俺の服を見ていたのでは思うつぼ。俺は風の動きでティラミスの気配を察し、剣でティラミスの攻撃を弾く。
「あと一歩…」
ティラミスは刃先を合わせた後に散った火花を恍惚の笑みで眺めながら、ばく転で俺の追撃をかわし、間合いをとる。
「ーー下だったか、くらいは言わせろ。本当に油断も隙もない奴だ」
俺もニヤリと笑う。
「ならば、これでは如何に!」
ティラミスは気合いを込め、右手に握った剣を左下から右上と払う。
斬撃が稲妻のように迸り、俺へ目掛けて飛んでくる。
「むん!」
俺も咄嗟に同じ動きで斬撃を返す。
斬撃と斬撃で相殺し、消し去るためだ。
しかし、口でいうのは簡単だが、かなり高度な技術を要する。
と言うのは、まず俺の斬撃がティラミスの投じた斬撃と同じ大きさでなくてはならないからだ。
違う大きさの斬撃ではどちらかの斬撃を飲み込んで小さかった斬撃のほうへ飛んで行ってしまう。
そうかといって、単純に同じ大きさならばいいかというと実はそうでもない。同じ軌道でぶつけあわなければベーゴマのように互いに弾きあい、明後日の方向へ飛んで行ってしまう。
予測不可能な動きのためにこのほうが被害が甚大だ。
ティラミスはまだこの技術があやふやだ。しかし、俺がどのようにこの斬撃を処理し、相殺できるかは熟知している。
そのために俺に向かってこの部屋の中で斬撃を飛ばしてきたのだ。
そんなことを0.2秒ほど考えている間に斬撃は刃先が交わるがごとく鋭い音と火花を散らして大きな光を放つと一瞬で消え去った。
まともに見ていると目がくらんで隙ができる。ティラミスの狙いはそこにある。
「お見事・・・。参りました」
「ふふふ」
徐々に目が慣れてくる。ズッキーニもそっと顔を盾の脇から覗かせる。心配そうだ。
予想通りティラミスは俺の背後に回り込み、喉元を狙おうとしていた。それをいち早く察知した俺は先に低く待ち構えて、ティラミスの喉元に剣をあてがった。
喉と剣の差、僅か0.3センチ。峰とはいえ当たればただでは済まない。ティラミスもあと少し、判断が誤れば踏み込みすぎてけがをしていたところだが、さすがは7年俺の下で揉まれただけのことはある。
「ふう、早く二人ともそのような危ないものはお納めください。ズッキーニは寿命が縮む思いにございます」
ズッキーニは額の汗を拭うと疲れ切ったように安どのため息をついた。
「大袈裟ね。少し、ふざけただけ。大丈夫よ」
ティラミスは俺から剣を預かると元あった場所に自分のものと合わせてしまいこんだ。
「いい運動になった。ここのところ、ろくに体を動かしてなかったからな。食堂に行くか・・・」
俺も伸びをした。
「--あ、パパ上様。それと・・・、一つお願いがございまして」
「何だ?」
「スライミー枕を買って頂きたいのですが・・・」
スライミー枕とはスライムと同じ素材を人工的に開発した枕のことだ。何とも言えぬ感触と心地よさで深く良質な眠りを提供してくれる。
「何だ、この間一つ買ってやったばかりではないか。まさか壊してしまったのか?」
「ううん。そうじゃないの。パシェリがね、私が使っていたら割り込んできて・・・。すっかり気に入ってしまったんでしょう。チーグラの上にあげてしまって返してくれないの。だから、ね?お願い」
ティラミスが済まなそうに手を合わせる。
「仕方ない。今度は取られるでないぞ」
「やったー!ありがとう、パパ上様」
ティラミスはぴょんと小躍りし、俺の腕にしがみついた。
ショコラが仕込んでくれたおかげで七年の間にこんなことも自然に俺にしてくれるようになった。
ありがとう…。感謝の言葉しか見当たらない。
食堂にいく道すがら、小さな子供たちが俺たちに挨拶をしていく。
「魔王様、ティラミスちゃんお先にー。ーーねえ、ティラミスちゃん、後で魔法教えて」
「ズルいぞ。僕が剣術教えてって先に頼んでいたのにぃー」
「違うおう、ティラミスちゃんは私たちと遊ぶんだおう」
ティラミスが一歩歩くと収拾がつかない。困ったように子供たちをあやしている。
もうすっかり頼られる側になってしまった。
ティラミスがこの城に来たときいた子供たちは、ティラミスより上か、かなり下の歳の子供たちばかりだった。
それも仲間とはいえ人間ではなくモンスターばかり。
遊びや悩みの種類も微妙に異なっていた。しかし、最近の子達はみな人間社会にすっかり馴染んでいる。
お互いのいい部分も取り入れ、新たな文化を形成している。




