すっかり乙女と朝の体操
「…上。ーーパ上。パパ上様!」
執務室の中。徹夜の仕事。俺は気づいたら寝ていたらしい。
目の前にはサラと瓜二つの乙女が大きな瞳を輝かせて俺を見つめている。ティラミスだ。あの盗賊たちとの一件から実に七年になる。ティラミスもすっかり乙女に成長した。
「ん…?」
「パパ上様、お早うございます」
「ん?もうそんな時間か…?」
俺は寝ぼけ眼でアクビと伸びを一つ。椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
今日も雲一つない快晴だ。
「また、執務室でお休みになられたのですね。ショコラさんに叱られますよ。この間も風邪を召されたではありませんか。いくらお仕事とはいえ、ご自分のお体なのですからあまりご無理は…」
ティラミスはブルーの修道服に凛と伸ばした背筋で真っ直ぐに俺に対していた。
「ああ、わかった、わかった…。風邪なら大丈夫だ。パエリアのウマイ料理とトリュフのクスリがよく効くのでな…」
「返事は一回!パパ上様、風邪と言っても風邪は万病のもとなんです。たとえ、チートなパパ上と言えど…」
「ああ…わかったよ。ーーしかし、ズッキーニによく似てきたな。ものの言い方といい、表情といいそっくりだ」
「まあ!」
ティラミスは呆れたように目を見開いた。
冗談だ」
「もう!」
ティラミスは頬を膨らまし、鼻っ先をぷいと背けた。年頃の娘らしい愛らしい仕草だ。俺は思わず笑顔になる。
「パパ上様は人が悪い。わたしをからかっていつも楽しんでいらっしゃる」
上目つかいに俺を睨むが俺には可愛くて仕方ない。
「まあ、俺は魔王だからな…。諦めろ」
「いいえ。年頃の乙女をからかってタダで済むはずがございません!それなりに罰は受けていただかないと私も収まりませんわ」
ティラミスはスタスタと俺の横に歩み寄ると、壁にかけてあった鎧のオブジェから二本の剣を抜いた。両手に一本ずつ持つと、バック転で入り口まで戻り、俺と向かい合う。
「罰ではなく、お前のワガママを聞け!ということであろう、ティラミス…。朝から勘弁しておくれ」
「いいえ…。なりません。大の男が乙女に恥をかかせる気で?」
ティラミスは低い体制で剣を構える。ヤル気満々だ。
「魔王様お食事の準備がーー」
そこへノックしてズッキーニが入ってきた。ズッキーニは雰囲気を察し、入り口の側にあった大きな盾の中に自分の身を滑り込ませた。
「あ、朝っぱらから年頃の娘といい大人が一体何を始める気でございますかー!」
首すじをしゃんと伸ばして言うことだけきちんと言ったズッキーニは身を縮こませて、完全に盾の中に隠れた。
盾は小刻みに音を奏でながら震えている。ティラミスはその様子を嬉しそうに横目で見ている。
「ーーさっきズッキーニの噂をしていました。くしゃみをしていたんじゃないか、心配していたところです」
ティラミスはくすりと笑うと長くストレートのプラチナホワイトの髪を揺らした。
もう昔のようにおさげではない。
「ならば、ズッキーニの身そのものも案じてください、ティラミス様。このような狭い場所で!」
「あら、これだけあれば結構な運動はできるものよ。今、見せてあげるからそこでちゃんと見てらっしゃい」
ティラミスは目を瞑り、呼吸を整える。俺も一本だけ剣を右手に携えた。
ついこの間まで素手で対応していたが、もはや無理だ。片手一本墓場に添えられるほどこの俺でも追い込まれるほどになっている。
「ではーー。はっ!」
飛び出したティラミスは低い弾道で俺に斬りかかってくる。しかも、ただ飛びこんでくるだけでなく、回転しながらだ。
鋭さが増すばかりか俺からの反撃を許さない体制。攻撃とは最大の防御なりとはまさにこの事だ。
「ふんぬ!」
俺はティラミスの攻撃を片手とはいえ、本気で受け止める。
激しい金属音と火花が散る。ズッキーニの小さな悲鳴が聞こえる。
その二つに満足するかのようにティラミスの口角が僅かにあがる。
「はっ!」
ティラミスはこれ以上押し込むのは無理と悟ると地面に一旦降り立つ。
俺はティラミスの頭目掛け、剣を降り下ろした。
ティラミスは髪をなびかせ、サッと避けると床を一蹴り、天井へ飛び上がる。
反転して、天井を蹴ると、俺に斬りかかる。
もう天井に頭をぶつけて、「ぴぎゃん」と落ちてきたかつてのティラミスはそこにはいない。
俺も嬉しさのあまり、全力で受け止める。
ティラミスは縦横無尽。壁や天井を使ってあらゆる角度から俺を狙ってくる。
ティラミスの動きで舞い上がった俺の机の書類。俺は防戦しながら、半分回収する。
「失礼」
ティラミスも攻撃しながら半分回収し、俺の回収した半分と合わせて、机の上にきちんと揃える。
「ーーそろそろ、こっちからいくぞ」
「待ってました」
ティラミスは挨拶がわりの俺の一撃を軽く片手でいなすと回転しながら入り口まで戻る。
「ズッキーニ…。もうじき大きな花火が見えますよ。綺麗だから隠れていないで見学したら?」
「滅相もございません!そんな危ないことーー。き、きたあぁー!」
ズッキーニが一瞬顔を出して、再び引っ込める。




