魔王、ティラミスを勇者と認定す
刀と刀がぶつかりあうような激しい音がする。岩山に跳ね返り、共鳴しているのだろうか。
四方八方から体中に痺れるように俺にまで届いてくる。
ティラミスは鋭い眼光でヘラクレスの攻撃を掻い潜り手数を出していく。
ヘラクレスは緩慢だが一撃一撃が重く、強い。下ろした足の衝撃で地鳴りが鳴り響く。
少しずつ、薄皮を剥がすかのようにヘラクレスのHPを削っていく。
ちょうど半分。もう何時間経っただろうか。夜が白みはじめた。
ティラミスの顔にも疲労の色が滲む。
「ヒール!」
突如、盗賊の一人が回復の呪文を叫んだ。回復の対象はティラミスではない。ヘラクレスの方だ。
「な、なんてこと…」
ティラミスは呆然と立ち尽くす。ズッキーニたちも「汚いぞ」と騒ぎ立てるが、鬼ばばあが立ちはだかる。
「済まないねえ…。あんまり頑張っているもんだから助けてあげようと思ったら回復する相手を間違っちまったようだよ。ーーまあ、そんなこともあろうよ。許しておくれよ、ねえ…。お嬢ちゃん」
鬼ばばあがニタリと笑う。
「お、おのれ…」
ティラミスが鬼ばばあを睨む。その隙をついて、ヘラクレスの前足がティラミスの頬をとらえる。
「きゃ」
ティラミスは咄嗟に身を守るも間に合わず、毬のように遠くの岩肌へと転がっていく。
岩肌に体を強く打ち付けたティラミスは呻き声をあげながらその場に倒れこんだ。
衝撃の残る体を震わせながら必死に立ち上がろうとするが体が言うことをきかない。
ゆっくりと獲物に近づくヘラクレスは時折勝ちどきをあげるかのように白みはじめた空に向かい、その立派な角を高々と掲げる。
「う、うう…。情けないのでつ…。ーーあんなによくしてもらったでないでつか…。優しく、温かく助けてもらったじゃないでつか…。なのに…。なのになんで私は誰も助けることができないのでつか?何も守れない勇者なんて勇者でも何でもないのでつ…。私は弱くて、情けないただの人間なのでつ」
「ははは。とんだ笑い種だね」
鬼ばばあが高らかに笑うと他の盗賊たちも腹を抱えて笑いころげる。
「年端もいかない子供を一人。寄ってたかって苛めるのはそんなに楽しいか?」
「ま、魔王…さ…ま?」
ティラミスは四つん這いの状態で顔だけをあげる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「お前は誰だい?」
俺はその問いを無視して、ティラミスの側に近づく。
「魔王…。お前も笑いにきたのでつか?笑いたければ好きなだけーー」
「笑うかよ、たった一人でずっと頑張っていた奴を。よく頑張った。真の勇者…、ティラミスよ」
俺はティラミスの頭をそっと撫で、頬を伝う涙を人差し指で拭った。
「え?」
ティラミスは訳がわからないという風に目を泳がす。
「強い弱いは相手がいて決まること。そう思っていないか。本当はみんな知っているんだ。この世の中で一番弱いものが自分自身だって。だから他人を自分より弱いものに置き換えて叩く。世の中で泣いたら負け、なんてルールはねえ…。悲しかったら泣けばいい…。その悲しみがわからない奴が負けなんだ。ーーなあ、鬼ばばあっつたか?」
俺は鬼ばばあを振り返った。盗賊たちは腰のものに手をかけ、戦闘準備を整える。もはやこちらの出方次第では一色触発の状態。緊張感が漂う。
「ーーだから、お前は誰だいって訊いているんだよ。人の質問に答えな!さもないとコイツらの命はないよ」
鬼ばばあはズッキーニの喉元に刀を突きつける。他の盗賊たちも近くの捕虜を掴み、同じように刀を突きつける。
「そういきり立つなって…。俺はーー。ニート…。ニート・アイランド。魔王だ」
「ニート…?まさか」
俺はティラミスの頭をもう一度撫でると、口に人差し指を立てて、その場に留まるよう指示した。
「魔王?だって。ちょうどよかった。渡りに舟、鴨がネギ背負ってやってくるとはこの事だよ。いいかい、コイツらはーー」
「ああ、説明ご無用!ずっと訊いていたからな」
「じゃあ、話が早いね。いくら払うんだい?」
「あのカブトムシ叩きゃいいんじゃねえ?」
「やれるもんならやってみなよ」
「そうだそうだ」と盗賊たちもわめき散らす。うるさくて敵わない。
本当に群れると強気だよな。この手の輩は…。
「命までは取りはしねえからよ、勘弁しろよ」
俺はティラミスの刀を借り受けるとヘラクレスに向かって歩いていった。
さっきティラミスがヘラクレスを叩いていた時、ヘラクレスの皮膚がこぼれ落ちていたのを俺は見逃さなかったのだ。
あのダイアモンドの量でも半端ない。
「いくぞ」
俺は息を大きく吸い込んだ。ヘラクレスは俺に関心も示さず、余裕のアクビをかましている。
「ふん!」
飛び上がり、ヘラクレスの頭に撃ち込んだ俺の一撃は9999のクリティカルヒット。ヘラクレスは堪らず仰向けにひっくり返った。
大きなダイアモンドの破片があちこちに散らばる。一抱えはある大きさだ。何カラットか俺には皆目見当もつかない。
「んな、バカなー!」
盗賊たちも目が飛び出さんばかりに驚きの声をあげる。
「一体、お前は何者なんだい…」
「俺か?魔王だって言ったはずだが…。何か?」
俺は剣を露払いしながら当然のように答えた。
「ああ…。知っているよ。ーーこれで済んだなんて思ったら大間違い。金は別に払ってもらうよ」
鬼ばばあは鎌を構えた。鋭い刃先が月夜に光る。




