ショコラ日記を朗読す
俺は背表紙の頭の部分を奥に押し込み、浮き上がった本を引き出した。
本というか、実際は日記帳なのだが…。俺は気になっていたもの、サラの日記を手に取った。
「何をお探し?」
ショコラがゆっくりと着地し、俺の手元を覗き込む。
「サラのな…、日記帳だ」
俺はショコラの問いに答えながら日記の中身を読み始めた。
俺を魔王退治に送り出した後、一体サラの身に何があったのか…。
俺はその手がかりを知りたかったのだ。
日記を読むとサラのお転婆ぶりがよくわかった。さすがはティラミスの親。血は争えない。
無茶な魔物討伐や冒険譚の数々…。読んでいる俺の方がハラハラさせられる。
母親を早くに亡くし、父親の手で育てられたようだ。
サラの父親は何とか城の平和を保っていた。しかし、魔王軍が攻めこんでくるという情報をききつけ、心労がたたり、重い病にかかってしまったらしいのだ。
サラは焦り、魔王に対抗できる勢力を探しもとめた。そして俺と出会った街に最強の男がいるとの情報を聞きつけ、会いにいった。
「そこで俺と出会ったのか…。しかし、最強の男とは一体…?」
少なくとも俺は最強の男の存在が世に知らしめていた時、まだこの世界には存在していない。
ということは別の誰かが勇者として活躍していたことになる。
俺は日記に再び目を落とした。
「ねえ、魔王様ってば何が書いてあるの?ショコラ気になって仕方なーい」
「ん、んん…」
気のない返事に業を煮やしたのかショコラが俺の手から強引にサラの日記帳を奪った。
「あ、こ、こら」
「ーーん…。なになに。『私はそこで奪われた形見を取り返して下さった勇者様に出会ったのです。私はピーンときました。この方が噂の勇者様ではないかと』」
ショコラは部屋の中を歩きながら日記の朗読を始めた。時折俺の顔をチラ見する。
「続けてくれ」
俺は根負けして、代読をお願いした。ショコラは黙って頷き、咳払いする。
「ーー『私の勘はあたりました。お優しくて強くて素晴らしいお方。父上がご存命のうちにせめて私の花嫁姿をお見せしたい。しかし、これほどまで立派な勇者様に心に決めたお方がいないわけがございません。そこで私は賭けにでたのでございます。神様…。ああ、どうか私をお許しください。愚かで軽薄な女とお笑いください。しかし、父のためにもお家のためにも…。そして私のためにもこの恋は譲れないのです。ーーお酒に睡眠薬混ぜました。ごめんなさーい。そして愛しの勇者様本当にごめんなさい。愛しの勇者様。その名は…』」
ショコラはそこで読むのを止めた。そしてクルリと俺に背を向ける。
「どうした?ショコラ、続きを早よ」
「魔王様の意地悪!私、続きなんて読みたくもない…」
後ろ向きのショコラの尻尾はゆっくりと円を描いていた。
「何だ、よくないことでも書いてあるのか?」
俺が歩み寄ると、ショコラも一歩前に出る。まるで俺が何か悪いことでもしたみたいだ。
何が気に障ったのか俺には皆目見当もつかない。
「おい、ショコラ」
「ご自分で確かめあそばせ」
ショコラはふくれたように俺に日記をよこす。俺は乱暴によこされた日記に目を落とした。
さっきショコラが朗読した箇所を必死でなぞる。
「ーーここからが続きだな…。その名は…、その、名はえっ?えっ、な、なんだ…」
「ご自分の名前でしょう?身に覚えがなくって?」
ショコラが浮気した恋人でもみるかのように鬼の形相で俺を睨む。
「確かにニート様と書いてはあるが、俺は酒に酔ってだな…。寝かされて…」
もしや、それがサラの策略だったのか?
俺を酒に酔わせ、夜を共にし、それをネタに結婚を迫る。
俺はまんまとハニートラップに嵌まってしまったことになる。
しかし、それは俺にとって多大なショックだった。
まさか、初めての夜を覚えていないなんて…。
こう見えて、俺は意外にロマンチックだ。初めての夜はああして、こうしてこうなって…など色々なシミュレーションを行っていたのだ。
それがよりによって意識のないうちに済まされてしまったとは…。
これがショックでなかったら一体何なのか。
でも良かったこともある。そう、俺は童貞ではない。もう卑屈になる必要もないのだ。
「魔王様ってば、もう…。ショコラいじけちゃうから…。ーーでも、ティラミスちゃんが可愛いからゆるしちゃうけど…。これからは尚更、ティラミスちゃんに魔王退治を止めさせなくちゃいけないわね、もし本当の親子なら」
「ふむ…」
実感が沸かないが、もし仮にティラミスがわが子なら俺には責任をもって育てる義務がある。それにもうひとりの勇者の存在も気になる。
「ふむ、じゃなくてしっかりなさってパパ魔王様」
ショコラがばしっと俺の背中を叩く。
「わかっておる。ーーしかし」
子供ってそんなに簡単に出来るものなのか?俺はまだ半信半疑だった。
「魔王様!」
そこへ、トリュフがやって来た。ズッキーニと一緒に出ていったはずのパシェリまで一緒にいる。
「どうしたのだ?パシェリ。ズッキーニはどうした?ティラミスはみつかったのか?」
泥だらけのパシェリはティラミスという言葉に身ぶり手振り。ズッキーニという言葉に別の身ぶり手振りで何かを伝えようとする。
「わからんな」
俺が首を傾げていると、トリュフが腕組みをして頷いている。
「トリュフ、お前パシェリの言うことがわかるのか?」
「ええ、言葉はわかりませんが、大変だということがわかりました」
「いや、そのぐらいだったら俺でもわかるし…」
「いや、そうではございません。ーー恐らく、ティラミス様とズッキーニ様は別々の危難に逢われたのかと…」
「別々の?」
トリュフがそう説明すると言葉理解してかしないのかパシェリが激しく首を縦に振る。
「グエッグエッ」
パシェリが落ち着かない様子で部屋の中をグルグル走り回る。
羽の肩口から紙切れがハラハラと舞い落ちる。
「あら、何かしら?」
ショコラがその紙を取り上げ、読んだ。
「まあ、ズッキーニさんはティラミスちゃんを見つけたらしいんだけど、盗賊に見つかってしまい、囮になって捕まってしまったらしいわ」
「そうか、ズッキーニをすぐに助けにいかねばな、ーー時に…、ティラミスは」
「無事みたい。足を怪我して世界樹の木の穴でじっとしているって…」
「よしパシェリよ、案内せい!」
俺は日記帳をもとの場所にしまうよう言付け、ショコラに手渡した。




