ぶたないっていったけどもさ・・・
「ティラミス様。探させておりましたパシェリの首輪が…。ーーなんだ、お前たちも居ったのか?あ、いや魔王様まで…。さては、魔王様パシェリの件でこちらへ」
ズッキーニはここでしまったという表情をして慌てて口を閉じた。
みるみる間にティラミスの顔色が変わり、他の者もあわてふためく。
「どういうことでつか?ーーズッキーニ!魔王に私との内緒話を話してしまっていたのでつか!!」
「いえ、あの…その、つまりは…」
首を振るズッキーニを尻目にティラミスはショコラたちを睨みながらぐるっと見渡した。
「むむむ。みんな、グルだったのでつね!だから、モンスターなんて信用できないのでつ」
「あのね…。ティラミスちゃんこれには深くてこゆい大人の事情ってやつが…」
ショコラがティラミスをなだめようと肩に手をかける。
「離つのでつ!」
ティラミスはショコラの手を振り払った。
「わ、私は母様と爺様を失って、この城にくる前から、そしてこの城に来てからもずっとひとりぼっちだったのでつ!どんなに優しくされてもここは敵のラスボスの根城。私の心の中はいつだって寂しい風が吹き荒れていたのでつ。そんな時、母様のもとを発ってここへ親書を届けにきたキメラの存在を知りました。そのキメラが産んだのがパシェリでつ。パシェリも親のいない子でつ。私と同じ境遇の仲間なのでつ。唯一の仲間なのでつ!!」
「それで、飼うのか?」
「そうでつ!!悪いでつか。飼えないなら、こんな城でていくのでつ!二人で身を寄せあって暮らしていくのでつ」
ティラミスはぎゅっとパシェリを抱き締めた。パシェリの方もティラミスに固く身を寄せる。
甲高い音が鳴り響いた。
咄嗟に俺が取った行動。突然の出来事に時が止まったように静まり返った。
「何をなさるの、魔王様」
ショコラがティラミスに駆け寄り、抱き締める。
ティラミスは一瞬、呆然としたが、赤くなった頬を擦りはじめた。
「ぶちましたね…」
そう、俺は反射的にティラミスの頬を叩いていたのだ。
「やっぱりウソつきじゃないでつか。パシェリのことでぶたないってあれほど約束したのに!私が約束を破ったときはヒドイ仕打ちをするくせに自分は平気で約束を破るじゃないでつか!」
今日のティラミスは涙を溢さない。溜めてはいるが一滴たりとも流してなるものかと強い意志が見える。
自分は正しい。その一点があるからだろう。
「パシェリの件ではない!」
俺の剣幕に名前を呼ばれたからかパシェリが背筋を更に伸ばし、喉を鳴らす。
「お前に仲間がいないだと?ふざけるな!ズッキーニたちがお前のためにどれだけ心を砕いたと思っているのだ!」
俺は部屋の中を指差した。
「激務の合間に文句一つ言わず、お前のために一つ一つ真心込めて作ったこの部屋の品物の数々…。並々ならぬ愛情があればこそ!そんなズッキーニたちがお前の仲間ではないだと?ふざけるのもいい加減にしろ!お前が俺に楯突こうが、鬼悪魔人でなしと喚こうが一向に構わん。俺は魔王だからな…。しかし、俺の配下に悪態をつくことは一切許さん!」
「ううっ」
ティラミスの目からとうとう涙が一粒こぼれ落ちた。
「今の痛みはズッキーニたちの心の痛みと思え」
ティラミスはショコラの抱擁から力なく抜け出ると布袋に手当たり次第詰め始めた。
「何をしている?」
「出ていきまつ。パシェリと一緒に…」
「パシェリを危険な目に遭わせるのか?そこまで育てておいて幼いお前と二人で危険な旅暮らしではいつ外敵に襲われるかわかったものではない、せっかくの仲間を他のアニマルに食われてもよいのか?」
「じゃあどうすればいいのでつか?」
そこは…、お前。責任もって育てろよ、飼っちまったんだから…。ただし、パシェリが野生に帰りたいと言うときは無理に引き留めちゃならんぞ、よいな」
「えっ?ってことは…」
「ここでパシェリと暮らしていいって」
ショコラがティラミスの涙を拭い、頭を撫でた。
「本当!やったー」
ティラミスはうさぎのようにピョンピョン跳ね回る。
「そうと決まったら、やるべきことがあるな…。まずは、この部屋の改修。防音仕様にしないとな。トリュフ、頼むぞ」
「承知しました」
トリュフは軽くお辞儀した。
「その間、ショコラの部屋で寝泊まりだ、よいな」
「あい!」
ティラミスは元気よく返事をした。
「一つよろしいですか。混乱していて忘れておりましたが、もうお互いに隠し事がバレてしまったからいいですよね。魔王様に頼まれていましたコレですが…」
ズッキーニは背中のリュックを下ろすと、中を漁り、本を数冊取り出した。
「何でつか?」
ティラミスは眉をひそめて、ズッキーニから手渡された本を眺めた。
「キメラの飼育に関する本でございます。魔王様に仰せつかっておりました。不肖ズッキーニからのプレゼントというご命令でしたが、もうパシェリの件はネタバレになりましたので…」
「ま、魔王が私に?」
「はい」
ティラミスはズッキーニと俺の顔を見比べた。
俺はばつが悪いので体を背け、そのまま部屋をでていった。
軽めの靴音が廊下にでた俺の後ろから聞こえてくる。
「あ、ありがとう…」
小さなティラミスの声が俺の耳に届いた。俺は振り返らず、黙って片手をあげ、階段を下っていった。
これでめでたしのはずだったのだが、俺は次の日から困ったことに巻き込まれるはめになってしまった。
パシェリに追い回されるはめになったのだ。
別に俺がティラミスを殴ったからという理由ではない。
そんな理由なら昨日のうちに俺はパシェリに嫌というほどつつき回されていたであろう。
ではなぜか?
パシェリはメスのキメラだった。春先、恋の季節。
産まれた時からティラミスに育てられたパシェリは自分自身のことをキメラではなく人間と思い込んでしまったようなのだ。
パシェリにとってティラミスは親というより姉のような存在。
強く面倒見のよいティラミスでも敵わない更に強くて逞しい異性が現れた。
それがトリュフに言わせると俺だったらしい。
強い遺伝子を残す野生の本能。パシェリの恋心が一気に開花してしまった。
俺は恋の季節の二週間あまりパシェリに城中をそれこそ四六時中追っかけ回されるはめになったのだ。
トリュフがパシェリにキメラの自覚を芽生えさせるまでの三年ほど俺は毎年、パシェリと二週間追っかけすることになった。
城の者はもちろん、ティラミスもキラキラの笑顔で春の風物詩を眺めていた。




