俺が魔王になるまでを語る2
「ダメですよ。まだ寝ていないと…。あんなに血を流してしまったのですから」
俺の声を聞いた女性が傍まで飛んでくる。
下心があったはずなのになぜか俺は布団をかぶり、ベッドに倒れた。
「すいません」
「いいですよ。無理は禁物です。ーーそういえばまだお名前を伺っていませんでしたね…。私はサラ。先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
気品のよさを感じさせる振る舞いで軽くポーズをとりながらサラは会釈する。
「えっ…と、俺は…。そ、そう俺の名はニート…。ニート・アイランド」
俺は咄嗟に捻り出した。捻り出した割りには何の捻りもない。
「ニート・アイランド…。いい名前ですね」
サラはニッコリ微笑んだ。これが現実世界ならどうなっていたことか…。
俺は胸を撫で下ろした。
「ところでニート様はこの街へ何の用で?」
「別に用事はないんだけど。サラさんは?」
リアル世界でニートに「様」なんてつけられたものなら殴りかかっていくところだが異世界でしかも美人に言われるとなぜか悪い気がしない。不思議だ。
「私はこの街に強い勇者がいるというので従者と共に探しに参ったのです。しかし、途中でモンスターたちに襲われ、仲間は次々に…。やっとの思いで街の入り口に辿り着いたと思えば強力なソーサラーに宝物と金を奪われてしまい…」
サラはそこまで言うと涙ぐみ、左手で右手首を握りしめた。
真っ直ぐに伸びたか細い腕を力強く握る姿が痛々しい。俺のサラに対する下心は完全に消えてしまった。
「勇者様に魔王を倒して頂くための大切なお金でしたのに…。せめて、金はダメでも家宝の指環さえ取り戻せれば…」
俺はここで思いだした。
「ソーサラーって髭を生やしたジジイか?ひょっとして…」
俺は布袋をベッドの上にぶちまけた。
中の品物と金を残らず広げると小さな山が出来上がった。
よくもまあこれだけこんな小さな布袋に押し込まれていたものだと半分呆れながらも感心した。
金を平たく均しながら注意深く見ていくと宝石類もまばらに混じっていた。
一つ一つ慎重に布袋に戻しながら指環を探していく。
「あった!これか?」
俺は曇りすらない銀環に燃え盛る炎のような一粒の石が特徴的な指環をサラの前に差し出した。
「これです!この指環です。もう諦めていたのに…」
サラは俺の手のひらから指環をそっと受け取ると胸の前で祈るように抱き締めた。
よほど大事な物だったのだろう。サラはじっと身じろぎもせず、黙って目を閉じていた。静かに涙が頬を伝っていく。
「よかったな…」
「あなた様のお陰です。ニート様本当にありがとうございます。ーー時に、あのソーサラーをお倒しになるとはあなた様はもしや伝説の勇者様であられるのでは…?」
「いや、俺はただの通りすがりの旅人。遊び人のニートさ」
さらりと言ってのけた。リアル世界では最悪のセリフだが、今はなぜか格好よく聴こえる。
「お願いがございます」
サラは俺の手をとる。潤んだ瞳がまた可愛い。
「な、なんだ…」
俺は顔面が赤くなるのがわかった。
「どうか、私たちに成り代わって魔王を倒し、平和な世界を取り戻してくださいませ」
温かくて柔らかいサラの手に力がぐっと籠る。
「お、おう!」
勢いって怖いものだ。つい返事してしまった。
もし仮に俺がリアル世界で多少なりに金を持っていてキャバクラなる場所へ行っていたなら客という名のカモになっていたことだろう。
これ以上ここに居たらさっきの二の舞。鼻血を吹いて倒れてしまいかねない。
「じゃあ、今日は遅いからこの辺で、詳しいことはまた明日にでも…」
俺は部屋から立ち去ろうとした。
「あっ、どちらへ…」
「どちらって?廊下へでようかと…」
俺はドアに手を掛けた。
「なぜ?」
その手にサラの左手が添えられる。
「なぜって、それは…休むために」
俺がオスでサラが女性だからに他ならない。
「ここがあなた様のお部屋ですことよ」
「ま、まあ…そうだが…」
それもわかっている。
「なのにあえて廊下とは?」
サラの右手が俺の上着の 裾を引く。それも名残惜しそうに下方へ力強くだ。