みんなで連帯責任
みんなが食事を始めると俺の配膳が始まる。俺の配膳は一番最後なのだ。
子供たちから先に食べさせてやりたいという理由もあるが、魔王特有の理由も存在していた。
俺の前によたよたと覚束ない足取りで皿を両手と頭に乗せた小さなコックコートが近づいてくる。
「ま、魔王様お、お待たせ致しました」
ティラミスが大皿の下から顔を出して挨拶した。
「ほう、厨房の手伝いか?どういう風の吹き回しだ」
「改心したんでつよーだ。ささ、冷めない内にスープを召し上がりくださいませ」
ティラミスは恭しく頭を下げる。下げながらもこちらの方を見ている。
俺に悟られないように薄目で頭の角度にも気を使っている。
俺は気づかない振りをしてスプーンに手を伸ばした。
「ーーの前に…。ズッキーニ、例のがまだであるようだが…」
俺はスプーンをズッキーニに差し出した。
「ああ…。私としたことが…。料理の完成がギリギリだったようで…。ーーでは、不肖ズッキーニ、本日のスープのお毒味させていただきます」
ズッキーニは俺からスプーンを頂戴するとスープに静かにおろした。
波一つ立たない、見事な手際で掬いとるスープは綺麗な黄金色だった。
ズッキーニが口に運ぼうとすると、驚いたように口を開けるティラミス。
予想だにしてなかったのであろう。みるみる間にティラミスの顔は青ざめていく。
言葉こそ発しないが、動揺が見てとれるほど目が見開いている。
ズッキーニの口までスープがもう少し。その時だった。
「らめー!!」
「?」
食堂に響く大声は全ての会話を掻き消した。ズッキーニの手も止まった。
スプーンから少し溢れたスープが床の絨毯に落ちた。
絨毯が火種でも落としたような音と煙をあげる。
「ど、毒だー!」
誰かが叫ぶ。
「ひっ」
ズッキーニは慌ててスプーンを離し、腰を抜かす。
周りの配下が殺気だって立ち上がる。
「早まるな!!イタズラだ、心配はない。他の者の皿には問題ないから安心しろ」
俺は皆を制した。しかし、食事を続ける者は誰一人いない。
「ごめんなさーい!!私がやったのでつぅ。うぇーん」
ティラミスはことのほか大事になってしまったので怖くなったのだろう。
皆は冷ややかにティラミスを見ている。
「子供のイタズラだと言っておろう。ーー毒など一滴も入ってはおらん。ほれ」
俺は立ち上がるとスープを一気に煽った。
30秒毎に1000近くのHPが削られ、それが3分ほど続く。俺がチートでなければ間違いなく殺られている。
しかし、みんなを安心させるためにはここでくたばるわけにはいかない。
俺は何事もなかったように平然とした顔を取り繕う。
次第に毒が治まっていく。冒されることなく俺の勝利が確定した。
この世界の毒が神経を麻痺させるとか、そんな類いのものじゃなくて本当に良かった。
にこやかにスープを消化していく。
「あたしもいただいちゃいまあすぅ。みんな食べないと私が全部頂いちゃいますわよ」
ショコラが気を利かす。
「うまい、うまい。さすがはパエリア。そなたの料理は世界一だ!」
腰を抜かしたままのズッキーニが料理を頬張る。
子供たちも待ちきれず続く。
やがて大人も安堵したように食事にかかる。
五分もするとみな元のように楽しくお喋りしながら会食は進んでいく。ズッキーニとショコラら側近の幹部のみは大人の事情って奴を察したらしい。
「申し訳ありやせん。あっしがついていながら…」
「もうよい。ただ、パエリアよ。お前の過失をそのまま許していたのでは示しがつかない。わかるな?幼子とはいえ、仮にもティラミスはわが敵。それを命を預かる厨房に入れたばかりか、こともあろうに俺の配膳係にするとは…」
「どんな罰でもあっしは受けやす。でもお嬢は…」
パエリアは土下座する。
「ほう…。死罪より重いぞ。それでも受けると申すか」
「へい」
覚悟の二文字を腹のそこから述べる。
「待って、私がいけないのでつ!パエリアは悪くないのでつ」
「お待ちください。魔王様もとはといえばこのトリュフが毒薬の作り方を…。罰はわたくしめに」
「トリュフ。俺がティラミスへの毒薬作りを命じたのだ。お前には非はない。下がっていろ」
「ーーもちろん、お前たちばかりに責任を負わせるわけにはまいるまいな…。俺が命令したわけだから…」
「な、なりません。魔王様!責めならこの毒味をうっかり忘れていたズッキーニに…」
ズッキーニが起き上がる。
「まず一番の罪人…。それはティラミスお前だ。毒を盛るのは勝手だが、お前の狙いは俺一人のはずだ。ここにいる配下や子供たちであってはならないはずだ。一歩まちがえばズッキーニが死んでいたばかりか、パエリアの料理をここにいるものが誰も信用できなくなるところであった」
ティラミスは目を瞑り、観念したように体を固くして震える。
「ーーしかし、ショコラをはじめ、皆の機転で事なきを得た。また、毒の効き目も蚊に刺されたほど。初犯ということもあり、今回は一日部屋に謹慎とする。また、『本日』に限り食事抜きとする。即刻自分の部屋に立ち去れ!!」
「ほえ?」
ティラミスは拍子抜けした顔で瞬きする。殺されると思ったらしい。
「ほらほら。魔王様の気が変わらないうちに部屋に戻っちゃいましょう、ティラミスちゃん」
ショコラがティラミスの背中にまわり、食堂の出口に誘おうとする。
ティラミスは俺に何か言いたげに振り返り、中々立ち去ろうとしない。
「何をしている、早くいけ!ーーショコラは暫し待て」
「ええ?私も何か?ーーティラミスちゃん、すぐいくから先行っててね」
ショコラはティラミスにウィンクしてその場に留まる。
ティラミスはコクンと頷き、小走りで駆けていく。
「トリュフ…」
「は、はい」
トリュフは襟を正す。
「相変わらずお前の薬はよく効く薬だな…。毒でもな、ははは」
「魔王様?」
トリュフは俺の意を汲みかねて、返事に困っているようだ。
「お前のいい後継ぎになろう。これからは解毒剤の作り方も教えておいてくれ。あやつはそそっかしいのでな。なあ、ズッキーニ」
俺がそう言うとズッキーニがポケットから毒薬を三本取り出した。
「これは?」
「魔王様に勝負を挑んだ際に大量の回復薬の中に混ざっておりました。誤ってティラミス様がお飲みになっていたら危ないところでございました」
「俺が抜いておいた。ティラミスは回復薬を叩き割られたと思って泣いていたがな」
俺はズッキーニの手から毒薬を取ると、トリュフに差し出した。
トリュフは黙って受け取ると固く握りしめていた。
「最後にパエリア…。ーーと、その前に…」
「へい魔王様。わかっておりやす。代えのスープと料理でございましょう?まだお嬢の分が残っているはずですのですぐにお持ちいたしやす」
パエリアは厨房に向かおうとした。
「それには及ばぬ。今日の過失の総本山は俺にある。晩飯抜き。それが俺の罰だ」
俺はニヤリと笑った。
「し、しかし魔王様…」
「一人まだ食べていない奴がいるだろう。そいつがいつ腹が空いたと泣き叫ぶかわかったものじゃない。パエリアお前の罰はその者のためにいつでも温かい食事がとれるように一晩中待機することだ」
「へい…。でも食べていないソイツとは一体?」
パエリアは食堂中を見回して、首を傾げる。
見当すらつかないらしい。ショコラはすぐに察し、ズッキーニとトリュフもなるほどというように目で合図する。
「ティラミスちゃんよ、パ・エ・リ・ア」
ショコラが小声で教える。
「え、でも…。お嬢は今日は飯抜きじゃあ…」
「『今日は』な…。12時が過ぎれば日が変わる。つまり『明日』だ。罰は解ける。ショコラ、厨房への連絡はそなたに任す。夜中の飯。子供なのでほどほどにな。朝食までのつなぎなのだから。じゃ、俺は疲れたんで寝るから…。後はよろしく」
俺は大きなアクビと伸びをして食堂を後にした。まだ、楽しげな談笑が食堂から聞こえてくるのを耳にしながら…。
「魔王様だーいすき」
ティラミスの部屋にいくのだろう。嬉しそうにショコラが走る。追い抜きがてらに投げキスを投げていった。
俺は微笑んでそのキスを受け取った。




