かくして一つ屋根の下に住まうアサシンに狙われる日々始まる
かくして俺と勇者ティラミスとの奇妙な同居生活が始まった。
幼子とはいえ同じ屋根の下に暗殺者を飼っておくわけだから平穏であるわけがない。
俺の日常はオモチャ箱をひっくり返したような騒々しい日々に様変わりした。
例えばある休日の日。その日は雨が降っていた。
俺は日常の激務を忘れ、魔道書を読み耽っていた。
どのように魔法が生み出され、進化していったのかという体系や魔法使いの心得、スキルの体得術、戦闘におけるメリット・デメリット、またその応用などが記された面白い書物だ。
俺は休みの日になると執務室に籠り、誰とも会わず、一人椅子に腰をかけ魔道書を読み漁っていた。
至極の時だ。
しかし、その日は違っていた。数ページも読まないうちに急に睡魔に襲われたのである。
普段の激務が祟ったのだろうか。俺は雨の心地よい音を暖炉の温かさについ椅子にもたれ掛かったまま居眠りを始めてしまった。
寝落ちとも意識があるともつかない微妙なラインでの駆け引き。実に気持ちがいい。
眠りという向こう側に意識が完全に傾きかけた時、俺の体に黒い影が重なった。
俺は寝惚け眼で見上げた。
机の上に両腕を高々と掲げ、両足を目一杯踏ん張って背筋を伸ばすおさげの少女。
なんだティラミスか…。
天使のような笑顔に俺も寝惚けながら口元を緩ます。
しかし、次の瞬間ティラミスの顔からは笑顔が消え、唇がはっきり「もらった」と動いた。
俺は嫌な予感がした。慌てて呆けた顔で天を仰いだ。
キラリと何かが光る。
ティラミスが掲げる両手の先には鬼ように強化されたバトルアックス(強化値+100)が俺を捉えようと今か今かと待ち構えていた。
「あぶねえ」
ハッキリと目が覚めた。俺が叫ぶのと同時に顔が映るほど猛烈に磨かれた斧の刃先が降り注いでくる。
俺はすんでのところで避けた。
バトルアックスは俺の椅子を野菜か何かのようにいとも簡単に音もなく真っ二つにしてしまった。
床まで到達した刃先は深く突き刺さり、ティラミスの力ではもはやビクともしない。
「くそぉー。あと一歩でしたのに…」
株でも引き抜くかのようにティラミスは全身を使ってバトルアックスを引き抜こうと躍起になっている。
俺は近づき、片手で斧を簡単に引き抜いた。
「ティラミス…。中々いい太刀筋じゃないか」
俺はにこやかにバトルアックスをティラミスに渡した。
「あざーつ」
ティラミスも喜んでバトルアックスを受け取る。重いのだろう。持っている両手は震え、足下は覚束ない。酔ったように千鳥足だ。
「こんなに凄い武器までどこで手に入れたんだ?」
俺はティラミスの頭を優しく撫でた。
「ズッキーニが一生懸命磨いてくれたでつ」
「そうか、そうか」
ズッキーニのやつ俺を殺す気か?
ーーにしても、尋常じゃない強化値だ。運も強くなければ強化はできない。
+20くらいなら時間と金があれば一日頑張れば何とか強化できるかもしれない。
しかし、100ともなればロト7に二回連続で一等を当てるぐらいの運がなければ強化は無理だ。
「もうちょっとでちたのに…。ーー次は頑張ります」
とろけるような笑顔のティラミスに俺も頷きながら思わず微笑む。
「うんうん…。次は頑張りなさい。ーーところで、ティラミス。魔王と最初にした約束は覚えておいでかな」
「なんでちたっけ?」
ティラミスはあっけらかんと空を仰ぐ。
「執務室には?」
「入らないこと!」
「備品は?」
「壊さないこと!」
俺の質問に元気よく手をあげて答えるティラミス。実に素直で清々しい。
「大変よくできました」
「へへーん」
得意気に鼻の下を人差し指でこするティラミス。まだ自分のしでかした過ちに気づいていないことが実に清々しい。
「さあ、ティラミス。現実を直視してごらん」
俺はティラミスの肩に優しく手を回し、回れ右をさせた。俺の無惨に砕かれた椅子が目の前に横たわる。
「うひゃあ、椅子が真っ二つ」
「やったのはだーれ?」
「てぃーらみーすぅー」
俺はティラミスをサイドラインからピッチに投げ入れるように豪快に窓の外へスローイングした。
「二度とやるんじゃねえ、くそガキ」
「ふにゃーん」
俺はズッキーニに連絡し、すぐにティラミスを回収するように命令した。
このぐらいでくたばるような奴ではない。アイツの身体能力ぐらい俺はちゃんと把握している。
一時間ほどしてずぶ濡れでティラミスは帰ってきた。ズッキーニの背中にちょこんと乗って。
ティラミスはしばらく俺とは口も聞かなかった。




