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俺は魔王で勇者は乙女  作者: 藤川そら
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俺が魔王になるまでを語る

       第一話 俺が魔王になるまでを語る

テンプレのような絵に描いた事故。俺は確実にこの世を去った。もし、やり直せるなら……。そんな甘っちょろい考えを否定するように俺の一生は終えた。

心残りは大ありだがどうすることもできない。そんな俺の心を見透かしたように一人の男(神さまとほざいていた)が俺に声をかけてきた。


「人生もう一度やり直してみないか」


「喜んで!」


当然と言えば当然のなりゆきだったかもしれない。俺には藁にも縋る思いだった。残してきた嫁たち(フィギュア)。まだまだかわいがってやる時間が必要だった。


とはいえ俺はリストラ解雇の身。生きてさえいれば何とかなるかな……。そんな軽い気持ちだった。


「んっじゃあ、も一度現生へ」


俺は生き返るものと思った。俺の生まれた町、俺の育った場所、俺の生きているあの住所へ。しかし、神様はそうは問屋が卸さないとばかりに俺を違う場所へ送り込んだ。

 異世界だ。


これまでにどれほどの輩が異世界に送り込まれたのだろう。俺はその冒険、奇譚を見聞きするにつけ笑ってきた。


どんだけ異世界いけんだよ。


俺にとってみれば異世界なんて現実逃避の何物でもない。引きこもりのいいわけでしかないと思っていた。

しかし、今は違う。俺はまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)渦巻く異世界に来ているのだ。


目の前の草原をスライムが滑っていき、空をサーペントやキメラが群れを成して飛んでいく。


日も暮れかかっていたので俺は近くに街がないかさまよった。


途中ゴブリンに絡まれた。大きなこん棒を片手に俺の前に立ちはだかる。


マジかよ…。


俺は武器も防具も持っていない。


ゴブリンも防具は身に着けていないとはいえ太い体にむっきむきの筋肉を纏っている。


細っそ細の俺とは訳が違う。


それに口から自慢げに「見ろよ」 と言わんげに突き出た太い牙。


あんなものに噛みつかれたらひとたまりもない。骨ごとやられてしまう。

ゴブリンは俺がびびっているのを見透かしたようにデモンストレーションを始めた。


側に転がっていたドラム缶ほどの岩をこん棒でいとも簡単に割ってみせると、砕いた岩の破片をこれまた自慢の牙で粉々にしてみせた。


俺は驚いた。


「こん棒は木だろう?岩砕くって、どんだけ硬い木だよ」


突っ込まずには入られず、俺は呟いた。


その間にもゴブリンは笑いながら、肩にあてがったこん棒をポンポンと弾ませながらゆっくりと間合いを詰めてくる。


「どうせ逃げたところで周りこまれんだろ。だったらやってやるよ……。掛かってきやがれ」

俺は覚悟を決めて叫んだ。


やぶれかぶれ。一か八か。


サシならどうにかなるかもしれない。俺は及び腰ながらもファイティングポーズをとった。


すると草むらから、待ってましたとばかりにゴブリンたちが沸いてでた。

「ちょっ、まっ!」


話が違う。


一斉に俺に襲いかかってくる。


俺はあっという間に羽交い締めにされた。


目の前のゴブリンがこん棒を振りかぶる。


やられる。


俺は目を瞑った。


軽い衝撃が俺の頭を駆け巡る。


と、次の瞬間大木を引き裂くような音と共にゴブリンご自慢のこん棒が砕け散った。


おいおい、見掛け倒しかよ。


でも、ゴブリンの様子からは明らかに動揺の色が見える。俺は試しにとらえられている両手を思いきり振りほどいてみた。


俺の手を捕まえていたゴブリンたちは周りにいた仲間を巻き込み、遠くまで飛ばされていく。


それを合図に残りのゴブリンたちが一斉にこん棒で殴り掛かってきたが言わずもがな。こん棒はむなしい音を立て、砕け散っていく。


「うざってえ、覚悟しやがれ」


俺は睨みを効かせ、空高くに絶叫した。大木の枝に羽を休めていたキメラたちが一斉に何事かと羽ばたいていく。それまでひらりひらりと空中を泳いでいたサーペントの群れもピーンと一直線に背筋を伸ばし空高くへ避難する。


うっすらと現れた月が禍々しいほどの赤い夕焼けを背景に俺の真上に君臨していた。


俺がもう一度真正面に向き直すとゴブリンたちは慌てて逃げていく。中には四つん這いになって転倒しながら必死の奴さえいた。

「二度と俺の前に現れるな!今日はこの辺で勘弁してやらあ」


このセリフが言ってみたかった。ただそれだけだ。生前の俺とはまるで状況が違う。生前俺はフルボッコにされた後に腹を抑えてノミのように背中を丸め、泣きながら敵が去った後にこのセリフを吐いていた。


それがどうだ。勝利後に放てる爽快な気分。異世界万歳。異世界サイコー。


いや、ちょっと待て。ゴブリンに圧勝したからと言ってあいつらがレベル1相当の雑魚かもしれない。


俺のようなものがいくら異世界に来たからと言ってほいそれとチート級の強さを与えられるとは思えない。


とりあえず、日も暮れたし、どこか街を見つけよう。


俺は歩き出した。



しばらく歩いていると街の明かりが見えてきた。

よかった。


俺は走り出した。


正直くたくただ。大抵のゲームでは腹が減ることはあっても移動で体力が消耗することはない。


しかし、これは異世界とはいえ現実なのだろう。空腹に加えて疲れてしまった。


一秒でも早く休みたい。

あと少しで街の入り口。

そう思った時、またしてもモンスターに襲われた。


トンガリ帽子に白い髭を蓄えたジジイ。全身を紫の法衣で覆っている。


大抵この手の輩は魔法をぶっ放してくると相場は決まっている。


案の定、奴は何事かぶつぶつと唱えると炎が迸り俺めがけて飛んでくる。

ヤバい。今度こそ終わりだ。


俺は完全に固まった。


目の前が明るくなりユラユラと奴とその奥に見える街が蠢いている。


熱、 あつ…い、あつ、くない?


あれ?


俺は確かに炎のシャワーを浴びたはず。しかし、熱くもなければ痛くもない。火傷一つ負っていない。


「バカなこのソーサラーの強力な火力が全く通じない輩がこの世界にいるなんて」


あ、コイツ、ソーサラーか。奴呼ばわりしてゴメンな。


俺は心の中で謝罪した。

「今度こそ!」


ソーサラーは意地になって俺にありったけの炎を投げつける。


ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。まるで幼子が泣きながら大人に雪玉を投げつけているようで何だか痛ましい。


しかもいい大人がやっていると思うと余計に悲しい。


少しくらい空気を読んで悲鳴の一つでもあげてのたうち回ってやろうかと思ったが疲れているので止めた。


ジーンズにTシャツ、そして素手という出で立ちの俺。どうやら本当にチート確定のフラグがたってしまったようだ。


勝手に暴れて勝手に息をあげたソーサラー。


俺が近づいていくと腰を抜かして震えだした。


「き、貴様わしをどうするつもりだ」


それはこっちのセリフだ。いきなり襲いかかってきたのはお前のほうだろう。


俺は少しムカついていたので脅かしてやろうと思い立った。


「お前を食べてやーるー」

俺は両手を広げ、舌なめずりしながらオドロオドロしい口調でそう放った。


「ギャー!い、命だけはお助けをー」


ソーサラーは懐から何か取り出すと俺に投げつけ逃げていった。


ジャラリという音とズッシリとした重みのあるうす汚れた布袋だ。


俺は中を覗いてみた。


金だ。この異世界にきてまだ数時間。通貨なんて見たことはないけど恐らくこれはマネーに違いない。


助かった。これで野宿は免れそうだ。それに最悪何か食い物も調達できるだろう。


俺は街に駆け込んだ。


夕暮れ時とはいえ開いている店は少ない。人もまばらだ。


取り合えず宿屋を探すため井戸の近くに腰掛ける男に声を掛けた。


「すみません。どこか泊まれる場所ありませんか?」

俺を睨むように一瞥すると男は黙って親指で隣を指し示した。


俺は男の態度に少しムカついたが礼を述べてサッサと宿屋に入っていた。

灯台もと暗し。まさか目の前に宿屋があったとは…。


俺は頭を掻いた。


入り口に入ると数人がチェックインの順番待ちをしていた。


みなそれぞれに特徴がある。旅の商人だろうか。重そうな荷物を背中に担ぎ、腰にサーベルを携えた一団。


あるいはパーティーの冒険者たちだろうか。厳めしい鎧と刀を携えた者を先頭に僧侶らしい者やソーサラーのような法衣の者までいる。


髪や目、肌の色も皆それぞれに違う。


それでも会話は通じるらしい。


そういえば俺の会話もちゃんと通じていたな。


俺は改めて驚いた。


俺の番が来た。


持っている金で足りるか、布袋ごと宿の主人に見せると揉み手でご機嫌になった。


一年は優に寝泊まりできるらしい。


現実世界でニートだった俺にとっては天にも昇る気分になった。


俺は大威張りで宿の主人に会計を済ませた。


宿の主人は終始低姿勢だ。リアル世界では味わえなかったことですこぶる快感だった。


会計が済むと、宿の従業員に部屋へと案内された。


ベッドと机、鏡。そして暖炉。簡素だったが高そうな装飾が施され、ピカピカに磨きあげられていた。ベッドメイキングもシワ一つない完璧なものだ。


恐らく、俺を金持ちと見込んでいい部屋を充ててくれたのだろう。


食事まで間がある。俺はベッドに体を投げ出した。思った以上に暖かでフワフワだ。


「お願いします。一晩だけ…。一晩だけ、どうか…」


女性の声が廊下から聞こえた。俺は廊下に顔をだしてロビーの方を見た。


若くて綺麗な女性が宿の主人の前で泣いていた。

「一文無しでそう言われてもねえ…。それに空き部屋も一つもないし…」


俺が通ってきた木製の床ばりの廊下には部屋が両脇に整列していた。


扉が開いたまま真っ暗な部屋はいくつかあったはずである。


宿の主人は恐らく嘘をついている。


他人事だから見てみぬ振りもできたが、俺は女性が可哀想になってしまった。


かなり歩いてきたのだろう。素敵な白いドレスは泥だらけでよれよれ、プラチナホワイトの長い髪は蜘蛛の巣やら木の枝が引っ掛かっていた。


腕や足にも擦り傷があり、痛々しい。


「さあさあ、帰ってくれ。店先で迷惑だ。それに他のお客にも…」


そう宿の主人が言い掛けた時、俺は主人の前に歩みよった。


「ああ、お客さま。すぐに女を黙らせますので」


宿の主人は俺がクレームを言いに来たと勘違いしたようだ。


「部屋は開いているようだし、金なら俺がだそう。一晩、この女性を泊まらせてやってくれ」


「ええ!?いいんですか、うちは構いませんが…。でも知りませんよ、どこの馬の骨とも知らない女なんて…」


宿の主人は奇妙な顔で俺を見た。にやついたような困ったようないやらしい顔つきだ。


さてはコイツ、俺が下心全開のスケベ野郎だと思っているな…。


俺はさっさと支払いを済ませようと腰に提げていた布袋に手を突っ込んだ。


つかみ損ねた金が床に散らばった。


ヤバい。動揺している。

俺は四つん這いになり、金を拾おうとした。


床にしゃがみこんでいた女性も手伝ってくれた。

最後の金貨に手を伸ばした時、相手の手に触れてしまった。


というよりしっかりと握りしめてしまった。


温かくて柔らかい色白の手に俺の心臓がよさこい乱舞。暴れ太鼓の如くはしゃぎまくる。


「ゴメンナサイ」


慌てて手を引っ込めた俺は仰け反った拍子に頭を打った。


「大丈夫ですか」


俺を助け起こそう寄り添う女性。


ち、近い。心配そうに瞬きするつぶらな瞳がまた可愛い。しかもいい香りまで漂ってくる。


俺は呆けた顔に思わずなってしまった。


不意に生暖かい視線を背後から感じた。


俺ははっとした。


宿の主人だ。図星じゃねえかみたいな勝ち誇った態度で俺を見ている。


いや、どうみても見下している目付きだ。


俺は前を向きなおすと、女性の顔を直視しないよう目線を下に向けた。


ーーと、俺の目に幸せにして危険なる物体が飛び込んできた。


俺は本能で察知した。素早く天を仰ぐ。


みすぼらしい宿の天井からぶら下がる灯り。


松明だろうか、何かの植物の先端部が燃えている。


俺がその灯りを認知したのと殆ど同時に俺の鼻から鮮血が(ほとばし)った。


返り血が自らに降り注ぐ。


俺の目に飛び込んできたもの。それは女性のたわわな胸の谷間。


女性に対する何の免疫も抗体も存在しない俺にとってはそれだけで充分すぎるほど刺激が強すぎた。


仕方ないだろう。俺は今でこそチートで最強だが、ついこの間まではニートで最低だったのだから…。


俺は無敵なつもりでいたが、女性には弱い。そこだけは治っていないようだ。


俺を殺すのに武器はいらない。


綺麗な女性が浜辺で水着ではしゃいでいる光景があれば俺は簡単に死ねる自信がある。


そう思った時、俺は気を失った。


気がつくと、俺はベッドに横たわっていた。


「あ、お気付きになられましたか?一時はどうなるかと…」


フロントで助けた女性が起き上がろうとする俺を優しく制する。


どうやら介護してくれたらしい。


宿の従業員が部屋に運んでいる最中に団体客が押し寄せ、女性と俺は相部屋になってしまったようだ。


こんな狭い空間に見ず知らずの男女がいてもいいのだろうか…。


嬉しい反面気まずい。


相手の女性も介護という大義名分がなくなってしまえば手持ち無沙汰だ。

そわそわと急に落ち着かなくなる。


こういうとき、部屋を明け渡してさりげなく廊下で寝るというのが男らしい勇者の在り方なのだろう。


しかし、俺はどうせゲスだ。ニートで、キモでオタでデブだ。


取り柄なんてない。それにここは異世界。


やりたいようにやってやるんだ。


俺は震えながら心に誓った。


彼女はタオルを搾るため、バケツの前に身をかがめ、後ろ向きだ。


俺はガチガチに震えながらベッドから這い出ようとした。


鏡が目に入る。映るのは筋肉むっきむきのイケメン。


ベッドの上で俺と同じような仕草をしている。


俺はまさかと思い、そっと顎を撫でてみる。


同時に鏡の中のイケメンも同じように顎を撫でる。


俺は驚きで瞬きをした。恐らく世界記録を塗り替えられんばかりの速さだったと思う。


「なんてことだ」


俺は天を仰いだ。


ニート、カス、キモ、オタ…。


俺はあらゆる罵詈雑言を手当たり次第に浴びせてきた。


相手を攻撃することで自我を防衛し、どうしようもない自分をなだめすかしてきた。


毒を吐きながら同時にそのことが俺自身であることも俺は承知していた。天に吐き出した唾が俺にかかるがごとく虚しくも情けない気持ちになった。


その度に俺は我が身を呪い、イケメンを更に呪った。


ゴメンナサイ…。もうしません。


俺は神様に感謝の祈りを捧げた。





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