Wish on a starry night
それからの話は簡単だ、俺たちは優勝賞金として80万円を手に入れた。
予想通り南部先生はその大金に驚きと同時に俺を胴上げしようかという勢いで興奮していたが疲れていた俺はその申し出を断った。
八百長の件については、今回の大会で相手に多大な損害も与え多分にこれからもする可能性は低いだろうと判断して俺たちは深入りすることはなかった。
そんな俺たちはかくして3日後、『Re:rights』のメンバー全員はとある山奥の駅を出ると荷物を持って立ち尽くしていた。
日差しが強く目を開けると白い日差しが流れ込んでくる。駅の前に目をやってもバス停には人一人の姿もいない。
「ていうか、なんで鴉野と凛もいるんだよ」
俺の言葉に鴉野は俺の顔を見ていった。
「ああ、それは先生からぜひとお誘いがあってな」
「そうそう、どうせならって言われたからだったら私たちもいいかなって思って…」
二人のその言葉に俺は改めてレンタカーに乗って運転席から顔を出した先生の事を見つめた。
「まぁ…別にいいですけど」
助手席に乗った俺はため息混じりに言葉を呟くと早速荷物を車に詰め込み車を発進させる南部先生に道を教えながら話を振った。
「それで、こんな山奥でどこに行くつもりなんですか」
「せっかく天体観測するんならと思ってこれからキャンプも兼ねてやろうと思っているんだ、だからもう少し山奥のキャンプ場にこれから行こうと思ってな」
「まぁ…確かにただ星を見るだけじゃあ何ですしね」
「だろう?俺の計算に狂いは無かったわけだ」
微笑む先生の横顔に俺はすこし間をおいてから少し口元を緩ませた。
「それにしても、君たちは仲がいいな」
ちょうど赤信号になったとき、後ろの座席を見た先生は密着した後部座席の言い争う光景に何か感心したような表情を浮かべる。
しかし、その言葉とは裏腹に後部座席の狭さ問題は大きい
「先生、この車って5人乗りですよね?」
「ああ、そうだな。だからこうして前に2人、後ろに4人乗ってるわけだ」
「そんなむちゃくちゃな…」
「ほら、信号変わったからちゃんと捕まってろよ」
そう言ってアクセルを勢いよく踏み出した車はその勢いのまま道路を突っ切って行く。
「先生!もう少し安全運転してくださいよ」
「大丈夫、大丈夫。車も人も滅多に通らないから」
「そういう問題じゃないですって」
「心配するな、これでも俺は『drive+』やりこんだ人間だから」
「それって確か15年くらい前に流行ったドライブシュミレーションゲームですよね。余計心配になんですけど」
「任せとけって」
俺の言葉が逆効果となり、先生は速度を落とすことなく道をかっ飛ばしていく
俺たちの悲鳴や怒号のような声が車内に鳴り響く中、先生が運転した車が目的地であるキャンプ場についた時には乗っていた全員、地面に倒れ込んで天を仰いでいた。
「なんだ、お前ら情けないな。ほらさっさと荷物を運べよ」
「いや、もうなんか色々無理ですって」
「何言ってるんだ、これから料理作るんだから早く準備しろ」
俺らがたどり着いた場所は山の中の木を切り開いてバルコニーと炊事場があるだけの場所だった。
確かに星を見るには山奥が良いとは思うが、しかしここまで山奥でなくても良かったんじゃないかと思いつつも俺は荷物をバルコニー内に置くとそのまま定番中の定番であるカレーを作り始めた。
「龍ケ崎くん、その持ち方じゃ危ないよ貸してみて」
そう言って俺が切っていた野菜を奪い取って手際よく切り始める若葉
「お前、家とかでもよく料理するの?」
「うん、それなりにね」
「なんか意外だな」
そう言って淡々と野菜を切っていく、長い髪を後ろで束ねて袖をまくっている若番の姿に俺はつい見とれてしまった。
普段見ない、一面が知れたというか。いつもそばにいるのに料理する若葉の姿がどうにも新鮮だった。
「うん、そんなに私が料理するのが以外?」
俺の視線に気づいた若葉は包丁を握ったまま俺の方へと体を向ける。無意識に振り向いたとはいえ、その行動にひやりとした
「おいちょっと、言葉と相まって怖いから一回その手をおいてくれ」
「ああ、ごめんごめん」
そう言って再び料理を再開する若葉に俺はそっぽを向いて咳払いをすると口を開いた。
「でも、まさかみんな揃ってこんなところに来るなんて思わなかったな」
「そうだね、特に龍ヶ崎君なんてこういうのに参加しないもんだと思っていたよ」
「ああ、俺もそう思ってたよ」
「どう龍ヶ崎君?」
「何が?」
俺が聞き返すと若葉は料理をする手を止めないで小さく呟く
「思い出を作るのも悪くないでしょ?」
横顔からでも若葉の微笑みが見えた、その笑顔に俺も少し口元を緩ませる
「ああ、そうだな」
それから俺たちは夜食である自作のカレーをみんなして食べるとあたりは暗くなったので開けた場所にブルーシートを敷きそこにみんなで円を描くように寝転がってメインである天体観測を始めることにした。
「それじゃあ、みんな目をあけてみろ」
南部先生の言葉に寝転がっていた俺らは目を開けた。
そこに広がっていたのはこれまで見たこともないような満天の星空、一つ一つの星が煌めいて、いくつもの集合体として空を覆い尽くす。
言葉では表現することは出来ない、光景に息を呑むように誰ひとりとして言葉を出せないでいた。
「どうだ龍ケ崎、俺が見せたかったのはこの光景だ」
南部先生は寝転がる俺らとは違いブルーシートの外で立ち上がり、いつもどおり白衣のポケットに手を突っ込んでタバコを吸いながら上空を向いて問いかける。
その姿を視界の端に捉えながら俺は精一杯に言葉を紡ぐ
「ああ…えっと、とにかくすごく、なんていうか…」
「ふっ、わざわざ言葉にしなくていいぜ」
そう言うと南部先生はポケットに入れていた手を取り出してそのまま天を指差す。
「3つ明るく光ってるのがあるだろう。あれが夏の大三角と呼ばれている、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブだ。そしてあの天の川が見えるだろう、その下をなぞっていくと赤い星があるのが分かるか?それがさそり座だ」
「先生、よく知っていますね」
「そりゃあ、まぁ天文部の顧問を引き受けているんだからこれくらいは知っているさ」
自信有りげに答える先生は続けて言葉を繋げる。
「俺はこの前ので初めて君たちの試合を見たが、正直な話、俺にはそのスゴさがよくわからなかったし何も出来ることはない。だからこの思い出を糧に今度の世界大会で君たちが健闘を祈ってるよ」
「言われなくても俺たちは頑張りますよ。もちろん世界一になるために」
俺の言葉に寝転がる皆は俺のことをみて小さく頷いた。
「龍ケ崎の言うとおり、負けるつもりはないですよ」
「鴉野さんの言うとおり。私たちは勝ちますよ」
「次の試合は再来週だから気を抜かないように行こうね」
「私も応援するね」
それぞれの声が星空の下で聞こえる。夏の星空はどこまでも遠くに光り輝いている、俺は空に向かって手をかざして誓った。
「『Re;rights』は世界一になるぞ」




