Four Rights
その言葉に俺は拍子抜けしてしまい、隣にいた若葉の方を見ると同じように若葉も俺の方を見て顔を見合う形になってしまった。
俺は必死に言葉を搾り出すように静かに口を開く
「いやいや、だって『MOST』はどうするんですか?」
「それについては大丈夫、『MOST』は今日を持って解散になった」
その言葉にさらに衝撃を受けて俺の頭は何も考えられなくなっていた。
「何で突然そんなことに?」
「昨日の試合で何か感じなかったかい?」
そう言われて俺は昨日の『MOST』との試合を思い出していた。
相手は2対2で行動していて、俺達はそれに対して色々な手段を要して最後に鴉野1人まで追い詰めたが最後、俺は鴉野の気迫にやられて体が動かずになすがままにやられてしまった。
展開としてはそんなもんだろう、しかし際立ってどこかおかしな所があるとは思えなかった。
が、相手の鴉野自身が言っているのだからどこかおかしな所があったに違いないと思い俺は再び頭の中で考えを巡らせている内に一つあることに気づいた。
「もしかしたら俺の感じ方の差なのかも知れないが、『MOST』の攻撃はどこかまとまりが無いように感じた」
俺の言葉に鴉野は少しの間を置いて何かを考えるように腕を組み俯く。
もしかしたら怒らせてしまったかと思い俺は慌てて謝罪の言葉を言おうとしたその時、不意に小さな笑い声が聞こえると思うと鴉野は顔をあげて二ヤッとした表情を見せた。
「さすが、そこまで的確に見抜いているなんてな。そう、『MOST』はもうチームとしての機能は崩壊していたんだ」
「チームとしての機能…」
「ああ、チームとしての機能、言い換えれば連携かな。誰がどの役回りをやるのかを明確にした上で相手の行動を予想、連携して行動しなければいけないのに昨日の『MOST』はその影すら見えなかっただろう?つい2年前なら俺一人だけ残り戦うなんてあり得なかっただろうな」
「君たちとの勝負も勝つ確率半々だった。それくらいに『MOST』はその時の実力を発揮できない程チームとして弱っていた、悔しいけど潮時だったんだよ」
自虐気味にそう言いながら笑を浮かべたまま天井を見上げた鴉野は何かを思い出すようにただ一点をみつめてどこか悲しそうに見えた。
多分、自分で立ち上げたクラン『MOST』の思い出に浸っていたのだろう。自分で作り、それぞれのメンバーが分かち合った言わば青春の記憶
「俺はメンバーの皆がそれぞれ違う道を歩んでいって、それで次に会う時が敵だとしても恨まないさ」
そんな鴉野を見て俺は一つだけ聞きたかった。
「もし昨日の試合で『MOST』本来の力を発揮していたとしていたら、俺たちが勝つ確率はどのくらいだったんでしょうか?」
俺の質問に鴉野は依然として笑を浮かべたまま天井から俺を真正面に向くと静かに口を開くと堂々と呟いた。
「100パーかな」
今となっては確認のしようが無いが、その悠然とした態度に鴉野の言葉は真実味を持っていた。これまで戦ってきたような相手とは経験の数が違うからだったのだろうか、本当のところは分からないが
しかし、一つだけ分かった。昨日戦った鴉野がいうからこそ、その確率はどこか本当のように聞こえたのは事実だった。
「それで、本題に戻るけど確かに君たちは初々しくてまだ実力も経験もあるわけじゃない。俺は昨日の試合について君に勝利にこだわりすぎていると言ったな、だけどそれは言い換えれば強くなりたいと言う意志の現れだ。俺が昔『MOST』を作って頂点を目指したように、俺は『Re:rights』で再び目指したいんだ。だから俺を君たち『Re:rights』に入れてくれないか?」
俺はその言葉に静かに首を縦に振った。渉にはまだ聞いていないがこんな良い話を断る理由が無いだろうと思ったし、実際その後に渉に事情を話すと二つ返事で首を縦に振った。
こうして、その日から俺たち『Re:rights』のメンバーに一人、強力なメンバーとして鴉野が加わったのだ。
そして俺たち中学生2年生になるとそれまで以上に色々な大会に出場しそれなりの成績を見せるようになり始めた。
「龍ケ崎、それじゃあ後ろから敵に狙われるぞ」
「矢薙もそれじゃあ、すぐにやられる」
と、まぁそれもこれも鴉野が入りただ人数が増えただけではなくこれまでの豊富な知識と経験、それに実力を俺たちに教えてくれたおかげで俺達はより一層力を発揮できるようになったからだ。
しかし、そんな俺らにまたしても新たな問題が出てきた。というのもこれまでは人数が少ないことに対して何も言われなかったのが、この頃から大会に出ようとしても人数不足を理由に出られないなんて事が実際に増えてきた時だった。
その理由はこの年から本格的にクラン戦、つまり4対4の試合が公式でも力を入れて取り組み始めた事だ。
遅かれ早かれそうなることは分かっていたことなのだが、しかしまたしても人数不足に悩ませることになり俺たちは頭を抱えていた。
「もう一人、メンバーを追加しないといけないか…」
俺がいつものゲームセンターで天井を見上げながら小さな声で呟いた。しかし、その時の状況は鴉野が入るときとは大きく違っていた。
というのも、大会に出場にそれなりの実力を発揮したことで中堅クランに成長していた俺らにはそれまでに何人もの人間から声をかけられていた。
「『Re:rights』に入れてくれ」
「俺の実力を見てくれるだけでもいいから」
「僕は地元の大会で優勝したことがあるから入れさせてくれ」
そんな声を学校内を歩いていると言われる始末
つい一年ほど前には耳も貸さなかった人間達が今となっては逆に俺たちを入れてくれとせがんでくるのに俺は心身共に疲れていた。
希望者がいないのも困るのに希望者がいすぎても悩むことになるとは思いもしなかった。
その上に近くに『AFW』関東大会という大きな大会があり参加人数は4人限定、俺たちはその大会に出るべく一刻も早く新しいメンバーを見つけないといけなかったのだが。
「しかも、どの人間もピンと来ないんだよな…」
言い寄ってくるどの人間も、いま話題のクランに入って有名になりといったようなおもしろ半分の気持ちがあってどうにもしっくりこない人間ばかりだった。
そんな俺を見て不意に目の前に座っていた若葉が何か言いづらそうな表情をしながら口を開く
「それだったら私が入ろうか?」
「はぁ?なんで今まであれだけ断っていたのに何で急にそうなるんだよ」
俺は驚きの声の中に不服そうな声色を混ぜて若葉へと聞き返した。
「だって、一応私も『Re:rights』のメンバーだし、皆が困っているなら私も手助けしたいなって」
どこか畏まったような態度で、目の前の俺を見ることなく視線を逸らしながら臆病に話す。それを見て俺は静かに口を開いた。
「でも、お前これまでに試合の経験はあるのか?」
「それは…」
そう言って罰が悪い顔をする若葉は唇を少し噛む
「渉くんの誘いで何回か的当てをやったことあるけど、実際に人と対決したことは無いかな…」
「まぁ、そうだよな。俺もお前が戦ってる姿なんて想像もつかないよ」
つまりはこれまで『Re:rights』に興味を持って話しかけてきたどの人間よりも経験も実力少ないということになるのだが。
俺は再び頭を悩ませることになった。確かに人相も知れない人間と一緒にやるよりも気兼ねなくチームとして加わることが出来る若葉なら願っても無い事だとは思うが。
しかし、今度の関東大会に実力も経験も無い若葉をいきなり出させるのはかなり酷な話だ
そこで、俺はある考えを巡らせた。
「じゃあ一つ、試してみるか」
「試すって何を?」
不思議そうに俺のことを見つめる若葉に俺は少し笑ってその答えを言わずに席を立った。




