『Re:rights』VS『MOST』
「やっぱり龍ヶ崎には勝てなくなってきたね」
「渉だってどうやったら1丁でこんなスコア出せるんだよ」
その言葉は素直で、1丁しか使っていないのにこのスコアを出せるのは正直驚きだったが、渉の持ち合わせている優れた反射神経と技術力がなせる技はこの頃からとんでもなかった。
本人は無意識なのかそう言われて何とも言えない顔をしていたが本当の所、これだけの力があっても俺たちが大会に成績を残せないのはやはり人数不足と経験不足があってだった。
「それで早速だが『MOST』について話をするか」
俺たちはをHMDをとって誰もいない店の中を歩いて以前として若葉が座っているいつもの席に三人で揃って座った。
窓の外の空は既に暗くなり俺らは冷房の掛かった建物なかからその光景を俺は今でも懐かしく思い出す事がある。席に座り渉はアイスコーヒーを頼むと流れるように自身の懐から機械を取り出してホログラムを表示させる。
そこに映し出されていたのは『MOST』のメンバーと対戦成績、それにこれまでの試合の動画の数々だった。
「一も知ってるように『MOST』のリーダーである鴉野は銃の使い手として知られていて、その中でも特に長距離型の銃を好んで使っているみたいだね」
そういって目の前に表示させたのはこれまでの試合での鴉野の動きの様子が映し出されていた。
といっても、この頃から鴉野の攻撃は敵が来るのを待ち伏せるタイプ
動画として見ても敵が目の前を通れば急所である頭を的確に撃ち落とすだけで特に何もおもしろい訳ではなかった。
だけど、逆に言えば
「面白くないほど、試合に起伏な部分がない」
試合の中での流れがどちらに流れるわけでもなく、かと言って一方的というわけでも無い。それでも、試合が終わり結果を見てみると力の差は明らか
別に鴉野だけが一番に優れていればそのような試合にはならない、つまり『MOST』は全体で動く、可もなければ不可もない、言ってしまえば良いところも悪いところも露見していないバランスのいいクラン。となると対策を講じる以前の問題なのだ。
「さすが気鋭のクランってだけはあるよね」
「ああ、敵となった今はかなり嫌な相手だけどな」
俺は悩んでいた、どうすればこの相手に対処できるのか
答えは簡単だが、それまでの過程にかなり難があるのがネックとなっていた。
そこで俺は隣で俺たちの会話を見ていた若葉に疑問を投げかける。
「なぁ、若葉一つだけ質問があるんだが聞いてもいいか?」
「えっ、私?」
「ああ、お前だ」
今の話の中で、まさか自分の名前が出てくるとは思わなかった若葉は驚きの衝撃で飲んでいたクリームソーダを吹き出しそうになるのをこらえる。その姿に俺は落ち着きを取り戻すまで待ってから話を続けた。
「例えば、望遠鏡を覗いていて俺の姿を見かけたとしよう。そうした時にお前ならどうする?」
「別に私は龍ヶ崎くんの事を望遠鏡で遠くから見たりなんかしないけどな」
「いいんだよ、例えばの話なんだからな。それでお前ならどうするんだ」
「どうするって取り敢えず様子を見るかな。何をしてるんだろうって思って」
「そうだよな」
「突然そんなこと聞いてきて、それが今度の試合と関係あるの?」
「まぁ、そう慌てるな。この話には続きがある。望遠鏡を使って観察していた俺が突然、誰かを追いかけて行った、そしたらお前はどうする?」
「龍ヶ崎くんが何を追いかけてるか見ようと先を見るかな」
若葉は不思議な物を見る子供のように顔を近づけて早く続きを聞きたいと俺にせがむ、その姿に俺は少しだけ体を後ろに反らす。
「普通そうだよな、でもそれが嘘だったら?」
「嘘ってどういうこと?」
「つまり俺が追いかけていたのは実は追いかけていたんじゃなくて追いかける振りをしていたとしたら。もしそれを知ったらお前ならどうする?」
「えっと、つまりは追いかけていたと思っていたんだけど追いかけていなかったって事でしょ?だとたら龍ケ崎くんは囮になっていたのかと思うかな」
「そうだろうな、だけど気づいた時にはもう終わりだろうな」
「でもそれって今回の戦いでどうやって使うの?」
「うーん、それを今考えているんだが今のままじゃダメだ」
今の話のように簡単に行くとは到底思えない、そして何より他の案を考えても俺たち二人だけというのが問題になってくる。
いよいよ試合なんかをしている場合では無くなってきたと感じてきた時だった。
その日、俺らはゲームセンターで遅くまで作戦についてあれこれを話し合ったのを覚えている。そして次の日、その次の日とすぎていよいよ『MOST』との対決の日、それは鴉野と始めて出会った日でもある。
対戦当日の土曜日のゲームセンター、集合時間の30分前には俺たちは行った時には普段は閑散とした喫茶店の席に一人の若い男の姿が目についた。
その人物はシャープな顔立ちに細いメガネをかけておりその時は私服だったが、スーツを着ればエリート新入社員といった風であった。その様子を伺っていると奥の席で一人でコーヒーを飲みながら何かを新聞でも読んでいるようでさらに若い会社員に見えたが、そこで遅れて入ってきた渉が軽くお辞儀をしてその人物に近づいていったので『MOST』のメンバーなのだと分かったくらいだった。
「やぁ、君たちが『Re:rights』かい?」
「ええ、そうですけど」
「おお、やっぱりそうか。俺は『MOST』のリーダーの鴉野だ、よろしく」
そう言うと俺に向かって手を差し出して来ると同時に愛想の良い笑を浮かべた。
といっても、その時の鴉野の笑は不気味さやどこか後ろめたさがあるわけではなく、これから勝負をする相手に対する友好の現れのようだった。
「ああ、えっと俺の名前は龍ケ崎です。でこっちが渉でこっちが若葉です」
「うんうん、君たち『Re:rights』のことは片桐から聞いているよ」
その瞬間、俺は握っていた手が固まり冷や汗が出てきたのを覚えている。
片桐という名前がここで出てきたことに驚きを隠せなかった。
「どうして、片桐ってあの片桐ですよね?この試合と何か関係あるんですか?」
責めるような物言いの俺に対して鴉野は一瞬だけ驚きの表情を見せたがすぐに冷静になると笑を崩さないで言葉を切り出した。
「ああ、そういえば片桐からあんまり自分のことは話さないでくれって言ってたっけ…いやいや、俺と片桐とは小学校中学校と同級生でさ、昔はチームも組んでたんだけど中学を卒業した時から俺たちはそれぞれ違う高校に入ってそれぞれ違うクランを組んでから音信不通だったんだ。だけど最近になって片桐の方から久しぶりに連絡してきてね。どうしたのかって聞いたら面白いクランがあるって言われて、ぜひそのクランと戦って欲しい言うもんだから話を聞いてみたらあの片桐を小学生ながらに倒したって聞いてね。それだったらぜひ戦いたいなって思って、名前を聞いたんだ。それが君たち『Re:rights』だってわけさ」
「はぁ…」
人と人とのめぐり合わせというのはどこでどうつながっているのか分からないと思いしらされた。
それよりも、あの片桐が俺たちのことをそんなにも高評価していることに驚きを隠せなかった。案の定そのことを鴉野は見逃さずに俺の表情をみて言葉を付け足すように口を開いた。
「俺もあの片桐が他のクランを評価するなんて合わない内に何かあったのかと思って聞いてみたんだけどね。本人はどうもそのことには口を閉ざしているんだけど何かあったのかい?もし何かされたのならば僕が変わって謝る」
「そんなもんじゃないんですけど。ただちょっと片桐が作ったものを俺らが壊したと言いますか、良くも悪くも思い出なんであんまり気にしていません大丈夫です」
「そうか、ならいいんだけど。あいつの事だから他人に何か迷惑をかけているんじゃないかって心配していたんだ」
そう言って鴉野はどこか過去を懐かしむように天井を見上げてメガネの奥の細長い目を閉じた。その瞼の上から覗く顔はどこか寂しげでもあった。
しばらく間、その状態が続いた後になると俺は時間を確認して感慨にふける鴉野に静かに話しかける。
「それで、早速なんですけど試合の方は…」
「ああ、ごめんもうこんな時間かそれじゃあ早速試合を始めようか」
そう言って立ち上がり背伸びをする鴉野に俺はつい反射的に言葉を投げかけてしまった。
「他の人はまだ来てないんじゃ?」
「いや、『MOST』のメンバーはそれぞれバラバラの場所に住んでいてね。俺はこの近くに家があるから直接来た方がいいと思ってね。それにこの喫茶店に久しぶりに来てみたかったしさ」
そう言って背伸びをしながらゲームセンターの区画へと入り早速『AFW』の筐体に入っていく鴉野に俺らはただただ置いていかれないように顔を見合わせて首を縦に振るとHMDを被った。
「それじゃあ、早速始めようか」
鴉野の声に俺と渉は答えるようにスタートボタンを押した。




