What is Right?
「はぁはぁ...」
試合に勝ち俺は地面へと倒れて荒い息を整える。
腕はもちろん体中から痛みを感じて起き上がるのさえ辛い中、渉が近づいてきて俺に手を差し出してきた。
「一、大丈夫か?」
笑いながら言う渉だが差し出された手を見てみると俺と同じようにかすり傷がいくつかあってよく見てみると腕や足にも傷が見えた。
「渉こそ大丈夫かよ」
そう言いながら俺は渉の手を取って立ち上がるとゴーグルを外して目の前で立ちすくんでいる『SOLD』の二人をまじまじと見つめる。
いつもは対照的なのにその時のふたりは同じで呆然としていた様子だった。
二人はそのまま何も言わずに踵を返して公園の出口へと向かおう公園の内を横切るように静かに歩いていくが一人の人物が公園のフェンスに背中をつけて体重をかけた状態でいるのを見て立ち止まりこわばった表情になったのが俺たちの距離からでも分かった。
下村と香取が恐れるその人物というのは何を隠そう『OCT』のリーダー片桐だ。
試合が始まる前にはいなかったところを見ると試合が終わる頃合を見計らってやってきたのだろう。
しかし、その片桐の表情は堅くメガネの奥の瞳で香取と下村の二人をまじまじと見つめていた。
しばらくそのまま両者には会話も無いまま対峙していたが数秒すると下村が大きな体を折り曲げて片桐に挨拶するとそれに続くように香取も軽く挨拶して二人はそのまま公園から出て行った。
それを最後まで確認する間もなく片桐は寄りかかっていた状態から立ち上がるといつもの愛想の良い笑顔を浮かべたまま俺たちのもとへと近づいて来ると口を開いた。
「まさかあいつらに勝つとは思わなかったな」
ふてぶてしい片桐の態度だがその時の俺には言い返すだけの体力も残されていなかった。
「それじゃあ次は2位の『LOST』と戦ってもらおうと思うけど、うーんだけど君たちの今の状況で直ぐに戦うのは無理だろうから戦いは1週間後でどうかな?」
「ああ、そんだけあれば十分」
「それじゃあ彼らにもそう伝えておくよ」
そう言ってあっさり帰ろうとする片桐に俺はつい聞いてしまう。
「いいのか、仲間なんじゃないのか?」
「なんのことだい?」
不気味に笑いながら体を捻ってこちらを向く片桐にこれまで以上に圧力を感じる。
しかし、俺は深呼吸して片桐に屈しないように以前として、強気に言葉を続けた。
「『SOLD』のあの二人だよ、何か言わないのかよ」
「何かって、負けた人間に慰めを言ったところで彼らにとっては嫌味にしか聞こえないだろう?だから僕は何も言わないのさ、それに...」
「僕は負けた人間には興味がない強いやつと戦いたいただそれだけさ、だから僕はこのランキングを作ったんだけど最近はどうもしっくりくる相手がいないと思ったら君たちが現れたんだ、君たちには感謝してるよ」
「そんな、ランキングのせいで物を奪われたり暴力を受けている人間がいるんだ、それはほっとくのかよ」
「そんなの僕は別にただランキングを作っただけ、僕は何も指示してなんかいないさ、いつの間にかそんな風になったってだけで僕にはなんの何の関係ないのさ」
「そんな身勝手なこと」
「身勝手は言い過ぎさ、現に『SOLD』の二人も試合に負けて色々な事をされてきたことでもっと強くなれた。強者を倒すのには力が要る、力を得るには負けるのが一番なのさ」
その言葉は言い方は違うが渉と初めて出会った時に言われたのと同じだ。
人は悔しいと思うことで強くなれるその言葉に誘われて俺は『Re;rights』に入りそして色々な事に触れて強いチームと戦ってきてゲームの楽しさを見つけた。
もしかしたら俺はランキングの事も関係なく強い人間と戦いたい、ただそれだけなのかもしれない。ランキングで困っている人間なんかどうでもいい、渉と若葉とこうして戦っていたいだけなのかも知れない
「それじゃあ、『LOST』のふたりによろしく」
俺が考えている間に片桐は歩き出しながら片手をあげて公園から出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと...」
俺は反射的に呼び止めようとしたがそれ以上言葉が出て来なかった。
そのとき言われて気づいた、俺には正義なんてものはないんじゃないかと
「悪いね若葉、わざわざ手当してくれて」
「うん、それは良いんだけど渉くんも龍ヶ崎くんもこんなどうしてこんなボロボロになるまでやるかな?」
「まぁ、あいつらに勝つにはこれくらいしないとしょうがなかったんだって」
片桐が帰ると俺たちの元へ救急箱を持った若葉が近づいてきて近くのベンチに座って手当をしてくれた。
どうやら派手にやられた俺たちを見て試合の間に家から持ってきたらしかった。
「だけど本当に3位の人に勝てるなんてね」
渉の腕にテーピングを器用に巻きながら若葉は呟く
まぁ、戦況を見てみてもかなり危うい所ではあったから若葉がそう言うのも否めないだろう。
「でも言い換えればこれで3位って事は、これからかなりきついよな」
「うん、あぁ…そうだな」
「一、何か元気がないみたいだけど本当に大丈夫?」
その時、俺は片桐に言われたことが頭の中で渦巻いていた。
正義を取り戻す、俺は本当にその気持ちがあるのだろうか。もしかしたら片桐と同じでただ強い相手と戦いたいだけなんじゃないのか
もし俺がもっと早くにゲームの存在を知っていたのならば片桐と同じようにランキングを作ったかもしれない。
「はい渉くんは終わった、それじゃあ次は龍ヶ崎くんほら腕出して」
そう言ってかすり傷が目立つ俺の腕を掴むとガーゼに消毒液をかけたのを傷口に押し付ける。
「痛ッ」
「これだけ怪我してたら痛むのも当然でしょ、もうちょっと我慢して」
そう言いながらも手際よく治療していく若葉
その姿に俺は恥ずかしくなってよその方を向くと小さな花壇に植えられた枯れて黒くなった向日葵を見つけた。
「そういえばもう一ヶ月以上になるのか」
「うん、何が?」
「いや、こうして放課後に三人で集まって練習するのもさ」
「もうすぐ秋だしね。出会ってそんなに経ってないと思ったのに早いね」
そう言っていつの間にか聞かなくなったひぐらしの鳴き声を聞くように若葉と渉も俺と同じ枯れたひまわりを見つめる。
もしこの二人に出会わなければ俺はゲームも知らなかっただろうし『Re;rights』もできなかっただろう。
「本当に俺なんかで良かったのか?俺は本当にこのチームに入って良かったのか」
「突然なに言い出すんだい?」
「いやだって、この学校には俺よりもっと経験があってうまい人間はもっといただろう?」
俺の言葉は間違ってはいない。このゲーム自体、知らない人のほうが少ないのに俺が選べれる理由というのが見つからない
渉は俺のことを才能があるなんて言っていたけどそんなの何とでも言えるだろう。
渉と若葉の二人はお互いに見つめ合うと言葉を交わさないまま頷くと渉の方から口を開いた。
「秘密にしておくつもりはなかったんだけどね。僕は最初から一とチームを組みたいと思っていたんだよ」
「だってそんな、渉たちと出会ったのはあの時に偶然俺が通りかかったからだろ?」
「いや、僕は最初、若葉からこの話を聞いた時、一に目をつけていたんだ」
「どうして、俺はゲームのこともランキングのことも、ましてや二人の事もよく知らなかったのに…」
あまり人と喋らない俺が前から同じクラスだった若葉と話しだしたのさえ、このゲームに参加し出してからだ。なのに一体どうして俺に目をつけたのか
不思議そうな表情を浮かべる俺に対して渉は笑を浮かべて静かに言葉を切り出した。
「僕が転校してきた日、その日に事件が起きたのを覚えているかい?」
「転校してきた時に事件?そんなもの無かったって…もしかしてあれのことか」
渉が転校してきたその日は夏の暑さが近づいてきた7月の最初だった。
もうすぐ夏休みということで同級生たちは既に浮かれ気分でいた中で現れた新しいクラスメートの存在に熱が上がる中を横目に俺はいつものように一足早く昇降口へと向かっていつものように靴を履いて裏門まで向かおうとしていた時だった。
裏門を通る道中には花壇を通らなければいけないのだがその花壇が人為的なのかそれとも動物か何かに荒らされていたのか苗が掘り起こされていたのだ。
いつもならそんなこと気にしないで通ったと思う、だけどその日はなぜだか体が勝手にその花壇の方へと向かって気づけば手の汚れを気にしないで掘り起こされた苗を再び丁寧に埋めた。
そんなことをしていると突然俺の頭上から俺を責めるような一人の声が聞こえたのだ。
その人物は先生でどうやら俺が花壇を荒らしているように見えたらしく俺は怒られるだけじゃなく次の日の朝の挨拶ではこういうことがあったからやらないようにと、とばっちりを食らってしまった。
「僕はそれを校舎の中から見ててね、若葉に誰かいい人はいないかって言われた時に僕は一とならいい仲間になれると目をつけてたんだ」
「じゃあ俺の疑いを晴らしてくれれば良かったのに」
「もちろん、僕は言ったんだけどね。どうも転校してきたばっかりなのか信用してもらえなくてね」
渉はそう言いつつ手を合わせて俺に謝る。別にもう過ぎたことだから気にしないが、しかし、一つ気がかりが残る。
「でも、俺があの日あの時間にあの道を通らなかったらどうするつもりだったんだよ」
「一が入ってくれるにはゲームの世界を体験させてみないとわからないと思ったから。あの道を通る時間を考えて試合を申し込んだんだ。それでこうやって龍ケ崎と一緒にチームを組むことができた。僕のやり方に不満があるなら謝る。だけど僕は龍ケ崎と一緒に戦える事が本当に楽しいから」
真剣な顔でその言葉を言う渉に俺は自分に問聞かせた。
確かに俺は渉の誘いに乗らないこともできた、だけどあの時、初めて刀を握った時の悔しさと渡ると一緒に試合で勝つ喜び
そして自分の正義に反するこのランキングに正義を取り戻すためにも俺は戦う。
その時に決めた、俺はほかの誰にでもなく、正しい正義のために戦うと
「それじゃあ、まだ全部の傷に消毒してないんだから。はい次は足出して」
俺の確信した顔を見ると若葉は俺の足を掴んで手際よく消毒液が染み込んだガーゼを傷口に当てる。
傷口に染みる消毒液に耐えながら俺は次に対戦する『LOST』について考えていた。




