first battle
「一体これはなんだって言うんだ」
呆然とする俺は立ちすくみ独り言のように呟いた。
遠くに入道雲が見えるそんな在り来りな日に突然現れた同級生にただただ驚きを隠せなかった。
「ああ、龍ヶ崎君、巻き込んでごめんね」
上級生が立ち去る姿を面白そうな姿を見ていた渉は再びこちらに振り返ると一人置いてけぼりの俺を見ると軽く手を合わせて弁解をする。
とそこでもう一人、さっきから気になっていた人物が姿を現した。
「私からもお礼を言わなきゃ」
その人物は先程、木の物陰に隠れていた少女だった。
その時の俺はこの少女が同じ同級生であることは知っていたが苗字が篠川って事で名前までは知らなかった。しかし、彼女の方は俺の名前を知っていたらしく
「ありがとう、龍ヶ崎くん」
そう言われて俺は妙に恥ずかしくなった、この時まで関わりが無かった同級生の女子に真正面から感謝されるなんて思いもしなかったからな。だから俺は恥ずかしさを隠すように話題を変えた
「で、なんで上級生と争いになったんだ?」
ここまでの経緯を知る由もなく俺は試合に参加させられたせいで今現在の状況について何一つ分かっていないかった。
「ああ、あれはあっちから絡んできたんだよ。いやいや本当だって。この学校にある裏ゲームっていうのがあるんだけど知ってる?」
「いや、初めて聞いたけど」
「まぁ、名前はちょっと怪しいけど簡単に言ってしまえば学校内でのランキングみたいなものなのかな」
「ランキング?」
「そう、今流行ってる『CLOSE OF WOLRD』って言うゲームがあるんだけど、そのゲームを使って強い人が上位に下手な人が下位にって具合なんだ」
知り合いが少なかったのが原因なのか、それともゲームを自体その当時はあまりしなかった為なのか、その時になって自分の通う学校にそんなものがある事自体この時になって初めて知った。
「それでね、どうやらそのゲームのランキングによって下位の人が上位の人のイジメの標的にされたりっていう悪い噂があるの。しかも、これは学校の裏でやっていることだから誰かに話せば自分が関わっていたことがバレてしまう。だから誰にも相談できずにいるっていう負の連鎖が起きているの。」
「そこで俺たちの出番って訳さ」
威勢良く渉は言うが俺には全然理解できなかった。
「二人の出番ってどういうことだ?」
二人は顔を見合うと間を置いて少し笑い合う。
それを見てこの二人、この二ヶ月足らずの間に思ったより仲が深まっていたんだなと思った。
まぁ、席が隣って事で機会が多かったのだろうが。二人は顔を俺に向けると渉が答えた。
「俺たちチームを組もって考えてるんだ」
「チームって一体なんの?」
「さっきも言ったようにこの学校にはゲームによってランキングが決められているの、つまりランキングの一番上に私たちが入れば絶対的な力を手に入れることが出来る」
「そうすればこのシステムを壊すことが出来るってことさ」
どうにも実感がもてない話に俺はただただ呆然とした気分だった。
そんな話は小説かテレビとかでしか実在しないものだと思っていたから。だけどその時の二人は嘘をつくようには見えなかったし、嘘をついても二人には何も利益が無いと思ったのも事実だ。
「でも、それだったらさっきもその二人でやればよかったじゃないか、なんで俺も巻き込んだ」
二人は顔を見合わせるとやがて篠川は照れたように切り出す。
「さっきのゲームはね、2対2のチームでしか出来ないの。だから私は前から気にしてたこの学校の裏で起こっている事について、昔から剣道とか空手とかやっていた渉くんに教えたんだ」
「それだった、お前がやればいいんじゃないのか?」
「私も渉くんに頼んだ以上ゲームに参加しないとなぁとは思っているんだけど、私、昔から運動音痴でさ、それにケンカとかも好きじゃないしさ...」
そこで付け足すように渉が口を挟んだ。
「それをさっき教えられたもんだからさ、あの年上の人と戦うにも戦えなかったわけ。そしたら、そんな時にそこに立っていた人影がいてどっかで見たことがあるなーって思ったら」
「俺だったわけか」
俺が言うと二人は妙に納得したように大きく頷いてみせた。
つまりは俺は対戦をしようとした時に人数が足りなかったら近場にいた誰かに話しかけたってだけなのだった。
俺は名前も覚えられていたことでこいつと友達になれるかなとか少しの淡い期待していたのを恨んだ。その事を知るとなんだか俺は一気にやる気が失せてしまい恥ずかしさがこみ上げてきて今すぐにでもその場から立ち去りたくなった。
「そうか、それなら俺にはもう要はないな。それじゃあ」
俺は片手を上げて踵を返して一歩踏み出すとその場から離れようとした。
「ねぇ、龍ヶ崎君ちょっと待って」
この言葉に俺は咄嗟に振り向いてその無邪気な笑みで俺の元へと近づいて来るのをただじっと見ていた。
今でも、この時の事を思う。もしこの瞬間に渉の俺を引き止めるような一言がなかったら、今みたいにゲームの世界に関わるような事はしていなかったと思う。
「龍ヶ崎君も僕たちのチームに入らない?」
「はぁ?何言って、こういうのは大人に言うべきだろ。それに俺には何の関係もないだろ...」
「それは違うよ」
俺の押し殺すような言い訳に間を開けずに答えたのは若葉だった。
「このことを大人にいってもどうせ問題になるのはゲームだけ、最悪の場合ゲームで順位を決められなくなったと言って実際に喧嘩に発展するかもしれない。だから私たちはこのゲームの中で一番にならなきゃいけないの」
若葉の言葉を追随するように渉も言葉を投げかける。
「それにさっきの試合で龍ヶ崎君、相手の二人が突っ込んできた時に刀を握って倒そうって思ったでしょ?」
「あの時は必死で体が勝手に動いて、でも思うように動かなかったから...」
「それを悔しいって今思ってない?」
その言葉に俺はつい渉の顔を見てしまった。
今でも手に残る感覚、それに加えて頭の中や心臓辺りを蠢く胸騒ぎのようなもの
その時に渉に言われて改めて気づかされた。
俺は無意識のうちにさっきのゲームの世界に入り込んでいたんだ、この気持ち悪い感覚は何もできなかった自分に対しての憤りなのだと。
「試合はただ勝った者が強いってわけじゃない本当に強いのは悔しさを持った人間、その悔しさをバネにその人間は今まで以上に強くなれる。まぁ、これは僕じゃなくて剣道の先生が言ってた言葉なんだけどね... どうかな、僕が思うに龍ヶ崎君は強くなれると思うんだけど」
「龍ヶ崎くん、君にはそんな才能があると思う。だから僕たちと一緒にチームを組まない?」
渉の言葉が俺には突き刺さるようだった。
今回の試合のことだけじゃない、それまでの事を振り返っても俺は今まで悔しさや正しさっていうのを全て踏みにじって生きてきたんだとその時に思い知らされたようだった。
もしかすると、そんな俺でも戦うことで変われるのかもしれないとそんな風に思った。
「ああ、分かった」
俺が差し出した手に二人の手が覆いかぶさるように三人の腕は伸ばされた。
その日、篠川若葉、矢薙渉、龍ヶ崎一の三人は出会い大きく運命を変えることになろうとは知る由もなかった。




