Arrow of time
「凛」
龍ヶ崎がそう呼ぶと目の前の少女は微笑みを浮かべた。
「龍ケ崎先輩、この前の試合見ましたよ。見事勝ったらしいですね」
「なんだ、嫌味を言いにわざわざ寝ていた俺を起こしに来たのか?」
龍ケ崎はチラリと時計の針を見る。もう少しで昼休みも終わり告げるチャイムが鳴るかという時間
「むっ、私はそんな嫌味をいいに来たんじゃないですよ」
「それだったらなんなんだよ?」
「別に、ただ私は勝ったことをお祝いしに来ただけです」
「なんだそれ」
その間にも横を通り過ぎていく同級生の視線を釘付けに龍ケ崎は居た堪れなくなりとっとと話を終わらせようとした時だった。
「凛ちゃんも懲りないね」
龍ケ崎は後ろからの声に驚き振り返るとそこには同級生である若葉だった。
「また龍ヶ崎くんに毎日かまって、本当モノ好きだね」
「いや、別に私はそんなつもりはこれっぽっちも無いですから」
「そりゃあね、こんな男選ぶくらいならもっと他にもいるしね」
若葉がそう言うと目の前の二人はとても愉快そうに微笑みあった。そういえば俺がいない時にも何か話しているのを見かけたことがある
「おい、本人を目の前でなんてこと言ってんだ」
「ごめんって」
若葉はエクボが深くなる笑顔のまま手を二つ合わせて軽く謝る素振りをすると言葉を続けた。
「それでさ、私に一ついい考えがあるんだけど」
「いい考え?」
「そう、凛ちゃんが毎日来るのは龍ヶ崎くんと勝負したいからなんでしょ?」
若葉は視線を凛の方へと向けてアイコンタクトを送った。向けられた本人はその視線を感じて無言のまま小さく頷いた。
「それだったら戦えばいいんじゃないの?」
「いや、それは」
「だって龍ヶ崎くんどうせ今日暇でしょ?」
若葉の言うとおり俺は今日一日暇なのだが。
「でもな、渉や鴉野だって、それにお前だって何かあるんじゃないのか?」
「いやいや、渉くんも鴉野さんも今日は何も予定ないって言ってたし、私も特にないから大丈夫だよ」
「お前、図ったな」
龍ケ崎の問い掛けに若葉は何も言わずにただ笑うだけだった。
「あのな、俺は」
龍ヶ崎が否定的な言葉を言おうとした時、学生の声に混じって昼休みの終了を告げる鐘の音がなった、と同時に凛は呟いた。
「ああ、そうだ次は体育だから早く行かないとだ」
「おいちょっとまて、俺の話を...」
「それじゃあ龍ケ崎先輩と若葉先輩、今日の夕方に、場所は追って連絡しますから」
龍ヶ崎が制止しようとした時には本人も自負する自慢の脚力で廊下を駆け出しており、一階下の1年次へと続く階段を下っていく後ろ姿が見えるだけだった。
「あいつ、人の話を聞かないで行きやがった」
「だけど凛ちゃんだって一回試合をすれば諦めてくれるんじゃないかな?」」
「だからってなあ、俺に内緒で勝手に試合の段取り付けるのは」
「それは本当に悪かったと思ってる本当に」
若葉は笑顔を崩さない、それは本気で謝罪している時だってそうだった。
「わかったから、そんなことより俺たちも次は移動授業だろ早く行こうぜ」
「あ、そうだったね」
今思い出しても若葉はいつも笑顔を絶やすことは無かった。




