A boring day
「私が理由もなく龍ケ崎を呼び出したら悪いんですか?」
「もしそうだとしたらもう二度とお前には付き合わないだろうよ」
「そこまで言いますか…」
内海が口元を少し緩ませた。しかし、それは本心で笑っているので無く愛想笑いだ。
「まぁ、龍ケ崎さんの言うとおり理由はあります。お礼を言いたかったんです」
「礼だって?」
わざわざこんな所に呼び出したんだ、もっと重大な事だと思っていたのに、ある意味で予想を裏切られ思いもよらずに内海の言葉を聞き返してしまった。
「そうです、この前の対戦で私は命を助けてもらいましたからお礼をしないと申し訳ないと思ったんです。ですからお礼をします」
そう言うとペコリと上半身を折り曲げる、いつもの減らず口をいうのとは打って変わって素直にそしてしなやかに頭を下げるその仕草はギャップがありすぎて本当にあの内海なのかと疑ってしまうほどだ。
しかしいつまでも頭を下げられても困る。
「そんな事しなくていい。いちいちそんな風に謝られても困るだけだ」
そう言うと内海は素直に顔を上げた。こういうところは空気を読むのがうまいのだなと思った。
「俺は別に謝ってほしいわけでもお前に何かを求める為に助けたんじゃない」
窓の外の夕日は先程に比べてだいぶ地面へと近づいていた。それを見るとこの世界では時間が早く感じられる。
龍ヶ崎と内海はまたしても互いに沈黙しあった。
その間にも時間は流れ俺たちのゴンドラは観覧車を一周して乗車口にまで差し掛かったが目の前の内海は動こうとする素振りを見せなかったので相対的に龍ヶ崎も動くことはなくゴンドラに乗せたまま2週目に突入した。
そんな沈黙を終わらせるように内海はポツリと呟く
「私は死ぬ恐怖を背負ってこれからも戦わなければいけません。それを忘れようとしてもいざ戦いとなったら私はその恐怖に屈する事になると思います。だから、これは私の勝手なお願いなんですが、私の命を龍ヶ崎さんに預けたいんです」
夕暮れの西日を顔に受けた内海の瞳は潤んでいるようにも見えた。その言葉は内海にとってかなりの覚悟のいるものなのだろう。
「『Re: rights』のリーダーとして伝説のプレイヤーとして必ずこのトーナメントを優勝できると信じています」
力強く言い切った内海を見るとその顔は確かな自信に満ちていた。
俺は気を利かせようと口を開いたが、言葉はすぐには出てこなかった。ただ一つだけ分かる事は、自分の命を他人に預けるというのは言葉に表すことも出来ないくらいに恐怖だ。
太陽は地平線上にもうその姿はなくなっていた
それを見ながら龍ヶ崎は自分でも無自覚にふと言葉を発していた
「お前はあの大会がどうして伝説と呼ばれているか知ってるか?」
唐突に質問されたことで一瞬面食らった内海だったがその意味を深読みせず素直に質問に答えた。
「ええもちろんです、後に伝説と呼ばれる主な理由は2つ。一つ目はセカンドティーンを生み出した『AFW』の初めての公式世界大会ということでプレイヤーのみならず一般人からも注目された為、実際に当時はかなり熱狂的な盛り上がりを見せ社会現象を巻き起こしたからね。
そしてもう二つ目の理由、それがあの決勝戦での戦いです。世界各国の代表で競われたトーナメント戦を勝ち抜き決勝まで進んだクランは12組、決勝戦はその12組全員が同じフィールドで対戦する殲滅戦でした」
そこで内海は話をやめて目の前で外の景色を見ている龍ケ崎の事をもう一度見た。本当に裏がないのか確かめて表情一つ動かさない龍ケ崎の事を見ると慎重に口を開いた。
「しかし、試合が開始された直後のことです。決勝に勝ち上がった12組のクラン、その内の2つのクランを狙い撃ちにし始めました。最初は協力して敵を倒す、卑怯な手だとは思いますが案外よくある話なのかもしれませんね。案の定、狙い撃ちされたクランは2人に数を減らされ体力も残りわずか。そのためいち早く優勝候補から外されるはずでした。
だけどそれは違った、残った二人は体力が残り僅かな状況から38人の敵を倒し、劇的な優勝を果たした。伝説の大会と呼ばれるのは一つ目の理由も大きかったでしょうが一般的にはあの決勝戦での見事なまでの逆転勝利があったからだと思います」
内海は語り終えると疲れたのか少し肩の力を落とした。それを見ると龍ケ崎は内海の語りに言葉を付け加える。今まで内に秘めていたその言葉を
「あれは伝説なんかじゃない、ただの...」
そこで口を閉ざした、それ以上言っていいのかと自身に問いかける。
「なんですか、伝説じゃないって」
「いや、なんでも無いんだ」
口元に手を置き咳払いを一度すると今の話を変えようとさっきの内海の質問に答えた。
「さっきの質問に戻るがお前は今『Re: rights』のメンバーだ」
龍ヶ崎が問いかけると内海は無言で頷いた。
「俺は俺を信じる誰かに死なれるのは嫌なんだ、だから俺はお前の為に動きはしない自分の為に動く。ただそれだけさ」
言葉の受け取り方次第では自分勝手だと言われるかもしれない、しかし、その答えに内海は先程より表情を明るくさせたように思えた。
「ありがとうございます」
そう言ってまたしても体を傾けたのを龍ケ崎は視界の端に見て顔を綻ばす。
しかし、その表情の中、心の内ではあることを思っていた。




