Beginning of nightmare
「それは、日本代表として政府の代わりに世界大会で優勝して世界における日本の地位を上げさせろと、そういうことですか?」
「うん、まぁ間違ってはいないね」
さも当然のように言う蜂谷。その反応に俺は驚きながらも冷静に言葉を返す。
「俺は、そんな政治についてよくは知りません。VRMMOゲームが世界のパラメーターになっているなんて初めて聞きましたし、今回の大会についてもただのゲームの大会だと思っていたのに、裏にそんな事情があるなんて思いもしませんでした」
「そうだね。普通の人間である君が知らなくても当然のことだ。だけど今、僕たちは君のような才能のある人間に手を貸してもらって日本の地位を上げたいんだ」
「本当VRMMOゲームで世界の情勢までもが変わるなんて、夢にも見てない事ですね」
「ああ、その通り君が頑張れば日本が夢見ていたことが現実になるんだ。どうだい?僕たちに力を貸してくれるかい?」
「ええ、俺らは夢を叶えます」
「そうか…よかった君ならそう言ってくれると思ったん…」
「俺達『Re:rights』は今回の大会で優勝する夢を叶えます。でもそれは日本の為にじゃなく俺たちの為にです。だから俺達は日本代表としてではなく一つのクラン『Re:rights』として世界と戦うつもりです」
ゲームはいつだって自由で平等に誰とも気兼ねなく遊ぶものだ。そこにある人間に俺らは一喜一憂する。そこに国の地位やパラメーターなんて物はいらないし、俺の正義に反している。
俺は笑を浮かべて蜂谷を見つめた。本人は俺の言葉にうなだれるように視線を落として地面を見つめていたがやがてポツリと呟いた
「君は、本当にそう思っているのかい?日本代表としてではなく一つのクラン『Re:rights』として世界と戦うというのか?」
「はい、そうです」
「どうして、日本代表としてなら国内の期待を一心に受けることができるんだ」
「言ったでしょう、俺らは俺らの為に動く。別にほかの人間の歓声も期待も要らないんです」
俺の言葉にしばらく下を向いたままだった蜂谷は徐ろに荷物を持って椅子から立ち上がる素振りをしたので諦めたのかと思った。
しかし、それは諦めでもなく終わりではなく始まりなのだと、蜂谷が口にした言葉を聞いたと同時に悟った。
「それじゃあ、仕方がない…『J.L.Q』九十九くんの時はすんなり承諾したっていうのに、このままじゃあ日本としてダメになってしまう。僕としてはあまり好きじゃないけど交換条件といこう」
そう小さく呟いた蜂谷は下を向いていた視線を一転、俺を見ると言葉を続けた。
「君たち『Re:rights』にはいつも試合をするメンバーの他に外で見守っているもう一人のメンバーがいるだろう?」
その言葉に俺は寝ていた上半身を無理矢理に起こし、前のめりになって蜂谷のことを睨んだ。
「てめぇ!若葉に何をした」
「何、君たちのやる気を上げようと思って、ちょっとしたプレゼントを用意しただけさ」
言葉と同時にベッドから飛び降りて蜂谷に掴みかかろうとした。その瞬間だった、病室のドアが勢いよく放たれたたと同時にひとりの人物が病室へと入って来たと思いきやベッドにいた俺に目もくれずに蜂谷に近づきそのままスーツを掴むと大きな音を立てながら壁に押し付けた。
俺は、その突然の出来事に驚きながらも掴みかかった人物の顔を見て叫んだ。
「渉、お前どうしてこんなところに」
俺の呼びかけが聞こえないのか、渉は蜂谷を掴みかかったまま睨み続けるとそこに再びドアが開く音がすると、そこには鴉野と凛の姿があった。しかし誰ひとりとして今の状況を飲み込めないで俺は話を聞く状況ではない渉に変わって今来た凛と鴉野に言葉を投げた。
「お前たち帰ったんじゃなかったのか?」
動揺を見せながらも凛が口を開く
「うん…そうだったんだけど、病院を出るところで矢薙先輩とすれ違って。私たちは声をかけたんだけど聞こえなかったのか、凄い勢いで走ってたから何かあったのかと思ってついて来たんだけど…龍ケ崎先輩、これどういう状況なんですか?」
「いや、俺もわからない…」
「とりあえず矢薙、冷静になって状況を説明してくれ」
そう言って鴉野は依然として掴みかかっていた渉に歩み寄ると肩を叩いた。
しかし、興奮が収まらないのか渉はスーツを掴んだまま怒鳴るような声で口を開いた
「若葉が誘拐された!」
その言葉に一応に俺たち三人は驚き言葉に詰まった。誘拐という言葉が頭の中で駆け巡ると同時に俺は自分の携帯端末を取り出して若葉に電話をかけた。
しかし、結果は先ほどと同じ、着信音もならずに圏外か電源切れて出られないと言われるだけだった。
何度も何度も電話をする俺と同じく渉の肩に手をかけた鴉野は恐る恐る切り出す。
「どういう事だよ、篠川が誘拐されたって」
「今日の試合、龍ケ崎が倒れて会場が混乱してた時に観客席にいた若葉がこの男に腕を掴まれて連れてかれるところを見て追いかけたんだ。そしたら若葉が車に連れてかれそうになったから阻止しようとしたんだけど、こいつにスタンガンで倒されたんだよ」
渉に掴まれている蜂谷はその話をニヤニヤしながら話を聞いていた。
「外交に取って大事なのは相手を落とさせる交渉材料を揃えておく事だ。だから今回に関しても僕はそれらのことをしたまでだ」
「このッ!」
渉は掴んでいた両手から右手を離すとそのまま後ろに持っていくと力強く手を丸めて蜂谷の顔めがけて拳を振りかぶった。
だがその拳は蜂谷の顔の数センチで止まった。というのも後ろに立っていた鴉野が渉の腕をがっしりと掴み直前に抑えたからだ。
「少し冷静になれ」
鴉野の言葉に渉は腕の力を弱めた。それを見計らったように蜂谷は掴まれた手を引き剥がすようにしてスーツのシワを伸ばす素振りをすると言葉を口にする。
「懸命な判断だな。まぁ、そういう事で改めて聞くこともないが、今回の大会君たちは日本政府の代表として出場する気はあるかい?」
憎たらしい顔で俺らのことを見渡した蜂谷
その姿を憂いながら俺は体を支える腕と同時に言葉に力を入れた
「ああ、優勝して、お前をこの手でぶん殴ってやる」
「うん、いい返事だ。それじゃあまずは小手調べに今度の世界大会予選で勝って来てもらおうか。君たちには簡単な話だろう?何、拝借した君たちのメンバーには世界大会で優勝する危害を加えないさ」
「てめぇ…」
渉は再び拳を振り上げたがそれは再び遮られた。
というのも渉が殴るよりも前にその後ろにいたはずの鴉野が前に出てきて体重をかけて蜂谷に殴りかかったからだ。
「お、おまえ…」
地面に転がって言った蜂谷は顔を押さえ鴉野のことを睨むと、病室のドアが開いて騒ぎを駆けつけた患者や看護師、更には警備員の姿が確認できた。
そんな騒ぎの中で殴った鴉野は自分を睨む蜂谷を冷静に見てから渉に向き直った
「今度からは冷静に殴れよ」
それだけ言うと鴉野は駆けつけた警備員たちに両腕を掴まれる形で病室から出て行く
「クソッ…」
顔の右側全体を抑えながら立ち上がった蜂谷は残った俺たちを一様に睨むと野次馬が集まるドア付近の人々を乱暴にかき分け逃げるようにして病室から出て行った。
残された俺たち三人は騒ぎの中で呆然と立つことしかできなかった。




