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折れろ名剣! ベガルタさん!

新米警察官の二条ツカサはある日、新たにできた課に配属されることになった。スーパー聖剣&魔剣大戦課である。


※この作品は剣の物語、『吼えろ聖剣! エクスカリバーさん!』の二次創作です。この度は原作者であるワタユウさんから許可を頂いて執筆、投稿しております。

「お願いします、マスター。私、もう限界です」


 潤んだ瞳。朱に染まった頬が前面に押し出される。

 女の顔から逃げるようにして二条にじょうはたじろぎ、狭い交番の端っこへと追い詰められた。


「い、いや! でも、そんなことをしたら!」

「先っちょだけ! 先っちょだけでいいですから!」


 正面で顔を押し出してくる女の笑顔が三日月形に吊り上る。

 襟をきつく締められ、二条はノックダウン寸前だ。顔色もどんどん青くなっていく。客観的に見て、危険な状態の一歩手前だった。

 そんな寸劇が繰り広げられている中、呑気な声が交番に響く。


「フッ、備品を壊すなよ」

「先輩! 見てないで助けてくださいよ!」

「フッ、やっぱりこち鶴は最高だぜ。これを読みながらのモーニングコーヒーが、俺の喉を潤すのさ」

「勤務時間中に週刊誌を読むなよ!」


 振り返りもせず、自分の席で漫画を読み進める先輩警官。

 二条はそんな彼に対して非難の声を浴びせたが全く気にする様子はない。頼りにならない先輩であった。


「マスター!」


 よそ見する二条の顔を掴み、女は再び自分の顔へと近づける。

 僅かに伝わる熱っぽいなにかが、二条に伝染していった。気付けば、二条も顔が赤い。彼は女性経験が浅いのだ。ピュアボーイなのだ。文字通り、鼻の先に女の子の顔が近づいて来ては冷静ではいられない。


「私を、折ってください!」


 ロマンもへったくれもない言葉が放たれた瞬間、二条の熱は一気に冷めていった。








 ここ最近、日本各地で犯罪が多発している。

 元々ニュースには事欠かさない国ではあるが、それでも常人には理解できない事件の数がここ数日でぐんっ、と上がっているのだ。


 街全体を襲う大火事。


 下半身パンツ一枚のマッチョマンの出現。


 拳銃を回避する男による銀行強盗。


 上半身シャツ一枚のマッチョマンの出現。


 学校を襲撃するハイジャック事件。


 そして、街中に現れてはTバックを披露するマッチョマンの出現。


 毎日がこういった犯罪のバーゲンセールだ。世は正に世紀末である。

 だが、人々の平和は辛うじて守られていた。お金はケツを吹いてもあまりある価値を発揮し、モヒカン率が異様に高くなったりはしていない。

 日本の平和を守るお巡りさんは無能呼ばわりされつつも、こういった犯罪者たちと日夜戦っているのだ。例え一部の汚職が世間に露呈し、良い子の信頼を一気に失おうとも戦っているのだ。


 新米警察官、二条ツカサもまた、こういった犯罪に立ち向かう男の一人だ。

 だが、新米の仕事なんかたかが知れている。精々、迷子の道案内をしてあげる程度なのだ。普通なら。


 二条の『普通』はある日、突然ぶち壊された。

 警察上層部は多発する犯罪の発端。その一因を知ったのである。


 スーパー聖剣&魔剣大戦。

 神話などで名を馳せた様々な剣が現世にて出現。誰が一番強い剣なのかを決めようと、この現代で『戦争』がおこってしまったのだ。

 剣は担い手を選び、契約を結んだ者は常人には理解しがたい身体能力を得る。

 ここ最近の事件は、大体身体能力が上がり過ぎた一般市民がおこした事故。あるいは大戦に巻き込まれたことによる人的災害が殆どだった。

 パンツ一丁のマッチョマンによる告白は、警察本部を大いに混乱させたものである。

 

 なにが問題かと言うと、暴走する担い手達を抑え込む手段がないのだ。

 いや、数で取り押さえたり銃をちらつかせればある程度はこちらのことを聞いてくれる者が大半ではあるのだが。それでも暴走しっぱなしの担い手は、必ず出現する。

 もしも彼らが本気で暴れてしまえば、警察はひとたまりもないのだ。


 そこで日本警察はある日、特別措置を施した。

 日本各地に存在する警察の数は多い。その中に担い手が出てくれば、特に大戦が勃発している地域へ回そうという流れがおこったのだ。

 これこそが新部署、『スーパー聖剣&魔剣大戦課』である。

 そして新人警察官、二条ツカサは担い手に選ばれ、晴れてこの部署に所属されたのである。


 こうして二条は契約済みの名剣、『ベガルタさん』を携えて日本の平和の為に戦う事を誓ったのだ。


 ところがどっこい。

 部署のドアを開けてみれば、そこには週刊誌を広げている上司が一人だけ。

 しかも彼は担い手ではなく、あくまで交番の管理を任されている者らしい。要するに、日本警察各地を探した結果、配属されたのは二条ただ一人だけだったのである。


 そして、話は冒頭へと戻ってくる。


「どうしたのベガルタさん! いきなり折ってくれだなんて!」


 襟を掴み、小さな頭を二条の口元に押し付ける少女。

 彼女こそが二条の剣、『ベガルタさん』の姿であった。聖剣、または邪剣は人の肩に乗るサイズに擬人化することができるのである。しかも羽まで生やして。

 世間一般でいえば、こうした姿が妖精などと比喩されるのだろう。


 しかし、折ってくれと言うのは解せない。

 このスーパー聖剣&魔剣大戦において、剣を折ることは敗北に繋がるのだ。


「ドMの聖剣か。フッ、中々面白そうなのを引いたな、新人」


 やはり振り返る事も無く、先輩警官は週刊誌を読みながら言った。

 二条は華麗にスルーした後、ベガルタさんを押しのけて深呼吸。


「ベガルタさん。君は契約する時に言ったよね。聖剣は滅多な事では折れる事はないから、担い手はなるだけ担い手が倒した方がいいって」

「はい。確かに言いました」


 目元に涙を浮かべ、ベガルタさんは言った。

 

「でもマスター。私の神話を御存知ですか?」

「ベガルタさんの神話?」


 顎に手を当て、考えてみる。

 言っちゃあ悪いが、たまに聞くエクスカリバーとかと比べてもそんなに聞くことはない。

 代わりに答えてくれたのは、さっきから漫画を読んでいる先輩警官である。


「フッ、イノシシ相手に刀身を折られちまった可哀そうな伝説さ」

「ひぐぅ!?」


 トラウマを持っているのだろうか。

 現代に現れる前の痛い記憶を掘り起こされ、ベガルタさんは激しく狼狽えた。


「イノシシ怖いイノシシ怖いイノシシ怖い」


 がたがたと震え始め、部屋の隅っこで体育座りを始める名剣、ベガルタ。

 その姿は、なんとも頼りのない物であった。


「でも、折られた時。ちょっとドキドキしたんですよ……今から少し楽しみです」

 

 つい先ほど頼りないと記述したばかりだが、撤回しよう。

 顔を赤らめ、いやんいやんと顔を振るベガルタさん。その姿は、ある意味とても逞しくあった。

 訝しげに妖精さんを見やりつつも、二条はベガルタさんの歴史に足を踏み入れる。


「先輩。それマジっすか」

「フッ、大マジだぜ。ついでに言えば、元の持ち主はモラルタっていう名剣やガジャルグっていう槍も持っていたって話だ。どっちかっていうと、ガジャルグの方が有名じゃねぇのかな」


 先輩警官は意外とその手の話題に詳しかった。

 よく見れば、近くの本棚には『萌えっ娘神話武器大全』なるものが置いてある。


「よくそれで名剣だなんて言われましたね」

「ぐっさぁ!?」


 ベガルタさんのガラス細工の心に、鋭利な言葉が突き刺さる。

 吐血し、ゆっくりと倒れこむ名剣。

 しかしながら、交番にいる二人の警官はやはりこれをスルー。


「フッ。ベガルタの伝説は、イノシシに刀身を折られたところから始まる。元の持ち主は、残された柄でイノシシを倒したって話だぜ」

「へぇ。じゃあ、ベガルタさんは折れた後にパワーアップするんですね」


 過去の持ち主が残された柄でイノシシと戦い、撃破したのはベガルタさんを象徴するエピソードであった。その時の逸話が、現在のベガルタさんの能力を構成していると考えていいだろう。


「フッ、持ち主はその時の傷が原因で死んじゃったけどな」

「ダメじゃん!」


 二条は力の限りツッコんだ。

 その理論で行けば、ベガルタさんは諸刃の剣もいいところである。真の力を発揮しても、担い手が死んでしまっては割が合わない。

 しかし、ベガルタさんはそれでも選ばれた名剣だった。例え姉妹剣であるモラルタさんが一閃で相手を吹っ飛ばす切れ味を誇っており、自分がイノシシにへし折られてしまったとしても。

 それでも名を馳せた、ヒロイックな名剣なのだ。


「だ、だからこそ私は今回のマスターを力の限り助けると決めたのです」


 吐血しながらも起き上がるベガルタさん。

 その瞳には、確かな決意の炎が宿っていた。


「マスター! 今、先輩さんがお話しした通り。私は折れないと役に立たない屑です! 鉄クズです!」

「作ってくれた人が泣くから、あんまり自分を卑下しない方がいいよ」


 ベガルタを作った職人さん、ごめんなさい。


「でも、名剣ってそう簡単に折れるものじゃないでしょ。自分でそう説明したじゃない」

「説明しましたが! それでも私がマスターの身をお守りする為には、常時スーパーベガルタさんである必要があるのです!」


 金色のオーラでも出るのかなぁと思いつつ、二条は頭を掻いた。

 ベガルタさんの意気込みは伝わった。彼女は前世での不幸を強く呪い、マスターを守る事に命を懸ける覚悟がある。

 だが、若干周りが見えていない気がした。

 二条はベガルタさんの矛盾を指摘していく。


「さっきも言ったけど、剣が折れたら失格なんじゃないの?」

「先っぽだけならOKです!」


 原作者のワタユウさんからもそういう返答が来たから、そうなんだと思う。

 

「ベガルタさんがそう言うなら間違いないんだろうけど……どうやって折る気なんだ?」

「フッ、一般的に考えたら折れた時と同じ衝撃を与えたら確実な筈だぜ」

「はい。間違いなく失格になりますね」


 ちょっと面倒な事に、先っぽを折るレベルで抑えなければベガルタさんは真の力(仮)を発揮できないのだと言う。しかも聖剣自体、滅多な事では折れない。

 とはいえ、前世の怨敵であるイノシシを用意できるわけもなく。

 

「とにかく、私が真の力を出すには先っぽだけもイッちゃわないといけません」

「折れなきゃ力が出せないって、剣としてどうなの」

「言わないでください」


 非常に情けない話である。

 折れたら負けのゲームにおいて、折れなければ力を発揮できないとは。常に敗北必至の環境で担い手(恐らくマッチョ)と戦わなければならないのである。

 リスクを少しでも減らす為、己の身をあらかじめすり減らしておくのが一番好ましいのだ。

 ただし、くどいようだが剣は滅多な事では折れない。


「フッ、結局のところだ」


 次の雑誌を手に取った先輩警官が、ふたりを見やる。


「なんとか先っぽだけでもこの娘をへし折って、なるだけ戦いを有利にしろってことだ」

「方法はあるんですか?」

「フッ、化学班がベガルタさんに色々と実験をしてみたが、ことごとく失敗した」


 やっぱりだめなんじゃん。

 世間一般では汚職の宝庫とさえ言われている警察だが、国民を守る為に様々な訓練や発明が繰り広げられている。その中でも化学班は現代科学を用いて証拠を調べ、犯人逮捕に貢献しているのだ。その技術は常に最先端である。そんな彼らがお手上げなのであれば、20年とちょっとしか生きていない二条が何をしたところで無駄と言う話なのだ。


「因みに、どんな実験が行われたんですか?」

「フッ、塩酸に突っ込ませてみた」

「あれはダメですね。すっごく熱いって聞いてたんでドキドキしましたが、あの程度のぬるま湯ならイノシシの唾液の方がマシです」

「更に、電流を流してみた」

「あれもダメですね。身体中に衝撃を感じると聞いてたんでワクワクしたんですが、あの程度ならイノシシの体当たりの方がマシです」

「次に、納豆に漬けてみた」

「あれはダメですね。匂いが凄いかもって言われたのでウキウキしてたんですが、あの程度ならイノシシの糞の方がマシです」

「最後にはマッチョに御神輿をさせてみた」

「あれもダメですね。屈強な筋肉男たちが取り囲むから、むさくるしいと思ったのでバッチコイな体勢だったのですが、あの程度ならイノシシの体臭の方がマシです」

「そうなんだ」


 壮絶すぎる実験結果とイノシシの脅威を前にして、二条は真顔でそう答えた。

 果たして化学はどこに行ってしまったのだろう。マッチョ男はいかなる化学だというのか。日本警察の化学班は大丈夫なのか。

 そんな考えが頭の中をぐるぐると駆け回っている。

 尚、イノシシによって鍛えられたベガルタさんの鋼の精神についてはなにも触れなかった。


「でも、そこまでやったんなら無理だよ。俺にベガルタさんを折ることはできないって」

「どうしてそこで諦めるんですか! もしかするとマスターの筋肉が聖剣に選ばれた逞しきマッスルボデーかもしれないじゃないですか! さあ、早く脱いでください!」

「止めてよ! なんで上着を掴むのさ。やめろって!」

「フッ。早速肌で語り合う仲になったのか。嫌いじゃないぜ」

「止めてよアンタも!」


 そんなやり取りをしている内に、だ。

 聖剣&魔剣大戦課の電話にコールがかかった。先輩警官が受話器を取ると、漫画から目を離さないまま『はいこちら大戦課』と業務的な声で対応する。

 どうでもいいが、大戦課ときくとこれから戦争にでも行くのかと思ってしまう。ベガルタさんたちにとっては立派な戦争なのだが。


「はい。はい……わかった。全裸だな。了解、これから担い手を向かわせる。向こうにはブリッジでもさせておけ。じゃあな」


 先輩警官が受話器を置いた。

 彼は面倒くさげに溜息をつくと、週刊誌を閉じる。


「喜びな、新人君。早速お前の出番だ」

「本当に担い手なんですね?」


 気のせいでなければ、全裸がどうのこうの言ってた気がする。

 体のいい変態駆除係だと思われないか、ちょっと不安になった。


「フッ、そこは間違いない。相手は全裸だ。これは今まで逮捕されてきた担い手の特徴と一致する」

「それはまあ、全裸なら逮捕されますよね」


 まあ、いずれにせよ、だ。

 相手が犯罪者なら警察の出番である。これまで警察が逮捕してきた担い手は、その殆どが他の担い手と戦って敗北した負傷者であった。それだけ戦いが激化し、一般市民に迷惑をかけていることになる。

 全裸も然りだ。

 例え謎のルールで自然と全裸になってしまう呪いがかけられたのだとしても、服の着用は社会のルールである。ゆえに、全裸は逮捕されなければならない。


「フッ、いずれにせよ敵は待ってくれないぜ。逃げられる前に犯人を確保するんだ」

「はい!」


 初仕事を前に緊張しながらも敬礼する二条。

 そんな彼の服を懸命に脱がしにかかるベガルタさん。小さい妖精さんが、新米警官の二の腕をぺたぺたと触ってきた。

 

「マスター、30点」


 二条は深く傷ついた。







 現場に急行した二条と先輩が、パトカーから降りる。

 すぐ目の前には野次馬と警官が取り囲んでいる謎の円があった。恐らく、あの中央に全裸(担い手)がいるのだろう。

 ふたりはサークルに近づくと、近くの警察官へと挨拶する。


「大戦課の二条です。お疲れ様です!」

「あ、お疲れ様です!」

「フッ、ご苦労だな。それで、全裸の様子は?」

「はい。全裸は今のところ、他の担い手をおびき寄せる為に目立つ格好をしているらしいです。ほら、今もああやってブリッジをやっています」


 彼が指差す方向に視線を向ける。

 思いっきりブリッジをしている全裸のマッチョマンがいた。おへその上には、聖剣らしき一本の剣。

 そして足の間には激しい自己主張をするもう一本の――――いや、これ以上はよそう。


「よし、後はこっちの担い手に任せてお前らは市民の安全を確保するんだ。俺はコンビニで週刊少年チャンポンを買ってくる」

「わかりました! では二条さん、こちらへ」

「待てよ! なんでアンタはこの人が普通にサボろうとしているのを見逃すんだよ!」

「下っ端ですから」


 新米警官、二条。社会の闇を見た気がした。

 彼の右手に握られたベガルタさんが呟く。


『さあマスター! 遂に実戦ですよ。私が言ったことを忘れないでくださいね!』


 その一言を受けた二条が表情を切り替える。

 ここからが正真正銘の実戦だ。今更言うまでもないが、彼はこれまで他の聖剣と戦ったことはない。はじめての大戦である。

 しかも勝つ為の条件として、ベガルタさんを折らなければならない。

 一歩間違えたら殺されかねない悪条件を背負いながらも、二条は担い手に向かって歩いていく。


 ギャラリーが二条を確認すると、次々と口を開いた。


「おい、みろよ。聖剣がいるぜ!」

「と、いうことはあいつも担い手か!」

「あいつも脱いだら凄いのかな……」

「ああ、間違いない筈だぜ。これまでニュースで見てきた担い手たちはみんな半裸だったが、同時にマッチョだったからな」

「筋肉がある方ってステキですわ……」

「ママー、なんであのお兄ちゃん服を脱がないの?」

「しっ! 見ちゃいけません」


 おいおい、坊主。指差すのを間違えてないかい。

 心の中でそう突っ込みながらも、二条はブリッジを続ける担い手を見やる。

 彼も二条の存在に気付いたようだ。にかっ、と笑みを浮かべながら彼は跳躍。生まれたままの姿で太陽に照らされると、アスファルトの上に着地する。


「待ってたぜ。最近、警察で担い手がいるって聞いたからな。こうして目立つ格好をすれば、嫌でも出てこざるを得ないと思ってんだよ」

「はぁ」


 聖剣で肩を叩きつつも、男はフレンドリーに話かける。

 見た目は二十代くらいだろうか。ボディビルダー並みの筋肉と、小麦色の肌色を曝け出したその姿は二条の予想を超えて暑苦しい。早い所服を着てほしい。

 ついでに言うと、やはり足の間で激しい自己主張をしている――――いや、やはりやめよう。


「さあ、早速おっぱじめようぜ!」

「くっ! やっぱり服は着てくれないのか」


 露出魔の異様な気迫に圧されつつも、二条はベガルタさんを構える。

 全裸は剣を振りかざすと、二条へと飛びかかった。再度、男の生まれたままの裸体が太陽に照らされる。胸板の汗に反射して、まばゆい光を放った。

 

「うわぁっ!?」

『ま、眩しい!』


 強烈なフラッシュである。

 突然の光による奇襲を受けた二条とベガルタさんが、立ち眩みながらも逃げ回る。二条がいた位置に、全裸の塊が叩きつけられた。

 コンクリートが裏返り、土が宙を舞う。

 全裸は叩きつけた剣を再び構える。


『あれが敵の剣の力ですか! 強敵ですね』

「強敵だけど、剣の力じゃないと思うぞ!」

「よくぞ見抜いたな警察の聖剣! これこそが俺とマイソードの力、シャイニングフラッシュだ!」

「嘘でしょ!?」


 予想だにしなかった返答を受けて、二条が力の限りツッコんだ。


『ご安心ください。勿論嘘です』

「なぁんだ。よかった」


 相手側の聖剣があっさりと認めてくれたことに、二条は心の底から安堵した。


『そしてマスター。私で肩を叩くのはやめてください。聖剣なんですけど』

「いいじゃないか、聖剣マッスルソード」

『私はそのような名前ではありません。耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい。私の名は――――』

『隙ありいいいいぃぃぃぃぃ!』


 ベガルタさんが吼えて、二条が突っ込む。

 邪魔しちゃいけない気がしたが、明らかに好機であった。それを逃すほど、二条は余裕を持っているわけではない。


『貴様、私の自己紹介を邪魔する気ですか!? 恥を知りなさい! そして聞きなさい。私の名は』

『マスター、敵は狼狽えています! このまま押していけば、意外と勝てちゃうかもしれません!』

『こら! 聞きなさいってば!』


 嘆く聖剣マッスルソード(仮)。

 彼女が自己紹介する間もなく、全裸は次の言葉を放った。


「案ずるな、マッスルソード。勝つのは俺と、お前だ! この筋肉と熱い血筋、そして脱ぎ捨てたブリーフに誓って!」

「脱ぎ捨てんな!」


 立派な変態行為なので、良い子の読者は絶対に真似しないでいただきたい。

 

「いちばぁあああああああああああああん!」


 どこかで聞いたことがある掛け声をあげると、全裸は力の限り前進。

 交差している剣圧が、徐々に圧され始めた。


「ぐ、う……!」


 踏ん張る二条。


『あ、もっと! もっと力を踏み込んで! あとちょっとで私、イッちゃうかも!』


 喘ぐベガルタさん。

 緊迫感あるシーンが台無しだった。


「ちょっとベガルタさん! どっちの味方なの!?」

『そりゃあもちろん、マスターの味方です!』

「そんな小さな剣を味方につけても、俺とマッスルソードの前では紙切れ同然だ!」


 全裸がマッスルソードでベガルタさんを弾く。

 直後、筋力に物を言わせた縦のフルスイングがベガルタさんに迫った。反射的にベガルタさんを握る両手をひっこめる二条。

 

『いぎっ』


 ベガルタさんから悲鳴が漏れた。

 同時に、大地に叩きつけられたマッスルソードがコンクリートを砕く。至近距離で衝撃を浴びた二条は、軽く吹っ飛ばされた。

 地面に叩きつけられ、何度か転がりつつも意識は失わない。

 彼はベガルタさんを見やった。


 切っ先がポッキリと折れていた。

 刀身の、刃先と言える部分。人間で例えれば頭の部分が、見事に削り取られていたのだ。


「べ、ベベベベベベガルタさん!? 生きてる!? アーユーオーケィ!?」

『あ、アイムオーケェ』


 なぜかカタコトな英語でやり取りした後、ベガルタさんは震える口調で言う。


『Oh、Yeah……! 身体が痛いです。いってぇですよマスター! たぶん』

「たぶん!? 大丈夫なのかそうでないのか、はっきりしよう!」

『実は聖剣って、剣のままだとダメージをあまり感じないんです。実際に痛みが走るのは、擬人化された時なんですね。楽しみです!』


 なんで楽しみにしてるんだよ。

 心なしか、テンションも妙な方向へとぶっ飛びつつある。


「ちっ、逃したか!」

『マスター、敵は混乱しています。とどめを刺すことを提案します。そして私の名前を正しく認識することを提案します』

「よかろう。今日の勝利を筋肉とお前に捧げてやる。行くぞ、マッスルソード!」


 情熱的だけど、ちょっと嬉しくない台詞であった。

 全裸はマッスルソード(仮)を構えると、再び突進。切っ先の欠けた、瀕死ともいえる状態の聖剣とその担い手に向かって襲い掛かってくる。


『知らないんですか?』


 向かってくる全裸とマッスルソード(仮)に向かって、ベガルタさんは小さく呟く。

 直後、ベガルタさんの小さな刀身から紫色の光が溢れ出した。アメジストを思わせる不気味な輝きが二条を包み込んでいく。


「こ、これは――――!?」


 反射的に、二条は理解する。

 これだ。ベガルタさんが散々言ってきた、折れた後の超パワー。

 身体の奥底から、湯水のごとく溢れ出てくる力を確かに感じつつも、二条は思う。


 いける。

 今なら、イノシシが相手でも勝てる。


 その確信を持ちながらも、二条はベガルタさんを一閃させた。

 横一線に振り抜かれた紫色の光が、鞭のようにしなって全裸に襲い掛かる。マッスルソード(仮)が迎撃にかかる。刀身が紫色の衝撃波とぶつかった。


「な、なに!?」


 そのまま叩き折るつもりだったのだろう。

 力の限り踏み込んだ一撃は、しかし。全裸の予想と自信を裏切り、マッスルソード(仮)を押し返す。


『私、折れたら凄いんですよ』


 全裸の巨体が宙に放り投げられる。

 紫色の衝撃に飲み込まれた彼は、額から流れる汗をぶちまけながらもアスファルトに叩きつけられた。マッスルソード(仮)がからん、と音を立てながらそれに続く。


「確保おおおおおおおおおおおぉ!」


 一撃でボロボロになってしまった全裸の姿を見て、勝負は決したと判断したのだろう。警官の群れが押し寄せ、全裸を確保する。

 彼は警官たちに担がれ、呼吸を荒げつつも二条を見る。


「ふっ、負けたぜ。完膚なきまでに、俺達の負けだ」

「は、はぁ」


 思ったよりも潔い態度に、二条は思わず間抜けな返事を返した。

 全裸は笑みを浮かべながら言う。


「敗者は大人しく去るのが信条だ。もうお前に戦いを挑まないよ。後、これからはパンツをはくことを誓おう」

「それ以外のもちゃんと履けよ」


 全裸は頷かなかった。

 彼は二条の注意を受け入れることなく、そのままパトカーに詰め込まれる。


「フッ、やったじゃねぇか新人」


 半目でパトカーを睨む二条に、声がかけられる。

 先輩だ。彼はコンビニで買ってきた週刊誌を読みながらも、二条に言う。


「これでお前は担い手を倒した男として、警察でもアピールする。これからは忙しいぞ、覚悟しておきな」

「せめて漫画を置いてから話してくれませんか」

「フッ、ウチの家訓なんだよ」

「そんな家訓捨てちまえ」


 いずれにせよ、だ。

 無事、仕事を果たすことは出来た。ベガルタさんも丁度いい具合に折れて、真の力を発揮できる。

 これなら他の担い手が来ても、ある程度は戦っていけるだろう。経験を積み、二条が自信に満ちた表情を見せた。


『あの、マスター?』


 ベガルタさんが話しかける。

 彼女は言い難そうに躊躇いつつも、剣の姿のまま二条へと言った。


『言い辛いのですが、聖剣には自己修復機能が備わっています』

「え?」

『なので、私のこの傷も暫くすれば治ります』


 だから、


『これからも頑張って私を折ってくださいね、マスター』


 こうして、新米警官の二条ツカサと聖剣ベガルタさんの戦いの幕が切って落とされた。

 その後、彼らが無事にこの大戦を生き抜いたのかは定かではない。


 ただ、警察に残された資料によれば。

 二条ツカサは初陣で放った強力な一撃が原因で服が吹っ飛んでおり、すっぽんぽんになってしまったとある。同時に、ギャラリーの期待を裏切る貧相な体つきだったので、激しいブーイングの嵐が巻き起こったのだという。心無い市民の暴言は新米警察の心に深い傷をつけた。


 だが例え市民からブーイングを受けて挫けてしまっても、立ち上がれ二条ツカサ!

 折れろ、ベガルタさん!


 日本の平和は、君たちの手にかかっている!

 力を制御しきれない担い手と全裸とマッチョマンから平穏を取り戻せ!


 これはある新米警官とちょっとMな聖剣による、アブノーマルバトルサーガである。

 

二次創作を許可していただいたワタユウさんに感謝と愛と筋肉を!

エクスカリバーさん二次創作は小説家になろうにて数多く確認されています。気になる方は是非とも探してみましょう!

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