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NEVER  作者: 管野緑茶
4/20

突撃! となりの被害者!!



「っつーかお前は驚きすぎだろ」

沖野の家に向かう道中、白羅はぼそりと呟いた。

「え? 何が?」

白羅の前を歩いていた弥生は不思議そうに振り返る。首にかかっている金髪が昼時の太陽に照らされきらきら輝く。

光る金髪に目を細めつつ、もう一度白羅は言った。

「だから、俺が我儘聞いてやるって言ったとき、お前宇宙人見たような顔してただろ」

いくらなんでも驚きすぎだろ、と口をへの字に曲げる。

不服そうな白羅の顰めっ面を見た弥生は「ああ……」と呟いて立ち止まった。

「だって、国島が寛大なことなんか五十年に一度くらいしかないだろ? びっくりしちゃって。吐くかと思った」

「いや、半世紀に一度はないわ……いや、ホントねぇわ!! つか吐くな!」

「うるさいなぁ。ほら、ついたぞ」

耳を塞ぐ真似をしながら、弥生は目の前の家を指差した。

白羅は弥生が指差した方向に視線を向ける。

弥生が示した目の前の家は、大きくも小さくもないよくある一戸建てだった。クリーム色の壁と橙色の屋根が可愛らしい。

庭先にはピンクやらオレンジの花が咲いていて、ちょっとファンシーな雰囲気だ。

「……ここか」

「ああ。ここだ」

「……お前の指示通りに動くからな。ヘマすんなよ」

白羅は緊張に口元をひくつかせる。

「それはどちらかというと俺の台詞だろ。そんな強面じゃ沖野をビビらせるだけだぞ」

顔を歪めた白羅に、弥生はため息混じりに忠告する。

弥生なら、こんなとき緊張を顔に出さないだろう。それどころか緊張しもしないだろう。しかし目つきと口義があまり宜しくない白羅は他人と話すのは得意ではない。

ただでさえ人付き合いが得意ではないのに、今回は幼馴染みの幽霊を連れての尋問だ。しかも尋問の相手は初対面の人間。色々と気が気でない。

「上手く聞き出せるかわかんねェからな」

思わず弱音を吐いてしまう自分に嫌気が差す。

――ヘタレって言われても文句言えねぇな……

白羅がいよいよ自暴自棄になりかけたその時、何かに頭をパシンとはたかれた。

「っ?」

軽い衝撃ではあったが、いきなりのことだったので白羅は目を瞬かせた。

衝撃が飛んできた方向に視線を送ると、爪先立ちをしている弥生と目があった。

「なんて情けない顔してるんだ」

白羅の頭をはたいたのは弥生だった。まだ頭の上に弥生の白い手がのっている感覚がある。

「……いてェよ」

「お前がしっかりしないからだろ。……いや、そのヘタレ顔のほうが沖野も喋りやすいかもな」

「お前なぁ……!」

「取り敢えず行ってこい!」

「うおっ!」

頭の次は背中を思いきり叩かれ、思わずよろめく。

あいつは俺を殴れるのになんで俺は襟首つかむことすら出来ねぇんだよ、と不満を抱えながら弥生を睨み付ける。

「テメェ……いつかぶん殴ってやるからな……!」

「そりゃ何年後の話だ? いいからシャキッとしろ」

相変わらず上から目線な弥生は顎で沖野宅を指し示す。

「目撃者がお待ちかねだ」

「わかってんよ! ったく、ガミガミうるせェ野郎だな……」

「……は?」

白羅の最後の一言に、弥生の顔がひくりと痙攣した。

どうやら再び頭の中でゴングが鳴ったらしい。

「………」

口を閉ざした弥生は、身体を回して白羅に背を向けると、目前に現れたインターホンをキッと睨み付けた。

すると、風が強く吹いたのと同時にチャイムがピンポーン! と高らかに鳴り響いた。

「ンな!?」

殴られた背中を擦っていた白羅は、生でポルターガイストを見たことより心の準備が出来ていないのにインターホンを押されたことに奇声をあげる。

「何してんだ!」

「こうでもしなきゃ、お前いつまでもグズグズしてるだろ。有り難く思え、このヘタレ野郎」

「ふざけんな馬鹿! お前って奴は何でいつもそう……」

自分勝手なんだよ! と叫ぼうとしたその時、玄関の扉がガチャリと開いた。

「っ!」

白羅は咄嗟に振り向いた。

焦げ茶色の扉を開けてひょっこりと出てきたのは、小柄の40歳後半くらいの女性だった。恐らく沖野の母親だろう。

一人で何も無いところに怒声を浴びせている白羅を見てきょとんとしている。

「あら……どちら様?」

「あ、あ~……こんにちは……」

決まりが悪すぎる白羅はゆっくりと姿勢を正して頭を下げる。

(タダシ)くんの、お、お母さん、ですか?」

「ええ。そうですけど」

沖野母はまだ不思議そうにそう応える。

「俺、忠くんの友達の国島っていいます。忠くんいますか?」

白羅は口元が引きつるのを押さえつつぎこちない笑顔を浮かべ、弥生に言われた通りの台詞を口にする。言い慣れてない言葉に舌を噛みそうになる。

すると、その固いはずの作り笑いに、沖野母はポッと頬を染めた。

「まぁ~! 忠の友達にこんなにカッコイイ子がいたなんて! どうぞ入って入って!」

そう叫ぶと、沖野母はその小柄な体からは想像できない力で白羅の手を引き、家へと招き入れた。

「ちょっ……!?」

あまりにもすんなり受け入れられ(というか引っ張りこまれ)、白羅は若干冷や汗をかく。

連れ込まれた沖野宅は、やはりごく普通の内装だった。きちんと片付けられていて、清潔な印象を覚える。ほのかに花の香りもする。

「ごめんねぇ、今あの子ちょっと引きこもり気味だから少し待っててもらえる?」

「あ、はい」

愛想のいい笑顔を浮かべたまま、沖野母は二階へと上がっていった。

「……はあ」

白羅はホッと一息つく。もっと時間がかかると思っていたが、何とか侵入できて一安心だ。舌を噛みそうになりつつも弥生の指示通りに喋ることもでき、第一段階はクリアだ。

笑顔って最強だな、などと考えていると、ちょんちょん、と後ろから背中をつつかれた。

「……何だよ」

もう慣れっこな白羅は驚くことなく振り向く。

そこには、やはり弥生が立っていた。

「あんまりこういうとこじゃ話しかけんなって」

「わかってる。ただ、上から嫌な匂いがするから、伝えておこうと思って」

白羅以外には聞こえないはずなのに、弥生は小声で囁く。

「嫌な匂い?」

弥生の意味深な言葉に白羅は鼻をひくつかせる。

「……花の匂いしかしねぇ」

「そういう意味じゃねーよ。バカ。嫌な気配がするって言ってんだ」

「バカは余計だっつーの。ってか、何だよ、気配って」

「うーん。多分だけど、沖野は通り魔に襲われて相当ダメージを受けてる。その負のオーラ的なものが匂ってんじゃないかと思う」

顎に手を添え、考える素振りを見せる弥生。使い古されたポーズのはずなのに全く嫌味ではなく、よく漫画なんかに出てくる探偵のようだ。

「かなり重々しい感覚だ。きっとかなり病んでる」

「……ってことは……」

「聞き出すのは少し難しいかもな」

「マジかよ……」

あーっ、と白羅は頭を掻きむしる。

悶絶する白羅に、弥生はふふ、と笑う。

「まあ、いざというときは俺がサポートするから気にするな」

「気にするなって……」

「うん、俺から言ったんだけど」

また弥生は笑う。さっきからにやにやして何やら楽しそうだ。

「なんか、探偵にでもなった気分だな、ワトソンくん」

「お前がホームズかよ。ったく、お気楽な……」

奴だな、と続けようとしたとたん、突然声をかけられた。

「国島くん」

「うぉはい!」

今度こそ驚いて妙な返事をしてしまう。

見ると、二階から降りてきていた沖野母がちょいちょいと手招きをしていた。

「どうぞ上がって。あの子、今機嫌悪いみたいだけど、気を悪くしないでね」

やっぱりか……あー、めんどくせ、という言葉は飲み下し、白羅は慎重に二階への階段を踏みしめた。


階段を上りきると、右手のつきあたりに野球選手のポスターが貼ってあるドアがあった。

瞬時に沖野忠の部屋だと理解した白羅は、そのドアの手前まで行くとノックもせずに開け放った。

「うわっ!?」

バンッ! という効果音と同時に悲鳴があがる。

そりゃいきなり自分の部屋に見知らぬ身長一八〇以上の男(しかも目付きはヤ○ザ並み)が入ってきたら悲鳴の一つもあげたくなるだろう。

怯える青年に対して白羅は、ノックなしに入ったことを悪びれることもなく平然とした顔で声をかける。

「よお、沖野クン」

「……よお、じゃねぇよ……」

若干顔を青くした青年、沖野は警戒心丸出しでそう呟いた。

沖野はいかにも体育会系な顔をしており、優しげな丸い目が特徴的なごく普通な男子だった。

しかし、その左腕は包帯に巻かれていた。

「あの国島白羅が俺に何の用だよ」

眉間にシワを寄せ、沖野は吐き捨てるように尋ねる。

「俺のこと知ってんのか」

「当たり前だろ。あんだけ女子から囲まれてりゃあ嫌でも目につくし」

――そんなに囲まれてたか?

白羅は首をかしげるが、今はそれどころではないのですぐに考えを放棄した。

「まあ、お前が俺を知っていようが知らなかろうがどうだっていいんだよ」

どっこいせ、と微妙におっさんくさい掛け声を発しながら低い机の前に座った。

「用はお前に少し聞きたいことがあんだよ」

「聞きたいこと? つーか当たり前のように居座んなよ」

「ああ? いちいちうっせぇな」

こちとらしたくもない聞き込みに来てやってんだから少しは労れ、と言いたくなるが、背後で自分にしか見えない幽霊が目を光らせているはずなので下手なことは言えない。

頭のなかで舌打ちをしながらも、約束したことは必ず成し遂げる精神の白羅は半ば強引に話を進める。

「聞いたらすぐ帰るからよ、少しだけ時間くれ」

下手に出るのは嫌いだが、弥生の指示なのだから仕方がない。

へりくだった白羅の態度に、沖野もこのまま追い返すのは気が引けたのか渋々といった感じで頷いた。

「……少しだけだからな」

「おう」

上手くいったぜ、ヒャッホーウと心のなかでガッツポーズをとる。

しかし安堵している暇などない。現在午後五時。夏真っ盛りなのでまだ日は高いが、遅くまで親しくもない人間の家に滞在したくない。

それに、「少しだけ」と約束してしまった。沖野が機嫌を悪くする前になんとか有力な情報を得ておきたい。

ならば即刻終わらせよう、と白羅はずばり真髄に手を出した。

「まず始めに。単刀直入に聞くが、その腕どうした」

「!」

包帯で巻かれた左腕を指差され、沖野は顔色を変えた。

どうやら、一番ふれてはならないところだったらしい。

「……お前もか……」

「は?」

急に声を低くした沖野に、白羅は疑問の声を漏らす。

沖野は優しい目元を吊り上げ、白羅を睨み付けて言い放った。

「お前も、俺をホラ吹き野郎だって馬鹿にしにきたのか!」

「はあ?」

あまりにも突然に妙な容疑をかけられ、白羅は素っ頓狂な声を上げた。

「なに言ってんだ、お前」

「どいつもこいつも、なんにも信じねえくせに遊び半分で聞きに来やがって!!」

「いや、俺は別に」

「こっちはこのケガのせいでバットもろくに振れねぇんだ!」

「……!」

白羅は何となく、いや、ここまであからさまに言われたら誰にでも分かるが、何となくで悟った。

確か、沖野は野球部の優秀なバッターだったとどっかの幽霊が言っていた。だが、最近は大スランプに陥り、かなりの不調だったとか。

その辛い時期にこの腕の怪我だ。

上手くいかないもどかしさと、このまま仲間たちにおいていかれるのではないかという不安が積もりに積もったのだろう。他人に当たっても仕方がないかもしれない。

しかし、今の白羅には沖野に同情する暇も慰めてやる時間もない。

故に、一番手っ取り早い方法にでる。

「誰が好きでこんなケガすんだよ!! くそやろ……」

「……っせぇなぁ……急に喚いてんじゃねぇぞ、ボケナス」

「ッ!」

怒りでわめき散らす沖野に、白羅は静かに鋭い視線を向けた。

威圧して相手を黙らせるのは白羅の得意技だった。

何度もいうが白羅は目付きが悪いので睨まれれば大人の男でも黙ってしまう。

白羅に鬼のような剣幕で見据えられた沖野は白羅の作戦通り口を閉じてしまう。

どこからか、「無慈悲な奴め」という声が聞こえたが、白羅は構わず続ける。

「誰もテメェがどうとか聞いてねェんだよ。聞かれたことに答えろ」

「……っ」

地を這うような低い声音に沖野は唇を噛み締めて俯く。

「……どうした、嘘だから答えらんねェのか?」

「っちげぇよ!」

「だったら、言ってみろよ」

「………」

沖野はまた口をつぐむ。

複雑な顔で自分の爪先を見つめている。その姿は何とも幼かった。

白羅は、最初から沖野が嘘をついていないことなど分かっていた。

鼻の利くどっかの霊によって通り魔事件が噂などではないことは確認済みであったこともあるが、何より沖野の態度が偽物ではなかったからだ。

しかし、白羅はなにも言わなかった。

沖野が自分から話すのを待った。

別に沖野を信じているとかそんなクサイ理由ではなく、そちらのほうが楽だっただけだ。

それに、自分から言い出せば、聞き出されるよりよっぽど話しやすいだろう。

だから、白羅はじっと待った。

「……わかったよ」

しばらくして、ついに沖野が、その首をはっきりと縦に振って見せた。

「そうか」

白羅は細く息を吐いた。

弥生に叩き込まれた手順とは大分異なってしまったが、何とか聞き出す方向へ持っていけた。

「ならもう一度聞く。その怪我、通り魔にやられたんだろ」

呼吸を整えた沖野に、白羅は質問を少し変えて再度尋ねた。

「……そーに決まってんだろ」

自分は感情的になったにも関わらず、冷静な態度を崩さない白羅を目にして恥ずかしくなったのか、沖野は少し気まずそうに肯定する。

一方、白羅はそんなことは気にもかけず次の質問を投げかける。

「どこで、いつごろ、どんなふうに襲われたんだ?」

「……三日前の、確か夜中の11時くらいか。俺のクラス……D組の教室で襲われたんだ。暗くてよくわかんなかったけど、黒いパーカーみたいなの着た奴が目の前に出てきて、バカでかい針みたいなので……腕を抉られた」

――バカでかい針……アイスピックのことか

白羅は腕を組んで考える。

「避けたりとかできなかったのか?」

「避けようとは思ったよ。けど……」

「……体が動かなくなったか」

「そう! 何だよ、知ってんじゃねーか」

ずはり言い当てられ、沖野はこくこくと壊れた玩具のように頷きつつ、俺質問される必要あんの? と頭上に疑問符を浮かべる。

沖野の疑問には答えは返されず、白羅の質問だけが続く。

「お前、どうして動けなくなったか覚えてるか?」

「えっ?」

まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったのだろう。沖野は首を捻って考え込む。

「んなこと聞かれてもなぁ……テンパってたし、よく覚えてねーよ」

「そうか……」

質問が行き詰まり、白羅は舌をチッと鳴らしたくなる。が、しかし、どっかの誰かさんに「相手を威圧するような真似はするな」と注意されたのでギリギリで我慢する。もうしてしまったが、これ以上勝手なことをすれば流石に後ろからひっぱたたかれる気がする。我慢しすぎるとストレスになって肌が荒れるらしいが、今の白羅にはそんなことはどうだっていい。

頭を掻きむしって質問を変える。

「じゃあ、どんな風に動けなくなったかは覚えてねぇか」

再びうーん、と考える沖野。

「……そういえば、後ろから羽交い締めにされたような感覚だったような気もする」

「は?」

沖野の答えに、白羅は間の抜けた声を上げる。

「後ろから羽交い締め?」

「ああ」

「後ろからか?」

「だからそうだっつーの」

沖野は煩わしそうに顔をしかめる。

白羅も眉間に皺を寄せる。

――まさか、嘘だろ……

思わず頭を抱え込みたくなるが、そうやっても何にもならないことは明白だ。

頭を抱え込みかけた手を下ろし、沖野を見据える。

沖野が少し身体を強張らせたのが分かった。

「お前にもう一度聞く」

小さく息を吸い込み、言う。

「通り魔は、お前の目の前に出てきたんだよな?」

「おう。……あっ」

自分の答えに沖野は息を飲み込む。

そう、通り魔は沖野の目の前に立っていた。月明かりでできた真っ黒な影は、確かに沖野の爪先で笑っていたのだ。

ならば、「後ろ」とは……

「……あー、マジかよ」

白羅は溜め息をついてまた後ろ頭を掻き乱した。

そうして、いかにも面倒臭そうに言葉を連ねた。


「どうやら相手は二人らしい」


呟いただけのその言葉は、二人と幽霊一人だけの部屋に不思議なほど響いた。



「お邪魔しました」

日が大分傾いた夕刻、白羅は玄関まで見送りに来た沖野と沖野母に軽く会釈した。

「また来てね~。今度はちゃんとお茶ご馳走するから!」

「母ちゃん! 恥ずかしいからやめろって!」

白羅にピンクのハートを飛ばす母を沖野が必死こいて止める。

「ははは……それじゃ」

少しひきつった笑いをこぼし、再度頭を下げると、白羅は踵をかえした。

が、しかし、何かを思い出したかのように「あ」と小さく叫ぶと、また回れ右をして沖野に向き直った。

「おい、沖野」

「? 何だよ」

母親を家に押し込んでいた沖野が身体を半分だけこちらに向ける。

「俺はやるぜ」

「……はい?」

白羅の突飛な発言に沖野は目を点にする。

あからさまに「なに言ってんの、お前」と顔に書いてある。

その顔はあまり気にせず、白羅ははっきりとした口調で言った。

「例え相手が二人だろうが十人だろうが、百人だろうが、全員取っ捕まえてタコ殴りにしてやるって言ってんだよ」

「!」

沖野がハッと目を見開く。

「お前……何で聞きに来たか気になってたけど、捕まえるつもりだったのかよ」

「ったりめーだろ。じゃねェとわざわざ来るかよ」

俺をそこらへんの野次馬と一緒にするんじゃねぇ、と白羅は口をへの字に曲げる。

「取り敢えず、ついでにお前のその腕の仕返しでもしてきてやるよ」

そう言い捨て、背を向けた。

沖野の顔を見ないために。

今の沖野の顔を見る気はしなかった。

沖野も見てほしくないだろう。今にも泣きそうな顔なんて。

白羅は、

「敵討ちなんて立派なもんじゃねェけどな」

と言うと、ヒラヒラと手を振り、今度こそ去ろうと足を進める。

「おい!」

しかし、沖野の声に呼び止められ、また立ち止まる。

白羅は、足を止めるこそしたが、振り返りはしなかった。前を見たまま、その場に立ちつくした。

何も言わずに立ち止まった白羅に、沖野は、聞こえるか聞こえないかの声でぽつりと言った。


「……ありがとう――」


その大きな思いを乗せた小さな声は、確かに震えていた。



沖野の家を出た後、白羅は一人帰路についた。

オレンジに染まった土手沿いを一人でもくもくと歩く。

夕刻の風を頬に受け、この時期にしては珍しく涼しいな、と思いつつ歩いていると、突然後ろから背中をつつかれた。

「………」

もういい加減「突然」に飽きた白羅は、その場に立ち止まり、振り向きもせず顰めっ面で呟いた。

「……お前、俺のこと驚かそうとしてねェか?」

そう尋ねると、後ろからひょっこりと金髪が顔を覗かせた。

「ばか。わざわざそんなことに労力を使うはずないだろ」

毒を吐きながら現れた金髪は、もちろん弥生だった。

登場して最初の一言が「ばか」なのが彼らしすぎて、白羅は余計うんざりする。

しかし、悪態をつく割に、弥生はほんのり笑顔を浮かべていて、何やらご機嫌だ。

その笑顔が災いの前兆な気がして、白羅は何とも複雑な気持ちになるのだが……

そうとも知らない弥生は、軽い調子で、足音もなく(足がないのだからあるはずがない)白羅の前に躍り出た。

「お前にしては、よくやったな」

「あ?」

「ちゃんと聞き出せたじゃないか。えらいえらい」

「……相変わらず上から目線だな。イラッとするぜこの野郎」

「それはよかった!」

「テメェ……っ」

白羅は思わず手をあげそうになる。

しかし、その拳を振っても無駄なことを思い出し、仕方なく上げかけた手を下ろす。

「チッ!」

腹の中で煮えたぎる怒りがおさまらず、頭をバリバリと掻きむしる。

それをしたからと言って目の前の幽霊への苛つきが消えるというわけでもないが。

「それにしても、面倒なことになったなぁ」

背後で白羅がどんな顔をしているかを想像してニヤつきながら、弥生は再び歩き始める。

それにつられて白羅も足を進める。

「溝鼠が二匹。こりゃあ捕まえるのもそう簡単にはいかないな」

「たかが二人だろ。こっちも二人だ。手分けすりゃあどうってことねぇだろ」

「うーん……まあ、そうだな」

妙に語尾を濁す弥生に、白羅はハッと気がついた。

「ゆ、雪村……お前……!」

「んあ?」

「まさか、俺一人でやれってんじゃねぇよな……!?」

自分で言って、背筋がゾッとした。

顔の血の気が引いていくのが自分でも分かった。

――冗談じゃねぇ。そんなことやれるか

心のなかで頭をブンブンと左右に振る。

別に、二人の通り魔を捕まえることができないわけではない。白羅の並外れた運動神経と馬鹿力を駆使すれば造作もないことだ。

嫌な理由はそんなことではない。そんなことではなく、

――また俺だけ面倒するのはごめんだ!!

というワケだ。

さっきの聞き込みは、自然な流れ、というか、傷つけてしまった詫びにやってやっただけで、これからもずっと言うことをきいてやるというわけではない。

もしこのまま弥生の言いなりになり続けていたら、面倒ごとを全て押し付けられる気がする。

そんなことをされたら身体がもたないし、ストレスで胃が消滅する。

何より、あの弥生の「下僕」になっているようで物凄く嫌だ。

考えただけで、真夏だというのに背筋が凍った。

しかし、弥生の答えは意外なものだった。

「そんなわけないだろ」

「えっ」

自分の予想とは異なる返答に、白羅は目を瞬かせる。

「お前一人に任せるか」

「雪村……」

――お前、一応俺のこと気遣って……

「言うほど頼りにならないしな、お前」

「………」

――……一瞬でもいい奴だと思った俺が馬鹿だった

全てを押し付けられる事態を避けられて、本来なら喜んでいるはずなのに、白羅は複雑な気持ちに襲われる。

その頼りにならない奴を頼りにしてんのはどこのどいつだよ、と言ってやりたかったが、また傷つけて面倒なことになる可能性があるので一応心にしまっておく。

最近言葉を飲み込むことが多いな、と思いつつ、白羅は飲み込んだ言葉の代わりの台詞を吐いた。

「そんなに俺は頼りねぇかよ」

「ん? まあ、そうじゃないといったら嘘になるかもな。それに、気になることもあるし、お前一人に任せるわけにはいかない」

前を向いたまま、弥生は答えた。

「気になること?」

弥生の意味深な言葉に、「頼りない」と言われたことも忘れて、白羅は再度聞き返す。

「何だよ、それ」

「んー……いや。いいんだ、別に」

しかし、弥生は手をヒラヒラと振ってはぐらかしてしまう。

その態度が、白羅の詮索欲を煽った。

「気になるだろうが。言えよ」

「うるさいな。しつこい奴は嫌われるぞ」

「お前もとから俺のこと嫌いだろうが!」

「嫌いじゃない。ウザくてヘタレで頼りないとは思ってるけどな」

「それ嫌いよりひでェよな!?」

「じゃあもう嫌いでいいよ」

「なんでそうなる!!」

いつの間にかいつもの言い争いになってしまう。

そのせいで拍子抜けしたのか、白羅ももうどうでもいいような気がしてきた。

――昔っからコイツはこういう奴だったしな。

一人で通り魔を取っ捕まえなくてよくなっただけで一安心だ。

幽霊の弥生がいるとなれば百人力だろうし、何より、通り魔捕獲の手間が省けて一石二鳥だ。ポルターガイストやら何やら起こしてちゃっちゃと終わらせてしまうだろう。

この時、白羅は――白羅だけは、そうに違いないと高を括っていた。

何事もなく、これ以上面倒なことにはならないと。

無事に事が進むと。

夕日の光に透ける弥生を見て、薄く微笑むくらいに。




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