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NEVER  作者: 管野緑茶
17/20

 粛清 



「仕方ないだろ!? 殺す気なんて全然なかった!」

話を聞き、黙って立ち尽くす白羅の前で、樺嶋は頭を抱えて叫んだ。

「雪村くんが、お前のことばっかり守ろうとしたりするから……! 少し力が入りすぎただけで、まさかっ、フェンスが壊れるなんて……ッ」

先程まで笑っていたのに、まるで自分が被害者のような素振りで喚く。

「僕は、僕は悪くない! 悪いのはお前じゃないか国島っ! お前が自分勝手で無神経だから……っ! お前の……お前のせいで、あいつは死んだんだぁあぁあっ!!」

「ッざけんなァアア!!」

樺嶋が叫んだのと同時に、己も咆哮をあげながら白羅は殴りかかった。

白羅の固い拳が、樺嶋の頬を打ち抜いた。

「ぶっ……!」

樺嶋が倒れ込む。そこへ間髪いれずに白羅は殴りかかる。

 一発ではなく、二発三発と打ち込んだ。樺嶋に呻く暇も与えず殴り続けた。

肉と骨とがぶつかる音が、夏の晴天に響く。

「テメェ……! よくもそんな理由でアイツを殺せたな!! テメェのせいで雪村がどんな思いしてんのか分かってんのか!!」

「ぼっぼぼ、僕のせいじゃないって言ってるだろ! だって、あっ、あの時、雪村くんは僕の手を掴めたはずなのに掴まなかったんだ!!」

「そんなもん、手をつかんだらテメェまで落ちるって思ったから掴めなかったに決まってんだろ!!」

「――っ……!!」

白羅の悲鳴に似た訴えに、樺嶋は言葉をつまらせた。

白羅は血に汚れた樺嶋の胸ぐらを掴んで言い放った。

「関係ねェ奴巻き込んで、俺を苦しめることが出来て満足かよ? 殺す気がなかったっていくら言っても、テメェがやったことには変わりねェだろうが……! 責任逃れようとしてんじゃねェよ、クズ野郎が!!」

しかし、樺嶋も黙っておらず、血で真っ赤になった口を動かした。

「おまえがっ……お前が、今そうやってめちゃくちゃに怒ってるのは、自分にも非があることを認めたくないからだろ!!」

「――ッ黙れ!!」

白羅はもう一度樺嶋を殴った。

血が、床に散らばる。

樺嶋を殴る右の拳が、ひどく痛かった。

――分かってる。

――その通りだ。

――アイツが死んだのは、俺のせいでもある。

――俺がもっと周りを見ていたら、アイツは死なずに済んだかもしれない………

そう思えば思うほど、拳は痛みを増した。

拳だけでなく、胸も痛かった。

比喩などではなく、本当に痛かった。

それでも、拳を止めることは出来なかった。

弥生を殺された怒りと恨みに支配されているということもあるが、殴ることをやめてしまっては、自分が弥生を殺してしまったことになる気がした。弥生を苦しめているのが、自分であると認めてしまうことになる気がした。

白羅は拳をふるい続けた。

必死に抵抗するために。

しかし、白羅は忘れていた。

自分の側には、いつも自分を止めてくれる人がいたことを。

道を間違えそうになったら、殴ってでも止めてくれる人がいたことを。

血に汚れた拳が、後ろから力強く掴まれた。

同時に、水面(みなも)に波紋を広げるような声が降ってきた。

「やめろ、国島」

「――……っ……」

今まで、自分のことだというのに一切口出ししなかったその声が、白羅の心臓を震わせた。

ゆっくりと振り返ると、そこにはやはり弥生が立っていた。

目を伏せて、白羅の腕を掴み止めていた。

「雪、村……」

「それ以上やっても、お前の拳が痛むだけだろう」

「……ッお前は……!」

淡々と自分を止める弥生に、白羅は何か言いかけた。

しかし、出る直前でぐっと飲み込んだ。

自分が関係ないわけではないが、これは弥生の問題だ。彼の思うようにしてやるべきなのだ。

「………っ」

沸騰していた頭を冷やし、右手を下ろした。

手を下ろすと、不思議と乱れていた心が少しだけ安定した気がした。

「う、わぁああ……っ!?」

その時、白羅に殴られて気を失いかけていた樺嶋が悲鳴をあげた。尻餅をついたまま逃げるように後退りする。

「な、なな何で……っ!?」

言葉にならない言葉をを吐きながら、樺嶋は白羅の背後を指差した。

「何で雪村くんがぁあ!?」

「――!?」

樺嶋の言葉に、白羅は弥生の顔を見た。

弥生は、眉ひとつ動かさずに樺嶋を見下ろしていた。

どうやら、樺嶋には弥生自ら姿を見せることができたらしい。

自分が殺した相手が再び現れてひどく動揺する樺嶋に、弥生は静かな、それでも不思議と周りに響く声で話しかけた。

「よぉ、樺嶋。久しぶりだな」

「ほ、ほ……本当に、雪村君、なの……?」

「あぁ。幽霊ではあるが、正真正銘の雪村弥生だ」

「ゆう、れい……」

信じられない、と顔で表す樺嶋。

その顔には見向きもせず、弥生は淡々と話し続けた。

「なあ、樺嶋。俺はな、誰にだって恨めしい人間の一人や二人いるもんだと思っている。思い知らせてやりたいと思うのは、実は結構普通のことだ。お前みたいにな」

「………」

「雪村くん……!」

弥生の言葉を聞いて、樺嶋は目を見開き、白羅は眉を潜めた。

しかし、弥生はただ同情の言葉を差し出した訳ではなかった。

「……けどな、お前は普通じゃないんだよ」

「……っ!」

弥生は樺嶋にむかって人差し指を突き立てた。

「お前は自分の感情のままに行動するクソガキだ。自分の思うようにいかないからと駄々をこねる子供と変わらない」

「………」

樺嶋は言い返すこともできず、地面に視線を落とした。

そんな樺嶋に、弥生はフンと息をつくと、腕を組んで言った。

「まあ、俺はクソガキと違って心が広いからな。例えお前が俺を殺していようが、お前を呪い殺したりはしない。お前は本当に俺を殺す気はなかったみたいだし、お前の気持ちをよく理解せず罵倒した俺も悪かったかもしれないからな」

「――っ雪村……!」

黙って聞いていた白羅は、樺嶋を赦す意を含んだ言葉に思わず弥生を見た。

白羅が何を思ったのか分かったのか、弥生は白羅を見て少しだけ笑うと、すぐに樺嶋に視線を戻した。

まだ尻餅をついたままの樺嶋は、目に涙をためて弥生を見上げて呟いた。

「赦して、くれるの……?」

「……そうだな。恨んでも、仕方のないことだ」

目を軽くふせて、弥生は頷いた。

それを見て樺嶋は、「助かった……」と小声で呟いた。

しかし、弥生はふせた目をすぐに鋭い目付きに変えた。

「ただな、ひとつだけ赦せないことがある」

「え?」

急に声質を変えて言われ、樺嶋はその顔に再び驚愕の色を戻した。

弥生は先程までの柔らかい表情を消し去り、赤い瞳に人を貫きそうな明白な怒りを宿して言った。

「俺が……俺が死んだのを、白羅のせいにしたことだけは、何があっても絶対に赦さない……!!」

「――ッ……!!」

憤怒に震えるその言葉に、白羅は息を吸い込んだ。

弥生の想いが、一気に身体中に流れ込んできたように感じた。

「コイツはな、確かに他人に興味が無さそうに見えるし、スカした顔してるように見えるかもしれない。実際、すっごく嫌みな奴だ。それでもな……死んだ人間と苦しみを分かち合ってやれるほど、優しい奴でもあるんだよ! だからコイツの周りにはいい奴等が集まるんだ!!」

嘗てないほど感情をあらわにした弥生の叫びは、白羅の心臓に真っ直ぐに突き刺さった。

――雪村、お前はいつだってそうだ。

――いつも自分が一番みたいなフリして、いつだって誰かを護ってる。

――どんな時でも、自分が二の次になってる。

――昔から、そうやって俺を――……

「白羅をよく知りもしないで、何が憎いだ! 戯れ言をほざくのも大概にしろ!」

周りの空気が震えそうなほど声を張り、弥生は樺嶋に言い放つ。

「コイツの欠点をあげる暇があるなら、テメェの腐った根性叩き直してこい!!」

「~~っくそ……っ! 何で、なんで……!!」

白羅の肩を持たれたうえに叱責され、樺嶋はぎりぎりと歯を食い縛った。

感情が爆発して全身が震える樺嶋に、弥生は一歩大きく踏み寄った。

「もう一度言っておく。俺を殺したことは一千万歩譲って赦してやる。だがな、白羅をこんな形で苦しめたことだけは一生赦さない」

そう言いながら、弥生は右手を天高く振り上げた。

その手からは電光のようなものが走り、弥生の周りで弾け踊る。

「自分がしたことを一生悔やみ、苦しみながら生きていけ!!」

光を纏った右手が、勢いよく振り下ろされる。

「うぁああぁああ!!」

「――雪村ッ――!!」

大地が避けるような爆音と共に、空が目映く光る。

晴れ渡った青空の下の屋上に、ひとつの大きな雷が落ちた。




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