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NEVER  作者: 管野緑茶
13/20

苦悩 と 親友



その日の夕暮れ。白羅は重いものを背負ったまま、狩脇と共に通学路である土手に沿って帰っていた。

夕日色に染まった土手には水切りをする子供や、散歩をする老人たちがちらほらと見られた。

いつもなら、そんな人々を見ながら狩脇とアホな話をして笑いながらダラダラと帰るのだが、今日はそうはいかなかった。

狩脇がどんな話をしても右から左への繰り返しで、何も頭に入ってこない。

自転車通学である狩脇の黒い自転車の前輪を見つめてボーッとする。

「おーい。白羅ぁ」

「っ!」

熱心にボーッとしていたところに狩脇の多少大きめな声が飛び込んできて、白羅は思わず肩をびくつかせた。

「な、なんだよ」

「なんだよじゃねーし。俺の話聞いてねぇなぁーこいつ~」

「うるせぇうぜぇ」

「うっわ。ひっでぇ」

狩脇はそう言いつつも、ケラケラと笑う。屈託のない笑顔とはこういう笑顔のことかもしれないと白羅は思う。

笑いついでに、狩脇はぽろりと言った。

「白羅さぁー」

「あん?」

「さっきから弥生ちゃんのことばっか考えてるだろー」

「……!」

白羅は足を止めた。狩脇もつられて止まる。

白羅は驚いていた。

狩脇が、知りようのないはずのことをあまりにも普通に言ったから。

「あはは。『何でわかった』って顔ですな~」

また歩き始めながら、さっきと同じ調子で狩脇は笑う。白羅も驚いた顔のままついて歩く。

狩脇は、恐ろしいほど人をよくみている。人と言っても、興味のある人間限定なのだが、本当によくみているのだ。中学からの付き合いの白羅ならば、顔を見ただけで何を考えているか、大まかではあっても大体分かってしまうほどだ。

決して、白羅が分かりやすいとかではない。

「お前ってさー、弥生ちゃんのこと考えてるとき決まって眉間にシワ寄せておっそろしー顔してんだよなぁ。ヤクザかってぇくらい」

「うっせぇ」

「あー、もー。すぐうっせぇっていうクセやめろよ」

「うるさいざます」

「ざます! ちょっ、やめてくれ。腹がよじれちゃう」

またケラケラと軽快な笑いが土手に響く。

「んでー、弥生ちゃん関連で今更何をお悩み中なのー?」

「今更」という単語にうっ、となりつつも、白羅はぶつぶつと話した。

「いや、まあ……なんつーか、俺、アイツのこと全然分かってなかったっていうか……」

「えぇ……何言っちゃってんの。いっちばん分かってただろ」

あんだけ一緒に居たんだし、と狩脇は首を傾げた。

白羅は、思わず口の端で笑ってしまった。

普通、死んだ人間についてこんな悩みを明かしたら、「死んだ人間についてなぜそんなことで悩む?」と思われるだろう。

しかし、狩脇は違う。何も言わず、そう思っている素振りさえ見せず、相談にのってくれる。

「そうだな……あんなにずっと一緒だったのにな……」

自嘲じみた声音で、白羅は呟いた。

弥生とは腐れ縁の幼なじみだった。赤ん坊の頃から長い時間を共に過ごした。正反対と言っても過言ではない二人が、人生のほとんどをお互いを通して生きてきた。

それなのに。

「俺は、アイツが何考えてんのかわかんねェ」

結局、白羅は弥生の鉄壁の内側の心を知ることは出来なかった。

心臓が、冷たい手に握りしめられたように痛んだ。

俯きかける白羅に、黙って聞いていた狩脇は「まぁなー」と言った。

「弥生ちゃん、変わってたからなぁ。今時、あんな真っ直ぐに正義とかを貫こうとする奴いないぜ? 見た感じは大人っぽいけど、中身はけっこーがきんちょみたいなとこあったし、計画性あるようでないし、よくよく見てると慌てんぼなんだよなあ」

少し寂しそうな顔で、それでも、とても愛しく、それでいて遠い昔の思い出を語るように、狩脇は言った。

そんな親友の顔を見るたび、白羅の心の傷が疼いた。

同時に、また疑問が浮かぶ。

どうして、彼には弥生の姿が見えないのだろう、と。彼だけではなく、阿志田や梓にも。

もし、彼らに弥生の姿が見えたら、彼が今も傍にいると知ったら、彼らはどう思うだろうか。

驚くだろうか。喜ぶだろうか。まさかそんなと信じないだろうか。

――何で、俺なんだ……

白羅は時々、そんなことを考えていた。

なぜ、弥生は自分の前に現れたのか。仲が良いとは言えない自分の前に。

なぜ、友人思いの狩脇ではなかったのか。彼なら、戸惑いつつも弥生を受け止め、いつだって弥生を笑わせてやれるだろう。

なぜ、仲のよかった梓ではなかったのだろう。彼女なら、弥生を傷つけたりせず、大丈夫だよと言ってやれただろう。

なぜ、一番気があっていた阿志田ではなかったのか。彼なら弥生のことをよく理解し、必ず弥生を慰めてやれていた。

なぜ、いつも喧嘩しかしてこなかった自分だったのか。

前まで、幼なじみで一番遠慮がいらないからだろうと踏んでいたが、今はそうではない気がした。

だって、自分は弥生を信じていなくて、弥生は自分を信じてくれていないのだから。

また悩みの迷路に迷いこむ白羅には気付かず、狩脇は石ころを蹴りながら話し続けていた。

「弥生ちゃんって、完璧人間に見えてなかなダメなところもあったな。白羅に人を殴るなって言っておいて、自分はキレたら思いっきりブン殴ったり、サボったお前を追いかけて授業中に飛び出していっては先生に怒られたりさ。何かとお前に喧嘩ふっかけるし。ホンット、わっかりにくい奴だったよなー」

ははは、と狩脇は笑った。しかし、その笑顔はすぐにひっこめられ、狩脇は何時になく真面目な顔をした。真面目な顔で、言った。

「でも、まあ……俺から言わせれば、弥生ちゃんって白羅のこと大好きだったんだと思うけどね」

「………はあ!?」

狩脇のビックリ発言に、迷路をさまよっていた白羅はいきなり現実世界に引き戻された。

今まで二人の争いを見てきたはずの狩脇がそんなことを言ったので、驚きすぎて迷路の壁をブチ抜いて出てきてしまった。

「お前って……そこまでバカだったか……?」

「そこまでって、バカは決定なのかよ! いやさ、確かにお前ら喧嘩しかしてなかったけどさ……ほら、嫌よ嫌よも好きのうちってね!」

「何か色々違わねーか」

「いーんだよ! だって弥生ちゃん、お前のことだけ周りの奴ら見るのとは違う目でみてたんだぜ!?」

「違う目って?」

「何か、こう……出来の悪い兄貴を仕方ないなーって微笑ましく見てる出来のいい弟の目?」

「それ、完全に見下してんじゃねーか」

「違うわい! 信頼と慈愛に満ちてたっつってんの!! とにかく、弥生ちゃんはさ、わかりにくいけどお前のこと、誰よりも信頼してたんだよ。つーか俺が思うに、お前の分からないってのはイコール分かろうとしてないんだよ。わかんねーって思い込んでんじゃねぇの?」

「は……?」

狩脇の流れるような話の展開に白羅はついていけず、頭上をクエスチョンマークでいっぱいにする。

「弥生ちゃんって、変なところで余計に頭使っちゃうところあったから、いざってときに本音でぶつかれなかったんだよ。お前も然り。深く考えすぎ。だから、弥生ちゃんもお前が思ってるように、お前の考えてることわかんねーって思い込んでたかもよ? 本当ならわかっててもおかしくねーのに」

いつも以上に、狩脇は饒舌だった。ベラベラ舌を回した。

ずっと思っていたことを並べ立てるように、ベラベラ喋った。

白羅は、もう驚きはしなかった。

狩脇の言葉に、素直に納得できたのだ。

「ああ、そうか」と思ったのだ。

「お前……すげェな」

思わず恥ずかしげもなく言ってしまった。

すると、狩脇は「ヘヘン」と鼻の下を擦って見せた。

「あったりめーよ。俺、お前と弥生ちゃんが喧嘩してるとこ、清満とずっと見てたんだからな。そんくらいわかるってーの!」

そう言うと、狩脇は自転車に跨がった。

「まぁさ、結論言うと、悩む必要なんかねーのよ。いや、悩むのも大切だけど、あんまり自分を追い詰めちゃあ疲れちゃうだろ? 深いこと考えずに、普段どーりぶつかっていきゃあよかったんだよ。二人ともな。お前らだったら、お互い受け止めれただろ」

「………」

白羅は、狩脇の言葉を何度も反芻した。

――そうか。そうだよな。

――俺は、何でアイツに遠慮なんかしたり、無駄に苛ついたりしてたんだ。

もともと、遠慮なんてする間柄ではなかったのに。弥生が幽霊になってから、いつの間にからしくもなく気を遣っていた。遣いすぎていた。

――幽霊になろうが、何だろうが、アイツはアイツじゃねぇか。

そう思うと、少しだけ身体が軽くなった気がした。

白羅は深く息を吸い、自転車で走りだそうとする狩脇にむかって言った。

「狩脇」

「うん?」

「……ありがとな」

「……!」

白羅の言葉をきいて、狩脇は少しだけ目を見開いた。

しかし、すぐにいつもの笑顔に戻り、

「おう! 元気になったみてーだな!」

と言った。

「それじゃ、また明日な!」

そう言い、狩脇はペダルを強く踏み込んで去っていった。

遠ざかる友人の背を見送り、白羅は沈んでいく夕日を見つめた。

――俺が遠慮してたから、アイツも調子が狂っちまったのか。

白羅が立つ土手の下では、夕日に照らされた川の近くで二人の子供が遊んでいた。

――何も遠慮するこたぁねぇ。俺の言葉で、俺の本音を話しゃあいい。それしか出来ねぇんだから。

二人の子供は、川の中に入って水をかけ合ったり、魚を捕まえようとしたりしている。そのうち、片方の子供が足を滑らせて転けてしまった。

――アイツが何を言っても、俺は何がなんでも受け止めてやる。アイツが苦しいなら、その苦しいってのを半分貰ってやる。

転けてしまった子供がわんわんと泣く。しかし、すぐにもう一人が手を差し伸べて立たせてやっている。転けた子供は泣き止み、もう一人はころころと笑った。

――俺が今出来んのは、それだけだ。

二人の子供は、今度は転けないようにとお互いに手を取り合った。そして、二人で笑いあっていた。

その姿を見届け、白羅は走って家に帰った。



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