コトの終わり始まり
ある夏の日のこと
ある平凡な昼下がりのこと
俺の幼馴染みが
死んだ
自堕落、遅刻魔、サボり魔なヤンキー高校生と飛び降り自殺をした幽霊のグダグダミステリー(?)。
不良が幼馴染みの幽霊に振り回されながら学校で起きたある事件に立ち向かいます。
だがしかし、メインは幽霊の死因についてだと思われます。
ある夏の日のこと
ある平凡な昼下がりのこと
俺の幼馴染みが
死んだ
死因は飛び降り自殺らしい。
昼休みの人気のない屋上から飛び降り、頭から地上に叩き付けられた、と。
人間が五階から落ちる音ってのは意外と大きいもので、その時の口では言い表すことの出来ない音は俺がいた教室まで響いた。
俺は、実際に遺体を見た。
教師や第一発見者の男子生徒が作る輪の中心に、赤い塊が落ちていた。
言ってしまえば、床に叩きつけられて潰れてしまったトマトみたいだった。
顔半分が真っ赤に染められ、血が花弁のように散っていた。
白い頬に張り付く赤黒いそれが、酷く目障りで仕方がなかった。
アイツの生気のない赤の瞳が俺を見ていた。
俺は、信じなかった。
目の前の現実を拒否した。
クラスメイトや友人が咽び泣く。
全員が口を揃えて「自殺するような人じゃなかった」と言って悲しみにうちひしがれていた。
俺は一粒の涙も流さなかった。
それどころか、悲しみすら感じなかった。
それは、あまりにも現実離れした現実を目の当たりにして現実逃避していたとかそういうんじゃなく。
何かもう、笑えた。
いや、実際には笑ってねぇよ。
あまりにも不謹慎だろ。
ただ本当のところは、何であいつらあんなに泣いてんだ、と疑問に思っていた。
だってそうだろ。
死んだはずのアイツが、俺の隣で自分の死体見てたんだから。
NEVER
朝7:00
夏の朝日が、ぎゃあぎゃあ喧しく鳴く蝉の翅に反射する。
朝日に焦がされて、滝のように汗を流す新聞配達員が、何の変哲も無いアパートの前を通り過ぎる。
アパートの正面には「天宿荘」と記された看板が立っている。
その天宿荘の二階、左から二番目の一室に、健全な男子高校生の寝息が静かに響いていた。
シーツを蹴飛ばし、シャツからはみ出た腹をボリボリ掻きむしる。
そんな彼を見つめる「影」がひとつ。
「いやぁ、寝る子は育つ、とは昔から言いますなぁ。うんうん、健康とは睡眠なしでは成し得ないものだからな」
ぐーすかと気持ち良さそうに眠る青年の顔のすぐ横で、その「影」はもそもそと呟く。
小声とはいえ、耳元でぺちゃくちゃ喋られては流石に目が覚めるだろう。
だが、相変わらず青年は気持ち良さそうに寝息をたてている。
「……それにしても少々寝過ぎじゃないか、国島くん」
いつまでたっても無反応な青年に苛立ち始めたのか、「影」は少し声を荒らげる。
「ぅう……っ」
一方、青年は安らかな眠りを妨げられたことを批難するように呻き声を上げる。
起きるようすは、無い。
「影」の白い額にピキリと青筋が浮かぶ。
「そもそも国島くんは夜更かしし過ぎだな。だから俺がこんなに近くでベラベラ話していても起きる素振りも見せないわけだ」
次々と不満をもらす「影」は、まるで平日の朝に息子を叩き起こす母親のようだ。毎朝子供を起こすという行事に嫌気が差し、今にもフライパンとお玉を取り出しそうなオカンである。いや、今青年を起こそうと試みる「影」はその厄介オカン以上に厄介なのだが。
それなのに、こんな小言(どちらかと言うと愚痴)を聞かされても青年は寝返りひとつしない。それどころか、「ぐう」とひとつ鼾をかいた。
その瞬間、ぷつりと何かが切れる嫌な音がした。
「ああ! そうかい国島くん!! お前はまた退屈している俺に退屈なモーニングコールをさせたいんだな!!」
ついに堪忍袋の緒をぶった切り、声を張り上げると、ベッドの側に座っていた「影」は立ち上がって閉めきられていた空色のカーテンを開け放った。
寝ている人間にとっては凶器に値する朝日が容赦なく差し込む。
「うぅっ……!」
「起きろ国島!! さもなくばお前のその残念なおつむを吹っ飛ばすぞ!」
言うが早いか、「影」は右手の拳を固め、まだ枕にしがみついている青年の頭めがけて思い切り振り抜いた。
が、流石に頭はまずいと思ったのか、拳は弧を描いて青年のさらけ出された腹筋にクリティカルヒットした。
「っんふゅがッ!?」
いい気持ちで眠りに身を委ねていたところに突然、プロのサッカー選手がこれでもかと蹴ったボールを腹で受け止めたような衝撃が走り、青年は自分でも聞いたことの無い奇声を発した。
もし青年が寝ぼけていなければ、よく昨日の夕飯のもんじゃをリバースしなかったな、と思っていただろう。
兎に角、「影」が放ったボディーブローは夢現だった寝坊助の目を覚まさせるには十分すぎたわけだ。
「……っ……っ!!」
マトモに「影」のボディーブローを喰らった青年は上手く息が出来ずに足をバタつかせる。
何とか肺に酸素を送り込み、痛みに軋む身体をゆっくりと持ち上げた。
「っ……殺す気かぁっ!!」
やっとのことで絞り出した怒号と共に枕が凶器と化して風を切る。
「息できずに窒息死するかと思ったわ!!」
「影」に怒りをぶちまける彼の名は国島白羅。黒髪黒目、タッパと筋肉が立派な青春まっしぐらの男子高校生だ。ちなみに、野球部などに所属してキラリと輝く汗を流すような高校生ではなく、超マイペースライフを送り、耳には派手なピアスを光らせる、真面目とは言い難い高校生だ。
「まさか。お前なんかの為に態々俺の手を汚すはずがないだろう」
そんな白羅が投げた枕を華麗にかわしつつ嫌味を吐く「影」。その正体の名は雪村弥生。長い睫毛が飾り付けられた切れ目に、すっと通った鼻筋。幻想的な赤褐色の瞳と日本人離れした容姿をもち、陶器のように白い頬にはほくろ一つない。生まれつきの金髪は絹糸のように美しく輝く。
簡潔に言えば、日常で目にすることは滅多にない、完璧な美少年なのだ。ぱっと見では美少女と見紛うほどの。
まあ、どんなに彼の美貌を称賛しようと、次々と吐き出される嫌味を孕んだ言動がその全てを台無しにしているのだが。
そんなマイペース主義白羅と毒舌王子弥生は二人でこの天宿荘の一室で暮らしている。
暮らしているといっても、仲睦まじく同居しているわけではない。
「っテメェ……居候のクセに威張んな! 誰のおかげで雨風凌げてると思ってんだ!!」
まだ腹部に痛みを訴える白羅は全く反省の色を見せない弥生に牙をむく。しかし弥生は慣れっこだと言わんばかりに言い返す。
「じゃあ君は誰のおかげで毎日遅刻せずに学校に行けるようになって、誰のおかげで寂しい思いをせずに暮らせているのかな?」
「お前のおかげってか? ふ・ざ・け・ん・な!! テメェのせいでこちとら毎日迷惑してるわ!!」
得意気な表情を浮かべる弥生を見て、こめかみの血管をひくつかせなから、白羅も負けじと毒を吐く。
その毒に、弥生の耳がひくりと動く。
どうやら開戦のゴングとなってしまったらしい。
「はぁ!? 俺が何時迷惑かけた!!」
「今! now!! 迷惑なう!!」
「うざッ!? お前ウザッ!!」
「お前がウザいなう!!」
「なうなう煩ぇよ!! ってか、なうとか死語になりつつあるから! ちょい古いから! ウザいのお前だから!!」
「朝から喚くなウザってぇ!! もうウザい言い過ぎてウザいって何なのか解らんくなってきたわ!!」
「じゃあウザいって言うな!! 筋肉馬鹿!!」
「誰が筋肉馬鹿だァ!? 馬鹿はお前だろ!!」
「俺馬鹿じゃないし。いつも成績首席だったしぃ!」
「似非だろ、この似非秀才!!」
「うっわー、単細胞馬鹿に似非って言われた~。単細胞なんぞに~」
「似非よりましだ! つか長ェよ、この言い合い!!」
起きてすぐの言い争いに先に白羅が音をあげた。
頭をかきむしってベッドにドスッと腰を下ろす。
それを見て、弥生はふふんと笑ってみせた。
「何だ。もうお手上げか?」
「うるせェよっ」
「まあ筋肉馬鹿が俺に勝てるはずないよなぁ。なんたって脳味噌筋肉だものな!」
実に愉快そうに笑いを堪える弥生だが、本当ならば彼は白羅にそんなことを言っていられる立場ではないのだ。
居候だからという理由もあるが、弥生にはそれ以上にややこしい事情がある。
「うるせェ!! 吹くな!! つーか、テメェ“幽霊”のくせして朝から騒いでんじゃねェよ!!」
「っな……!」
白羅の一言に弥生の表情が強張った。
そう、雪村弥生は人間ではない。いや、厳密に言えばつい最近人間ではなくなったのだ。
彼は2週間程前に自分が通う学校の屋上から飛び降りて二度と帰らぬ人となってしまった。
漫画やアニメで出てくる幽霊と同じように、弥生の膝から下は、ベタなことに透けてしまっている。
そりゃあもう透け透けのすっけ透けだ。向こうの景色が見えるほどの透けっぷりだ。もちろん影などは当然のごとくありはしない。
幽霊なのは一目瞭然である。
とは言っても、普通の人間には彼の姿は見えないのだから、騒がれる心配をする必要はないのだが。
「ったく……テメェと言い合いしてると俺が周りから白い目で見られんだぞ……頼むから外では黙ってろよ」
今まで幽霊や心霊現象の類いを目にしたことがないはずなのに、弥生の姿が何故か見える白羅が誰もが想像する悩みを抱えていることは言うまでもないだろう。
「き……貴様ァ……! 人が一番気にしている事をよくもそんなサラリと……!」
一方、デリケートなところをあっさりと指摘されて身体を震わせる弥生。
「冗談いうなよ。死んだ一日目から幽霊ライフを満喫してんのは何処のどいつだよ」
「満喫だぁ!? お前には解らないだろうけどな、成仏出来ない幽霊ってのは結構辛いんだぞ! 特に俺は――」
「死んだ理由が分からないから余計、だろ」
「――っ……」
白羅の言葉に、弥生の端正な顔がぐにゃりと歪んだ。
白羅が言う通り、弥生は何故だか死んだ理由を覚えていないのだ。全くもって。
「分かってるなら……!」
「あー、はいはい。悪う御座いましたよ。謝ってやるからもう騒ぐな」
面倒なことになると察した白羅は、それ以上弥生に意見を言う隙を与えずに話をそらした。
そらしついでにハンガーにかけてあったシャツに腕を通す。
「もう満足だろ。俺は学校行く」
「っ何だ! その投げやり感は! こら、まてっ!」
さっさと身支度をして部屋を出ようとする白羅を弥生は慌てて追いかける。
「何だよ、お前今日も学校行くつもりか。死んでも学校行くってどんだけ真面目なんだよ」
自分より頭ひとつ分ほど背の低い弥生(弥生が小さいのではなく白羅がデカイのだ)を、白羅は呆れ顔で見下ろす。
白羅を見上げながら、弥生は不満そうに眉根を寄せた。
「真面目じゃない。俺は風紀委員だったんだぞ。学校の風紀を気にするのは当たり前だろう」
「……真面目っつーか、死んでも面倒くせぇ奴だな、お前……」
「誰が面倒くせぇ奴!? 遅刻魔で馬鹿な違反生徒に言われたくない!」
「馬鹿は余計だろうが!」
暫く終わりそうにない言い争いを繰り広げながら、一人の人間と一人の幽霊は住み慣れている小さなアパートを後にした。
初めての投稿となりました~。
楽しんで読んでいただけたら幸いです。
他の作品もぽこぽこ上げていくんでよかったら読んでください。
ぽこぽこ言うても、ぽこ……ぽ、こ……くらいのペースです。
よろしくお願いします。