9話
◆9話
気がつくと、あたりは古い民家が建ち並ぶ通りになっていた。
中華街と洋館のイメージが強い長崎だが、こういう通りもある……。そしてそれはケンジの好きな長崎の一側面だった。
……猫はそのうちの一軒の前に立っている。
利休色になった格子戸に凝った地紋のガラスがはめ込んである。
そして、鈍い色でところどころ欠けた瓦には苔。
すべてがセピアになったような家の中で、屋根に生えた苔だけがそこだけみずみずしい色彩を放っていた。
屋根が少し低いのは、時代が古い家屋だ、とケンジに聞いたことがある。
「ね」
トモミが指を指した先の軒下には、大きな魚の形の板がぶらさがっている。
タイヤキをそのまま大きくしたようなそれも、塊のままのかつお節を思わせるような、年季の入った渋い色に変わってしまっている。
「これ何?面白ーい」
トモミはまじまじとそれを見つめた。
「それは魚板といって、昔お寺で合図に使われとったと」
私はかつてケンジに教わったとおりの説明を繰り返した。
泣きそうな笑顔なのに、男らしい、骨っぽい感じの低音。
そんな彼の声を思い出して、急激に逢いたくてたまらなくなった。
古い格子ごしのガラス窓は開いている。
私はそっと中をうかがった。
古い家とまるでセットのような線香の匂いが鼻をついた。
その家の中には
彼がいた
→10話へ続く
彼のカメラがあった→
11話へ続く