終章2
◆終章2
重いカメラバッグを抱え、首からもカメラを提げて彼は約束の5分前にやってきた。
「○○です。今日はよろしくお願いします」
苗字を名乗った彼は、振り返った私を見て顔が見事に引きつっていた。
「騙されたわね、ケンジ」
「ユウコ」
私は、出版社勤めの友人に頼んで、架空の長崎の風景撮影をケンジに発注したのだ。
待ち合わせ場所に指定したのは、R通りより一本入った裏道の階段をのぼりつめたてっぺんだ。
「今日は、私のお金を返してもらおうと思ったの」
「……か、金なんか借りてないぜ。お前がくれたんだろ!」
彼は居直った。この男は……こんな卑屈な顔をするときも泣きそうな顔なのだ。
それを見て、私は決心を固めた。
「……まさか、本当にそういうとは思わなかった」
すかさず、私は勢いをつけて、彼を階段にむけて突き飛ばした。
重いバッグをもっている彼は、簡単にバランスをくずして、カメラごと長い階段を転げ落ちていった。
私は彼が転げ落ちたほうへゆっくりと降りた。彼は踊り場に横たわり、うめいていた。
足が不自然な方向に曲がっているが、この様子だと死にそうではない。
カメラバッグの中身は無事なようだが、首から提げたカメラは、レンズが外れて、本体もへこんで凸凹になっている。
こちらは、もうだめだろう。それは100万もするカメラだ。
「あら、ゴメンネ、つまずいちゃったわ。カメラも台無しね。でも私がいなかったら手に入らなかったものは壊れても仕方ないわよね。……じゃ、さよなら」
私は彼を置き去りにして軽やかに階段を下りた。青い空の下の長崎港に今船が入るのが見えた。