33話
◆33話
「ねえ、……あのヒトは誰なの」
私の問いかけにもケンジはだまったままだ。
そのとき、女が茶を持って現れた。
「あなた、この方? よく話してくれる、福岡での仕事で知り合ったお友達って」
女は、親しげにケンジに問い掛ける。
『あなた』だって。
私は、殴られたようなショックを受けた。
「あ、あの……」
私はショックのあまり起こっためまいに対抗するように口を開いた。
「あらやだ。私ったら」
女はハッとしたように片手を口にあてた。
しかし、その次の瞬間、私に親しげに微笑んだ。
「自己紹介もしないで、ごめんなさい。私、家内のミサコといいます」
『家内』
とうとう、決定句がもたらされた私は、口を半開きにしたまま、あいまいに微笑むしかなかった。
「この人、無口で人付き合いが悪いでしょ。あなたのようなお友達が出来るのは奇跡的だと私、思うのよ」
女は楽しげに笑いながら話した。
私は、女がそういうのが信じられなかった。
質の悪い冗談か、もしくはすべてを知っていてあてつけているのか……。
しかし、女はあくまでも無邪気で、私とケンジのことなど、まったく疑っていない。
ケンジは、だまって……むしろ泰然としているように見える……茶を啜っていた。
女の話によると、ケンジと女はもう結婚6年にもなるという事実が判明した。
そして、女が話すケンジは、無口で偏屈で頑固者のようだ。
私が知っている、猫が大好きで泣きそうな笑顔が温かいケンジと別人のようだ。
しかし、ここにいるケンジは、私のほうなど見ずに、
「タバコ買ってくる」と席を立った。
−−だまされてたんだ。
私は、ふらふらと通りへ出た。
女とケンジが暮らす家をどうやって辞してきたのかも記憶がない。
アスファルトから、いっせいに蚊が飛び立つ……透明な蚊が……。
私は道の傍らにうずくまった。
頭は混乱していたがもやもやしたカオスのような思考の中から徐々に湧き出てきた感情がある。
それは
怒りだった
→終章2へ続く
哀しみだった
→終章3へ続く