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31話

◆31話


出会った銀髪の老婦人に招かれて連れてこられたのは古い民家だった。


軒先に木でつくった魚が下がっている。


『それは魚板といって、昔お寺で合図に使われとったと』というのを、私はかつてそれをケンジから聞いたことがある。


古い格子をあけて通された居間には、丸いちゃぶ台とかりんとうのような色になった古い水屋がある。


猫が自由に数匹ウロウロしていたが不思議と獣の匂いのしない家だった。


「どうぞ」


老婦人は濃い茶と一緒に菓子皿を私の前に置いた。


「これは私が焼いたカステラよ。お店のと比べると一味足りないかもしれないけど。よかったらおあがり」


黄金色のそれは謙遜とは正反対に見事にふっくらと焼けていた。


私がそのふっくらした固まりにフォークを刺したその時だ。


台所のほうでガチャーン、と派手にものが壊れる音がした。


「まあ、何かしら」


老婦人が台所へはずしたすきに、飾り棚の上で見張っていた三毛猫が急にテーブルの上に飛び降りてきた。


それは、さっきから私のあとをついてきた三毛猫だ。


そして素早く私の皿の上からカステラを奪って再び高みに飛び上がった。


老婦人はそれからすぐに戻ってきた。


「ごめんなさいねえ、猫ちゃんの悪戯だったわ。……おかわりは?」


老婦人は、私の前にある空の皿を見て、おかわりを勧めた。


しかしカステラをとられた私は少しほっとしていた。


もともと甘いものが苦手なうえに、ひどく食欲がない。ちょっとカステラを食べる気分じゃなかったからだ。


「あ、結構です。とても美味しかったです。」


と、カステラをいただいたことにして取り繕った。



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