26話
◆26話
墓石の陰に隠れた私が無我夢中で押したのは、彼の番号だ。
こんな緊急時に何で押したのか、自分でもわからない。
しかし、私の携帯の中でコール音が始まったと同時に、思いがけず近くで携帯の呼び出し音がひびいた。
それは、まさに私がかけたのとピッタリのタイミングだった。
呼び出し音は切り立った墓地の地面と同じ高さに、軒を連ねる民家からのようである。
山の急斜面に家が立ち並ぶ長崎では、隣の家の地面が自分の家の屋根の高さ、というようなことはよくある。
私は自分の携帯を切ることも忘れて、呼び出し音がする民家の軒を覗き込んだ。
しかし、ちょうど運悪く、その呼び出し音のせいか、男達もこちらを振り向いていたようだ。
「いたぞ!」
見つかってしまった!
こっちに向かってくる男たちを見て、私はあせった。
しかし、逃げ場はない。
目の前は低いブロック塀だが、それを越えたところにはちょうど、携帯が鳴っているらしい民家の屋根が見えている。
墓場のブロック塀と民家の庭への落差は、2階建てぐらいの高さがあり私は躊躇した。
しかし、男たちはあと数歩に迫っていた。
私はいちかばちか、ブロック塀に足をかけると、その家の庭をめがけて墓地から飛び降りた。
着地したはずみに転んだけど、擦り傷程度で済んだ。
まだ携帯の呼び出し音は鳴り続けている。
「助けて!」
私はその家のサッシ窓に張り付くようにして叫んだ。
しかし、次の瞬間、私は叫び声が凍りついたように止まってしまった。
サッシの中には、ケンジがいたのだ。
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