22話
◆22話
女はさらに階段を登っていった。
たどりついたそこは……いつかケンジと2人で来たK展望台だった。
あの時と同じように山の斜面を覆い尽くすように立ち並ぶ家を見渡した向こうに長崎港の眺望が開けていた。
「ここに落ちていたの。あまりに珍しくて綺麗なものだったから、ブレスレットに使っていたの。
そんなに大切なものだとは知らずに……本当にごめんなさいね」
女は申し訳なさそうにミサンガを私の手の中に返してくれた。
それは大事に使っていたようで、彼が付けていた時とあまり変わらなかった。
それを握り締めると、彼にそれを渡した日のことが蘇ってきた……それを呼び水にして、
彼の思い出が波のように私の脳裏に打ち寄せて、それはいつしか、私が大好きな彼の笑顔に塗りつぶされた。
泣きそうにも見える、優しい笑顔。大好きな笑顔。
そして、その顔に似合わない温かくて低い、男っぽい声。
2年も一緒だったのに……。
不意に涙がこぼれ落ちた。涙はアスファルトに黒い水玉をつくった。
女やトモミが心配そうにこっちをのぞきこんだが、私は涙を止めることができなかった。
どこへ……行ってしまったの。
長崎には1泊した。
ミサンガを拾った彼女はとてもいい人で、車を出して夜景で有名な稲佐山に案内してくれたり、
地元の人しか知らない美味しい中華料理の店を紹介してくれたり、一生懸命、傷心の私を慰めようとしてくれていた。
しかし、神戸、函館と並ぶとされる長崎の夜景を見ても、私の心は癒されなかった。
ただ、付き合わせたトモミが喜んでくれたのがよかった、と思った。
でも、妙に赤い夕映えの中に、山々を覆うように散りばめられた煌きを見ながら、
『このどこかにケンジはいる』
と私は何故か確信していた。
ホテルのベッドで私はまんじりともしなかった。
翌日、私はトモミに、もう少し長崎にいて彼を探す、と宣言した。
→23話へ続く