1◆START
これは私が3年前に携帯ゲームの仕事として書いたホラーの原案です。
携帯ゲームなので、読者の選択肢によって、違う結末が用意されているところが少し変わってます。
ですが、小説ではありますし、携帯での掲載も終了していますことから、ここで原案を改稿したものを掲載いたします。
なお実際に上梓されたものは、少しこれよりも簡単になっていました。
今朝もひとりきりでカフェオレを淹れた。
エスプレッソマシンを使った本格的なそれを味わいながら、私はため息をついた。
恋人のケンジと連絡がとれなくなって、もう1ヵ月になる。
心配なのに、顔を思い出すのに苦労するようになってしまった。
薄れゆく記憶に対抗するように、飾り棚にある彼の写真を見る。
そこには少し気の弱そうな彼の笑顔があった。
ケンジと一緒にこの福岡の街で暮らし始めて2年になる。
お人よしの彼は、いつもお金がなかった。
カメラマンの彼は、腕は悪くないのに、頼まれた安い仕事をいつも断れないでいた。
人のよさが災いして、彼の予定はギャラの安い仕事でいっぱいだった。
そんな彼が
「俺、長崎で猫の写真集を撮ろうと思うんだ」
と宣言したのは3ヵ月前だ。
彼のギャラが予想より多かったときに奮発して2人で行った長崎に、私たちはすっかり魅了されていたのだ。
坂の上まで立て込んだ住宅、それらを結ぶような細い坂と階段。
それらを登りつめると、晴れていたのに少しけぶったような港が見おろせた。
踊り場や塀の上では猫がのんびりと日向ぼっこしていた。
子供のように猫を追っかける彼がいとおしかった。
猫に逃げられて『えへ』と笑う彼。そんな彼はちょっと泣きそうな顔に見えた。
それは私が大好きな彼の表情だった。
私は猫のかわりに、彼によりそった。
そして、港を見下ろす狭い階段の一角で長いキスをした……。
彼にしては珍しくやる気だったから、私は彼の長崎行きを快く許してしまった。
はじめは頻繁に電話やメールがあったけど、ここ1ヵ月ぷっつりと途絶えてしまった。
もっとも一緒に暮らす前にも、忙しくて1ヵ月ぐらい逢えないことはあったけれど。
ケータイに連絡しても『電波が届かないか電源を……』のアナウンスばかり。
さすがに最近は心配で朝目覚めるとまず考えるのは彼のことで、そんなことは彼と付き合い始めた頃以来だ。
「ケンジ……」
今朝も思わずつぶやいた。それに応えるように
ケータイが鳴った→2話へつづく
物音が→3話へつづく